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8話 種族

「ボクは吸血鬼だよ」


 さあ、言ってしまった。

 泣いていたボクを、初対面にも関わらず抱きしめて慰めてくれたアンナだが、どうするのだろうか。

 アンナは驚いた表情で固まっていて、どういう感情かはよくわからない。

 アンナの言葉を待っていると、支部長が話し始めた。

 

「まぁなんだ。吸血鬼だからどうこうしようって話じゃねえ。ただ吸血鬼ってのは珍しくてな。人間の国に来るような奴は滅多にいないんだ」


 そうなのか。むしろ人間が沢山いるなら食料には困らないし数は多くなりそうだが。


屍鬼(グール)みたいな人間を貪り食うような魔人もいるからな。吸血鬼は別系列とはいえ、人間からしたらよく思わない奴も多いんだよ」

「ああ、なるほど」

「そんで吸血鬼側も変に面倒事に巻き込まれたくはないし、吸血鬼と人で互いに不干渉になっているのが現状だな」


 確かに隣に自分を食べる種族がいたら気は休まらないな。

 家でライオンを飼う事を考えればわかりやすいだろう。哺乳類だから懐くし躾もできるが、だからといって誰もが納得して安心できはしない。

 加えて他人がそんな猛獣を飼っているとなれば、その人に周囲は近付きたくないし、いつか襲われるんじゃないかと怯えて過ごす事になりかねない。

 種族の差、ましてや被食者と捕食者の関係となれば、心理的反発は余計に大きい。


「そんな状態だから、吸血鬼が人間の国で暮らすにはちょっと暮らしづらいわけだ。お前が望むんなら魔人の国にでも連れてってやれるが」


 支部長がそんな事を言うが、正直ボクは魔人の国に行きたくはない。

 同じ魔人とはいえ知り合いがいるわけではないし、人間じゃないなら生活様式も違うかもしれない。


 多少生きづらくとも人間の国の方がいいが。アンナの方をちらりと見ると、彼女と視線がぶつかる。


「シラユキちゃん」


 今度はアンナが話しかけてきた。出会ってから初めて見る、真剣に真意を問う目。


「シラユキちゃんはどうしたい?魔人の国に行けばシラユキちゃんの事を知っている人がいるかもしれない。記憶を取り戻す事ができるかもしれない」


 ボクの事を知っている人なんているはずがない。ボクは森で目が覚めた転移者なのだから。


「………………」


 これなら、吸血鬼だからと拒絶された方が楽だったかもしれない。

 ボクとしてもこの街にいたいけれど、1つの懸念が邪魔をするのだ。

 ボクがここに滞在するなら、ほぼ間違いなくアンナはボクに世話を焼いてくれるだろうという事。

 これはボクが自惚れているとかじゃない。ただアンナならそうするだろうと、それだけだ。

 冒険者ギルドに来るまでに、アンナは街の人達にも度々話しかけられていた。彼らはアンナに対してとても優しく、感謝や尊敬の念すら感じられた。

 彼女のあの優しさは、万人に分け隔てなく与えられているのだろう。

 だからこそ、この街に残ると言えば、吸血鬼であって記憶もないボクを、アンナが放って置くとも思えない。

 アンナのあの様子なら、ボクが吸血鬼だからとボクを拒絶しようなんてしないだろう。

 だが、あれだけ慕われているアンナが、吸血鬼に目をかけているからという理由で爪弾きにされるなんて、あってはならない。


「………私の事を考えてるなら、そんなの気にしなくていいんだよ」


 アンナは優しくそう言った。ボクが考えていた事を推測したのだろう。

 けれど、アンナはこの世界で築き上げてきた人脈がある。

 対してボクはぽっと出の異世界人だ。ボクのためだけに今までの全てを捨てさせるなんて事はボクにはできない。


「………………」


 ボクが黙りこくっていると、アンナはボクの頭をそっと撫でた。


「子供は年上に甘えてもいいの」

「言っとくけどボクは………」

「私のせいで君が望まない事をするなら、私は絶対もやもやするし後悔する。もちろん、君が前向きな理由で魔人の国に行きたいなら止めない」

「………ボクは別に魔人の国には行きたいわけじゃない。ここにいたいよ。けどボクがここにいたらアンナに迷惑がかかる」


 ボクはアンナに迷惑をかけたくないのだ。しかし、アンナはそんなボクに構わず言い放った。


「言ったでしょ?年上に甘えなさい。それに私は迷惑だなんて思わないよ」

「だからだよ」


 ボクはアンナを睨みながら言葉を続ける。


「アンナは迷惑だなんて言わない。だからボクはアンナに迷惑をかけたくない。アンナのためなんだよ」


 ボクがそう言うと、アンナはボクの頬を掌で挟む。結構な力が入っていて、ボクの頬が潰れる。


「ぶ」

「私のためだって言うならさ、残ってよ。君に残ってほしいのは私の我儘。シラユキちゃんは私に付き合って残るだけ」

()うじゃなくて!そもそも吸血鬼と一緒にいるってだけで………!」

「関係ないよ」


 アンナはそう言い切った。


「記憶喪失で苦しんでる子に、人間も吸血鬼も関係ないよ」


 そうじゃないんだ。そういう事じゃない。


「なぁ、嬢ちゃん」


 アンナをどうやって説得しようか迷っていると、支部長が話に入ってきた。


「吸血鬼のイメージを気にしてるんだったら、お前が吸血鬼のイメージを払拭すればいい。吸血鬼は皆が思ってるような種族じゃないってな。まぁ、そこまでするかはお前次第だが」


 ボクはボクと一緒にいるアンナが評判を落としてほしくない。アンナはボクの事を放っておけない。

 それなら確かに、支部長の言うようにすれば、ボクががんばればボクの懸念はなくなるだろう。

 ボクが間違えなければ。


「わかった」


 ボクもアンナと一緒にいたい。アンナの事が心配だし、アンナに恩も返したい。


「アンナ」


 改めてアンナの顔を見る。アンナは少し複雑そうな顔をしていたが、すぐに笑顔に変わる。

 そんな笑顔に、ボクは言う。


「これからよろしくお願いします、アンナ」

「ふふ、よろしく。シラユキちゃん」

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