7話 冒険者ギルド
冒険者ギルド。それは冒険者達が依頼を受け、報酬を得るための仲介を行う組織だ。ギルドはかなり大きな建物で、周辺の建物と比べるとかなりの存在感がある。
話し声や笑い声が絶えないアットホームな雰囲気。ガヤガヤと賑やかな建物に入ったボク達は、受付であろうカウンターの前へ向かう。
「ただいま、ジュエルさん!」
アンナはカウンターの向こうで何かの書類を見ていた女性に話しかける。ジュエルと呼ばれた女性は顔を上げてアンナを見ると、急に顔が険しくなった。
「アンナ、あなた遅すぎるわよ!何かあったのかって心配しちゃったじゃない!」
アンナは昼過ぎに戻るつもりだったと言っていたし、本来そこまで時間のかかる依頼ではなかったのだろう。
「あはは………でも見て!森でこれだけ柔軟草を採ってきたよ!」
「森?………あなたまさかシルクの森に行ったの!?」
「へ?だって薬草はシルクの森じゃあ………」
「柔軟草は東の草原に群生地があるって講座で教えたでしょ!?あそこの魔物に会ったらあなたじゃ最悪死んでたわよ!?」
「………………」
アンナが固まり、ジュエルさんは怒りから呆れに変わったのか大きくため息をついた。
「はぁ、とにかく無事でよかったわ。依頼の薬草はそれね。査定してもらうからちょっと待ってて」
「あ、もう一つあるんだけど」
そう言ってアンナはボクをちらりと見た。
「この子、シラユキちゃんっていうんだけど、シルクの森で見つけて………記憶喪失みたいだから連れてきたの」
「シルクの森で記憶喪失!?こんな子供が!?」
ジュエルさんの大声に、視線が集まるのを感じる。建物全体ではないだろうが、カウンター周辺にいた人達には聞こえただろう。
「ちょっとジュエルさん!」
「ご、ごめんなさい。でも、本当なの?シルクの森で生き残れるとは思えないんだけど………」
ジュエルさんはボクを見て遠慮がちにそう言った。小さな声で言っているが聞こえているからな。
とはいえボクの見た目は華奢な少女だ。強そうかと言われたらすごく弱そうだと返される容姿をしていると思う。
普通の女の子だったら、あの狼やらゴブリンやらにさくっと殺されそうではあるな。
「ゴブリンの群れから守ってもらったりもしたし、本当だよ」
「………それについては後で聞きましょう」
ジュエルさんは「ここで待つように」と言って席を立った。カウンターの奥に引っ込み、しばらくすると戻って来た。
「アンナとあと、シラユキさんだっけ?聞きたい事があるから、支部長室まで来て欲しいんだけど」
特に断る理由もないしボクは構わないからアンナを見る。アンナはボクを見ると、優しく笑ってジュエルさんに答える。
「わかりました」
ジュエルさんは他の職員に受付を任せて、ボク達を支部長室へと案内してくれた。
ギルドの職員通路を通り、他の部屋の物より少し大きい扉の前で立ち止まる。
ジュエルさんが扉をノックすると、中から応えがあり、ジュエルさんが扉を開ける。
「支部長、先程話した2人を連れてきました」
「ご苦労さん。じゃあ、話をするとしようか」
ジュエルさんもどうやら同席するようだ。
ボクとアンナは用意されていた2対の2人がけのソファの片方に座る。ジュエルさんはボク達の後ろで待機する。
支部長と呼ばれていたのは、ガタイの良い30代のおじさん。短く揃えた金髪に、少し浅黒い肌、頬についた大きな斬り傷など、まさしく冒険者上がりのギルドの上官といった出で立ちだ。
執務の席を立つと、その高い背と鍛えられた体がありありと伝わる。上背は190を超えているだろう。
「まずはアンナ、お前だ」
「え」
アンナは面食らったような顔をしている。何の話をされるのかは言うまでもない。
「なぜシルクの森に行った!」
案の定、その事である。
恐らくアンナの受けた依頼は駆け出しが受ける簡単な依頼。危険の少ない草原で達成できる物だったのだろう。
しかしアンナは勘違いしてボクがいたシルクの森に入って来た。アンナの実力では危険なエリアのはずだ。事実、ゴブリンの群れと遭遇した際は逃げるだけで精一杯だった。
「シルクの森の推奨レベルは15だと知っているはずだ。お前の今のレベルはいくつだ?」
「………シルクの森に行く前に1つ上がって11です………」
「そうだ。そもそもシルクの森はパーティを組んで挑むのが前提だ。ソロで挑むとなればレベルは25は欲しい。お前には早すぎる」
………ボクはそんな所に放り出されたのか。身1つでレベル1で、世界の事を何も知らない状態で1人で。
死んでないのは奇跡だな。吸血鬼様々だ。
「死んじまえば何の意味もねえ。ちゃんと情報は集めろ。知識があれば対策もできる。情報は万人に共通の武器だからな」
支部長はそう言って締めくくると、次はボクを見た。品定めするような嫌な目。ボクが何者なのかを知ろうとしているのだろう。
「さて、そんな森で1人で生きていた記憶喪失のガキ。ただの人間じゃねえよな」
ああ、気付かれているな、これは。
「なぁ嬢ちゃん、お前吸血鬼だろ?」
種族まで見抜かれているか。このおじさん、ボクが思っているよりも強いのかもしれない。
一目見た時からそうは思っていたが、ボクじゃ絶対敵わない。
「なっ、吸血鬼って、嘘でしょ?」
「俺は『鑑定』持ちだぞ。俺の目にはそう映ってる。吸血鬼だってな」
「確か吸血鬼は、モノトーンの髪に赤い目………特徴は一致しているわね」
アンナは驚いていた。それもそうだろう。可哀想だと連れてきた子供の正体が吸血鬼だったのだから。
それよりも気になったのは支部長の言葉だ。
『鑑定』スキルが存在する。それが固有スキルか一般スキルかはわからないけれど、あるというのは良い情報だ。
「ねぇ、ホント?シラユキちゃん?」
アンナが戸惑いながらボクに問いかけてきた。騙しているつもりは一切なかったがちょっと心苦しいな。
人と共存する魔人がいるなら大丈夫かと思っていたが、今思えばアンナは、そんな国もあるといったニュアンスで言っていた。
この街がそうではない可能性はあった。
魔人でも平気と結論を出したのは早計だったか。
「ごめんね、アンナ」
ボクはアンナにだけ聞こえる音量で呟いて、自分の口を大きく開けてみせる。
吸血鬼の証である、異様に鋭く尖った犬歯。
「ボクは、吸血鬼だよ」
ちなみにシラユキの身長は140後半。
アンナの身長は160前半です。




