6話 街への道中
「やっと出れたぁ!」
アンナが叫ぶ。
アンナと一緒に森の中を彷徨う事数時間、ようやく森を抜けた。森を抜けた先は辺り一面に草原が広がっていた。
「わぁ………」
ただ草原が広がるだけだが、思わず感嘆の息が漏れる。
「日が暮れる前に街まで行っちゃおう」
アンナがにこっと笑いながら言った。ボクは頷いて彼女の後を追う。
彼女の後ろを歩きながら周囲を見渡す。今までいた森が嘘のように急激に木が少なくなった。
そのおかげで魔物がどこにいるのかはわかりやすいし、レベルを上げるなら森に入るよりこの草原で戦った方が安全そうだ。
「いやぁ、にしても思ったより時間かかっちゃったな。昼過ぎには街に着くつもりだったんだけど」
空を見ると、既に太陽は傾き、空は赤みがかっている。もう少しで夕方といった時間帯だが。
「アンナがポンコツなのが悪い」
「うぅ、言わないでよ………」
森から出るのに数時間かかったのは、ひとえにアンナがポンコツだったからだ。
ボクに会った時点で帰り道はわからなかったらしい。あっちこっちと彷徨っている内に、ゴブリンの群れのテリトリーに入り込んでしまった時はかなり焦った。
「それにしてもシラユキちゃん、戦えるんだよね」
ゴブリンのテリトリーにのこのこと侵入してしまったボク達。アンナは震えて使い物にならなかったので、十数匹を『拳法』で相手しながらアンナを守って逃げた。
記憶喪失の設定なのだからアンナに守ってもらいたかったのだが。
「魔物相手の訓練はしてたけど、あれだけの数を相手にいざ実戦ってなると動けなかったよ。ありがとね」
ボクがいない時に襲われていたらどうしていたのだろうか。
いや、考えるのはよそう。あの様子じゃ十中八九負けていただろうし。その先は考えない方がいい。
「アンナって戦えるの?」
「少なくともこの辺の弱い魔物くらいだったら倒せるよ」
「ふーん」
「あ、信じてないな?だったらちょっと私の剣捌きを見せてあげましょう」
「いや、早く街に………」
断ろうとしたが、はたと思い直す。
この世界の駆け出し冒険者がどれくらいの実力なのか確認する絶好のチャンスではないか。
「やっぱり見たいかも」
「お、じゃあお姉さん頑張っちゃお!」
やけにお姉さんぶるんだよな、この人。
まあ今のボクは外見年齢15歳未満の超美少女だし、年頃の女の子がお姉さんぶりたい気持ちはなんとなく想像できる。
やる気に満ちたアンナは少し遠くにいるスライムに目をつけた。
「見てて、シラユキちゃん!」
うーん、ちゃん付けで呼ばれるのむず痒いな。シラユキという名前も本来の名前じゃないからまだそわそわする。
アンナとスライムの戦闘を見られるよう近くに移動する。
「せいっ!」
威勢の良い掛け声とともに、上段に振り上げた剣をスライムに叩きつける。スライムは体が少し潰れるが、あまり効いていないようだ。
しかしそんな事は気にせずにアンナは再び同じ場所に剣を振り下ろす。
「やあっ!」
今度はスライムの体に刃が通り、スライムの体を両断する。すかさずアンナは後ろに飛び退いた。
そのすぐ後に、スライムの体は潰れた水風船のように爆発四散し液体を撒き散らした。
「おー」
パチパチと手を叩きながらアンナを見る。やってやったぜという声が聞こえてくるような見事なドヤ顔をしている。
「ちゃんと戦えるんだね」
「失礼じゃない?私一応冒険者だから」
正直言ってしまえば動きは遅いし、素人目に見ても剣の振り方に無駄があった。あれではあの森の中の狼は勿論、複数のゴブリンを相手するのも難しい。
より難度の高い依頼に行ったらいつの間にか依頼失敗で死亡している冒険者。今のままでは彼女はそうなりそうだ。
「早く街に行こ」
「つれないなぁ」
アンナはボクを妹のように扱っているが、ボクからしたら同年代だ。甘えてやるつもりはないぞ。
◆◇◆◇◆◇
目の前には大きな石造りの壁。そしてその向こうへと続く口を開ける門。
「ここが私の住んでる街、リボンだよ!」
門にはかなりの長い列が並んでいる。街に入る時の検問をしているのだろう。
「うーん、やっぱりいつもより多いなぁ」
「今更だけどボク、入れるの?」
森で迷子になっている間にアンナから聞いたが、この世界は人間以外の種族も人間と友好的に暮らしているそうだ。
魔王もいるにはいるが、別に敵対しているわけではない。人間の国で暮らす魔の存在もいるらしい。
だから吸血鬼であっても大丈夫だと思うけど。そもそも浮浪児と変わらないボクがこの街に入れるのか。
「大丈夫だよ。もしダメだって言われてもどうにかするから」
「え、どうやって?」
「子供はまだ知らなくていい事だよ」
そう言ってニコリと笑うアンナ。
うん。あまりやってほしくないな。
アンナと喋りながら待っていると、いつの間にか検問は進み自分達の番が来ていた。
「お疲れアンナちゃん。初仕事はどうだった?」
「しっかり採ってきたよ。後はギルドで報告するだけ」
どうやら門番の一人とアンナは顔見知りのようで、親しそうに話している。じっと二人を見ていると、視線に気づいたのか、門番がボクを見た。
「そうかい。それで、その子は?」
「依頼で行ったシルクの森で見つけたの。何も持ってないし記憶喪失みたいで、保護したくて連れてきたの」
「なるほど。街に入れるのは構わないがそのマントの下を見せてくれないかい?」
「え゛」
門番の言葉にアンナが固まる。
ボクはマントの下には何も着ていない。つまり、マントの中を見せるのは、ここで裸になるのと同じだ。
だが、これは門番として当然だ。知り合いが連れてきたとはいえ、全身をマントで隠した輩を無警戒に入れるわけにはいかないだろう。
それにこの下が全裸だなんてこの人には知る由もないのだから。
「えっと、フレッドさん。言いづらいんだけどこの子………」
アンナが事情を説明すると、門番が謝ってきた。丁寧にお辞儀しながら。
別にボクは気にしていないし、むしろ気恥恥ずかしいからそこまで誠実な謝り方はしないでほしい。
「別に気にしてないから」
「そうか………まぁ、何かあったら頼ってくれていい。できる限り力になるよ」
人好きのする笑顔でボクに微笑んだ。
「じゃあ、入っちゃって大丈夫?」
「あ、アンナちゃん、一応冒険者カード見せてくれ」
門番にそう言われると、アンナは何かの呪文を唱えた。
「〝ディスプレイ〟」
すると、アンナの目の前にステータスのような物が出現した。ステータスの閲覧はボクだけの権能ではなさそうだ。
「オーケー、通っていいぞ。その子の面倒はちゃんと見るんだぞ。特にここ数日は………」
「はーい、わかってるよ。行こ、シラユキちゃん」
アンナに促されて門をくぐる。大きな壁の先は、意外性もなく中世ヨーロッパ風の街並みだった。
アンナはボクの前に立って、街に向けて腕を広げて言った。
「改めてようこそ!リボンの街へ!」