表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

5話 人

「ええと、ごめんね?」


 ボクは今、ちょっとだけ拗ねている。

 確かに今ボクは服を着ていないし、さっきまで恥ずかしげもなく全裸で動き回っていた。

 これなら痴女だと叫ばれるのも当然だし、自分でもそんな場面に出くわしたら、多分叫ぶか全速力で逃げてる。

 だけどさ、だからといっていきなり水魔法を思いっきりぶっかけなくてもいいと思うんだ。


「………くしゅっ」


 我慢しきれず小さくくしゃみをする。

 頭から冷水をかけられたのだ。拭くものも羽織るものもないし寒くてしょうがない。


「ごめん!」

「!」


 そんな声とともに、頭に布状の何かが覆いかぶさった。誰かがボクの目の前で屈み、そして少し乱暴にその誰かがボクの頭をまさぐる。

 それが何をしてるのかは考えるまでもない。その人がボクの髪を拭いているのだ。


「ごめんね?こんな所に裸の女の子がいるなんて思ってもいなくて、びっくりしちゃった」


 不規則に動くタオルの隙間から、正面にいる少女を見上げる。

 緑色の瞳は大きく、凛々しくも可愛さもある顔立ちで、髪はポニーテールに纏めた綺麗な赤毛。歳は16くらいだろうか。

 優しい声で話しかけながら、ボクの髪をタオルでわしゃわしゃと拭く彼女は、さながらどこかの童話の主人公のようだ。


「それで君はどうしたの?なんでこんな所にいるの?」


 さて、どうしたものか。

 ボクが採れる選択肢は3つある。

 まず1つ目、自分の境遇をありのまま話す事だ。転生者である事、吸血鬼である事、知らない内にこの世界に来ていた事。

 だがこの選択肢を選ぶつもりはない。そもそも会ったばかりの人にそんな事を言っても信じてくれるかわからないし信用できない。

 そもそも吸血鬼という種族が、この世界でどういう存在かがわからない以上、無闇に教えるべきではないだろう。


 2つ目、田舎から出てきたばかりでこの世界の常識をほとんど知らないという設定を作る事。

 しかしこれに関しても、周辺の地理もわからないし、そもそも世界共通レベルの常識すら自信がない。

 設定は綻びが生まれて、すぐに嘘だった事がバレそうだ。


 となれば必然的に3つ目になる。


「わかんない」


 か弱い女の子を装ってもすぐにバレそうだし、特に演技はせずに少女に告げる。

 少女の手の動きが止まった。


「覚えてない。自分がどこで生まれて育ったのか。なんでここにいるのか。覚えてない」


 淡々とそう言うと、自分の目尻から何かが垂れた。左手で目元を拭うと、その指先は濡れていた。

 涙?なんで?

 さっきの言葉に、事実なんてない。覚えてる。自分が何者なのか、どこで生まれ育ったのか。ちゃんと覚えてる。


 自分の涙に困惑していると、急に体を抱き寄せられ、ぎゅっと強く抱きしめられる。

 強いのに、全く痛みも不快感もなく、ただただ温かくて心地良い。


 ああ、そうか。

 寂しかったんだ。

 いきなり知らない場所に放り出されて、狼に襲われて、ゴブリンを殺して。順応してはいたけど、精神は擦り減っていたんだ。

 なんでボクがこんな目に?

 痛い。怖い。死にたくない。

 間違いなく今までの人生の中で一番濃い最悪の一日だった。


 なんでここにいるのか。

 覚えてないんじゃない。わからない。ただただ理不尽な紛れもない事実。


「う………ぁ………」


 嗚咽が漏れる。我慢なんてできなかった。一度決壊した感情の波は、もう抑えが効かなかった。

 とめどなく溢れるボクの涙と泣き声を、ボクを優しく包む少女は温かく受け止める。


「よく頑張ったね」


 優しい少女の慰めの声は、擦り切れかけていたボクの心にすとんと収まった。


◆◇◆◇◆◇


「落ち着いた?」

「………うん」


 数分に渡って泣き続けたボクは、彼女から離れるタイミングを失ってしまった。知らない女の子に大号泣した後に顔を見合わせるのは、正面恥ずかしい。


「ありがとう」


 彼女の腕の中で、呟くように言った。


「落ち着いたなら良かった」


 彼女はボクを抱擁から解放し、恥ずかしくて俯き気味のボクに少しおどけた調子で自己紹介を始めた。


「私の名前はアンナ。この近くの街で冒険者をやってるの」

「冒険者………」

「あ、興味ある?冒険者っていうのはね」


 冒険者。

 ファンタジーの世界でよく聞く役職だ。ギルドなどの組織に所属して依頼を受け、その日稼ぎの報酬で暮らしていく半傭兵業。

 アンナの説明からして、大元の認識は間違っていないようだ。

 彼女の恰好は、腰に剣を吊り下げ、簡素なレザーアーマーにホットパンツという剣士スタイルだ。


「私はまだ駆け出しなんだけどね。今回が初依頼!なんだけどまだ依頼された薬草が採れてないんだ」


 アンナは聞いてもいないのにペラペラとよく喋る。泣いていたボクを気遣ってくれての事なのだろう。

 ありがたく聞かせてもらおう。


「君は見てない?柔軟草っていう薬草なんだけど。葉っぱがこう、クルッて1回転してるんだけど」

「それなら………あそこ」

「あ!ホントだ!これだけあれば依頼達成できるよ………!」


 アンナはボクが指さした場所で薬草を採取し始めた。

 さっきまで人の事を気遣ってたくせに、次の瞬間には薬草採取に夢中だ。かなりマイペースな人だ。

 彼女の採取が終わるまで、周辺の警戒をしておく。彼女はかなり無防備だし、奇襲でもされたらすぐに負けそうだ。

 駆け出し冒険者というのも本当だろう。


「ごめん!ちょっと夢中になっちゃった。教えてくれてありがとう!おかげで早かったよ」


 両の手いっぱいに採取した薬草を小さなポーチに詰め込みながら戻って来た。

 明らかに入れている量と容量が合っていない。俗に言うマジックバッグの類だろう。


「………アンナはもう行くの?」


 依頼を達成したら、冒険者はこんな所に用はない。すぐに街に戻るはずだ。


「そうだねぇ………ねぇ、君。お姉さんと一緒に来ない?」


 願ってもない。早くこの森から離れて人の暮らす安全圏で休みたい。

 首を縦に振って肯定の意を示す。


「うんうん。あ、その前に何か羽織るものを………」


 彼女はポーチの中から大きめの布を取り出して、ボクの首に緩く巻きつけ、膝下までの長さのマントにしてくれた。

 ずっと開放的だったがようやく服のようなものを着れた。

 まあ、下はまだスースーするし、派手に動けば中まで全部見えるが。


「君、名前は覚えてる?」


 アンナは遠慮がちに聞いてきた。


 名前。

 もし、これから一生を、ここで生きる事になるのなら。ボクの名前を、ボクがボクであった事を知る人はボクだけだ。


 真白祐希(ましろゆうき)という一人の〝人間〟を。ボクだけは忘れてはいけない。

 だから。


「シラユキ」


 ボクはこれから、そう名乗る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ