2話 ステータス・オープン
「………ん」
肌がくすぐったくて目が覚めた。うつ伏せで寝ていた体を起こすと、目の前に広がるのは神秘的な森。直前の記憶と違わぬ森の中だった。
「えーと、何してたんだっけ………この森で起きて、自分の体を見て、それで………」
曖昧な記憶を辿っていき、直前の記憶をはっきりと思い出す。
「あ、腕………!………あれ?」
スプラッタ映画でも見ないようなグロすぎる断面をしていた腕は、血だらけではあるものの治っている。右足も、血はついているが痛みもないし傷口もない。
「ど、どういう事………?」
血は出ているのだ。夢ではなかったのだろう。だが確実に左腕はなくなっていたはずなのに。ゾッと背筋を強張らせたが首を振って恐怖を振り切る。
「そういえば狼は………」
ボクが殴り飛ばした狼は、ボクから5m程離れた場所で倒れていた。
あれ?もしかしてボク、あんな大きい狼をあそこまで吹き飛ばしたの?
いやいや、そんなはずはない。引きこもり気味のひ弱な高校生が、そんな化け物じみた事できるわけがない。
腕が千切れた後は記憶が曖昧だし、きっとその時にボクが転がりながら狼から離れたのだろう。
あれだけの大きさの狼なのだ。体重も50kgはあるはず。力の入らない体勢で腕一本で5m吹き飛ばすなんて人間では無理な話だ。
いや、待てよ。そもそもボクは人間なのだろうか。今のこの状況はイレギュラーにも程があるのだ。
いつの間にかこんな森の中にいるし、ボクは裸で女の子になっているし、バカでかい狼に左腕を千切られるし、かと思えば狼から受けた傷は綺麗さっぱり治っている。
明らかに普通じゃない。
「もしかして、異世界転生ってやつ?」
死んだ覚えはないから転生ではなく転移というべきなのか。
とにかく、こんな異常事態を鑑みれば、ここが今まで住んでいた世界とは異なる可能性、ボク自身も人間ではない可能性、どちらも十分にありえる話だ。
そして異世界転移といえば、定番の呪文が一つ。
「ステータス」
しかし想像していたようなステータス画面出てこない。どうやらそんなご都合主義な世界ではないようだ。
「オープン、てうわっ!?」
未練がましく適当に呟くと、目の前に半透明の青色の板のような物が急に現れる。紛れもなく、ボクが今求めていた物。
「ステータス画面だ」
No Name レベル2
種族 吸血鬼
性別 女
生命力 1642/1943
魔力 1176/1392
体力 2613/3219
【スキル】
『吸血』『血液魔法(0)』『拳法(1)』
【体質】
『弱点無効』『再生』『血魔循環』
まるでゲームのようだ。ステータスやスキルなど、自分がゲームの中にいるような感覚に少し興奮する。
だが今は興奮している暇はない。一度落ち着いて自分のステータスをよく見てみる。
まず一番確認したかった自分の種族。ボクは予想通り人間ではなく、男子なら誰もが羨む格好良い種族、吸血鬼だった。
そして見た目通り、性別は女で確定らしい。ボクは男の方が良かったんだけど。こういう世界で女だなんてろくでもない扱いを受けそうだし。
生命力、魔力はゲーム用語で言い換えれば恐らくそれぞれHP、MPだ。しかし体力はなんだろうか。文字だけだと生命力と同じような気がするが。
レベルが2なのと、各種ステータスが多少減っているのは狼に襲われたからだろう。
この数値が凄いのかどうかは、この世界の指標が全くわからないから知りようがない。
スキルと体質とあるが、これは恐らくアクティブスキルとパッシブスキル。『拳法』以外は吸血鬼関連のスキルだろう。種族共通のスキル。
そして『拳法』のスキルは狼を殴った時に手に入れたのだろう。つまりスキルは後天的に取得する事ができるはずだ。
しかし異世界転移でよくある『鑑定』スキルは持っていない。それがあればこの世界で生きる事になるとしてもかなり楽になるはずだ。
「………あれ」
随分とナチュラルに、この世界で生きる事を受け入れている。普通こんな所にいきなり飛ばされてきたら、元の世界に帰りたいと思いそうな物だが。
ボクにはそんな感情はないらしい。もしかしたらまだ混乱していて現実として受け入れられていないだけかもしれないけど。
「まあいいや。とりあえずスキルについてもっとよく見てみよう」
生きていくなら自分の力はしっかりと把握しておくべきだろう。特に『血魔循環』というスキルはどういったものか見当もつかない。
どうやって調べようかと思ったが、知りたいと思ったスキルの情報が頭に自然と浮かんできた。特に何かせずともスキルの詳細は知ることができるようだ。
『吸血』
吸血鬼系列固有の特異スキル。
牙のみから他者の血液を摂取できる。
他者の血液を体内に取り込む際、対象の持つスキルを複製する事ができる。条件を満たした場合のみスキルの複製が可能。
『血液魔法』
吸血鬼族固有の魔法スキル。
自分、もしくは連なる者の血液を操る魔法スキル。
練度が高いほど自由に血液を操れるようになり、血液の組成を変えることも可能になる。
『拳法』
一般戦闘スキル。
身体を効率よく動かし戦闘を有利に進める戦闘スキル。
練度が高いほど身体を動かしやすくなり、無理な動きをしても身体が痛みづらくなる。
『弱点無効』
特異体質。
種族的な弱点を持つ種族が、その弱点を克服した証となる体質。ごく稀に先祖返りを起こした魔人が先天的に持つ。
『再生』
主に上位魔人の戦闘体質。
死亡しない限り、体力を生命力に変換して回復する。欠損や外傷、内臓損傷も回復する。
『血魔循環』
吸血鬼族固有の特異体質。
魔力を血液に、血液を魔力に変換する。
どちらかを酷使しすぎて欠乏症を起こしかけると、自動で多い方を少ない方に変換する。
十分強い。
『鑑定』のようなチート能力はないものの吸血鬼固有の能力はどれも強力なものだ。
ちょくちょく気になる表記はあるものの、現状把握しておきたい事は把握できた。
さて、自分の力の確認が終わった今、次にやるべき事は。
レベル上げと、第一村人との邂逅だ。