15話 力、その在り方
『血液魔法』のお披露目を終えて、今度はアンナから一般魔法や魔法の知識についてを教えてもらう。
そもそも魔法とは何なのか。
数千年前の大魔術師曰く、魔力を用いて超常現象を引き起こす世界の理だという。
魔力を物体に変換し、力に変換し、世界に干渉する力。
魔法全盛の時代、この世界には地形を変えたり天候を操ったり、果ては宇宙にまで容易く干渉するような化け物が特に珍しくもないほどそこら中にいたらしい。
そんな世界では当然、世界を征服しようとするような存在も現れるわけで。数千年経った現在でも各地に当時の爪痕が残るような大陸規模の大戦争が勃発した。
力ないものはあるものに蹂躙され、力あるものもより強いものに倒され、生き残ったのは必死に耐え凌いだ平和主義の魔法使いと、力なき人間だった。
生き残った魔法使いは力なき人間達に生きるための魔法を教えた。だが、戦争のための魔法は、誰一人として後世に教える事はなく、今や魔法は大戦争当時とは比べ物にならないほど衰退している。
そんな過酷な戦争を生き抜いた先人達の想いはいざ知らず、今この世界では各国が盛んに戦術級魔法の開発を行っているらしい。
難航しているようだが、研究を始めた当初よりは強力な魔法が扱われ始めている。
そして最近よく扱われている研究テーマが、無詠唱魔法だという。あらゆる詠唱魔法の源流であり、数千年前に失われたはずの魔法技術。
「数年前にこの国の宮廷魔法研究者が無詠唱魔法を再現したの。あっという間に普及して、無詠唱魔法を使えない人は世界にいないくらいにはなったんだけど………戦闘に使える人なんて、私は君以外に1人しかしらない」
現在、無詠唱魔法を戦闘で使用できるほど使いこなせている人はほとんどいないらしい。
そもそも、無詠唱魔法と詠唱魔法は何が違うのか。
当然、詠唱の有無である。
では詠唱の有無で何が変わるのか。大きく変わるのは、正確性、速射性、柔軟性の3点。
詠唱魔法は魔力のブレが少なく、短い詠唱で即座に魔法を使える。無詠唱魔法は全ての工程で魔力を自分で操るため集中力が必要であり、その分魔法の発動に時間がかかる。ただしある程度の自由があり、魔法を状況に応じて作成、カスタマイズできる。
魔法を数式と例えれば、詠唱は公式だ。
計算に時間がかかる数式でも、公式を使えば大した計算もいらずに解けてしまうように。魔法の発動に必要な過程の一部をショートカットできるのだ。
しかし、計算過程が多ければ相応に計算ミスは増えていく。同じように、無詠唱魔法は詠唱魔法と比べて扱いが難しく、魔力のロスが大きく威力が落ちる。
だが、その威力の差異は大きく個人差があるらしい。無詠唱ではもはや発動すらしない人や、詠唱ありとほぼ変わらない威力を保つ人もいる。
加えて魔法の発動までの時間差も、個人差が大きい。時間と威力の個人差は、基本的には比例関係にあるらしく、つまり、苦手な人はとことんできないのだ。
「無詠唱魔法は現役の宮廷魔法使いですらきちんと扱える人が少ない魔法なの。これだけ威力があってコントロールできるなら、スカウトが来るかも」
政治体制なんてよくわからないが、宮廷が国のトップクラスの機関である事はわかる。もしスカウトされれば出世街道のエリートコースなのだろう。
「だからあんまり無詠唱魔法は使わない方がいいよ」
「え?」
「………宮廷はこの国の国王が直営する組織の総称なの。この国はわりと実力主義な所はあるから、平民でも宮廷で働く事はできるんだけど………」
アンナはそこで一度言葉を切った。
「………貴族には平民が宮廷で働く事をよく思わない人がたくさんいる。陰湿な嫌がらせとか陰口とか常に攻撃されるの。しかもシラユキちゃんは吸血鬼だから………」
「確かに、ヤバそうだね」
この国がどんな体制でいるのか知らないし、貴族にも会った事はないから断言できないが、確かにボクが宮廷に行ったらやっかみが凄そうだ。
「それに宮廷ならまだいいけど、人攫いとか悪徳貴族に狙われたりとか、色々な事に巻き込まれやすくなるから」
一個人が強力な力を持つ事に危機感を持つ人間は多い。特にこの国は、王や貴族が一定の権力を持っているようだし、多分裏組織なんかもあるだろう。
その力とやらが武力であれば、国単位で接触をしてくる可能性はある。
加えて持ち主が人外であれば尚更。
善い者であれば偵察からの融和、協力を。悪しき者であれば監視からの敵対、排除を。
かつてたった2つの兵器が2つの街を大きく破壊し、20万を超える命を刈り取り、今もなお多くの人の心に巣食い瑕疵を残すように。強大な武力は国家間戦争における絶対的な切り札になるし、諸外国への牽制にもなる。
魔法が存在しない前の世界でも一騎当千と恐れられる者がいたのだ。魔法や人外が存在するこの世界では、たった1人が数万の軍勢を圧倒するなんて事もありえそうだ。
「でも冒険者ランクが高くなれば、嫌でも関わる事になるんじゃないの?」
「名の知れた高ランクと無名な低ランクじゃ扱いに差が出るからね。権力を傘に着て無理難題ふっかけられたり、いやらしい命令されたり」
しっかりと権力に対抗できるようにしてから関われという事か。
「実際、貴族に圧力をかけられて冒険者ギルドを解約させられて、愛人にさせられた人もいたらしいよ」
「………………」
気持ち悪い話だ。
「でも冒険者ギルドは国営でしょ?公的機関ならそういう人事は保証されてるんじゃ」
「うーん………そんな簡単な話じゃないんだよね。汚い人はどこまでも汚いんだ。貴族はお金ならいくらでもあるからね」
ふむ、賄賂とか、そういう類の話か。でも流石にそういった事は貴族が相手であろうと処罰対象であると信じたいが。
街の外観は中世ヨーロッパに似ていたが、価値観や政治体制も現代日本よりはそちらに似ていそうだ。
「さて、それじゃあ話を戻すんだけど、一般魔法を教える前に1個だけやってもらわないといけない事があるね」
アンナが人差し指を立ててその指をくるくる回す。ボクが小さく首を傾げると、アンナは楽しそうにニヤッと笑って言った。
「無詠唱魔法に詠唱をつけるんだよ」




