10話 酔っ払い冒険者=喧嘩
うーん、どうしようか。
殴りかかられているから正当防衛ではあるけど、あまり暴力で解決したくない。
吸血鬼は温厚な種族であると、証明していく事がボクの目標なのだから。
ちなみに『観察』スキルを使った所、わかったのは人という分類と名前のグリールと酩酊状態という事。意味がない。
藍色の髪に藍色の目、粗棒という印象の強い顔、よくある主人公を舐めてかかって突っかかる序盤のモブ敵だ。
そして見てわかっていたがボクが負ける相手じゃない。
グリールの攻撃をかわしながらこの状況をどうするべきか悩んでいると、グリールの背中側から聞き覚えのある声が聞こえた。
「シラユキちゃん!?」
アンナだ。頼むからアンナは何もしないでほしい。
「シラユキちゃんに何してるの!」
アンナは腰の剣を抜いてグリールに向けた。グリールはそれに気付いてターゲットを変えた。
「なんだぁ?女ぁ。俺と遊びたいのかぁ?」
下卑た笑みを浮かべながら振り返り、アンナを見る。アンナは怯えた顔をするが、気丈に叫ぶ。
「シラユキちゃんから離れて!」
「あぁん?別にいいぜぇ?お前がその体で遊んでくれるならなぁ?」
後ろを見ているからグリールの表示はわからないが、その言葉の意味はわかる。
アンナの胸はそこそこ大きく、スタイルもいい。つまりは、そういう事だ。
「新人には手取り足取り教えてやらないとなぁ?」
グリールがアンナに近付き、振り上げようとした剣を持った方の手首を掴む。Dランクといえどもそこそこ強いらしい。
アンナが手首を掴まれた瞬間、ボクは思い切り床を蹴ってグリールの真横に走り、奴の顎を軽く蹴り上げる。
「ぐっ!?」
本気でやってしまうとどこまでのダメージがあるかわからないので少し手加減はした。グリールはアンナから手を離し、ボクを睨む。
「てめぇ………」
「教えてよ。冒険者の厳しさってやつを」
ボクが煽るとグリールはさっきまでより少し早い拳を振るう。今までの余裕はなくなったが、全然避けられる。
というかもう、吸血鬼だから抑えようとか関係ないな。友達を気持ち悪い目で見て気持ち悪い言葉を発した。
それだけで十分だ。
「この程度なんだね。Dランク」
ボクは他の人には聞こえないようそう言って、グリールの腹にさっきよりも強い蹴りを入れる。
「ぐぉっ………」
呻いて体をくの字に曲げたグリールの頭に、ボクはかかと落としを叩き込んだ。
グリールは気絶し、うつぶせに倒れ込んだ。
「アンナ、大丈夫だった?」
「う、うん。そうだったね。シラユキちゃん、私より強いんだったね………」
アンナに駆け寄って掴まれていた手首を診る。特に痣になったり赤くなったりはしていなさそうだ。
「先輩、とりあえずこの人は診療室に連れていきますね」
「悪いわね、お願い」
男の受付の人がグリールを担いで診療室だろう部屋に入っていった。ジュエルさんがボクに話しかけてきた。
「ごめんね、シラユキさん。それで、続きの説明はどうする?」
「シラユキでいいですよ。ボクはこのままでも別に」
早めに全部聞いておきたい。この世界の常識はわからないから、少しでも多く知識をつけておきたい。
「そう。じゃあ続けるわ。さっきあの馬鹿が言ってたけど、冒険者にはランクがあるわ。ランクは冒険者の実力ややる気と依頼の難易度が合っているかの指標になってるの。自分に見合わない依頼を受けて失敗して死ぬなんて事は極力なくしたいから」
グリールがDランクならランクの昇格はそこまで難しい物ではなさそうだ。
「ランクの昇格は、それぞれのランクの依頼の達成回数と実力試験で結果が返ってくるわね。ランクが上がるほど特権が多くなったりするわ。Aランクなら国境を越える際に越境料が免除されたり、一部施設の無料使用もできたりするわね。それに貴族から依頼が来るから、収入も多くなるわね。Sランク以上になれば王族からも何かアクションがあったりするらしいわ」
「Sランク………」
以上という事はSランクより上があるという事か。まぁそれぞれの実力がどの程度かも知らないわけだけれど。
「ちなみに支部長は元Aランク、私は元Cランクよ」
支部長で元Aランクなのか。今のボクでは勝てるビジョンが一切浮かばないんだけどな、あの人。
あの人より強いのがSランク。Aランク以上は魔境も魔境か。
しかしジュエルさんも元冒険者か。ジュエルさんはまだ20歳にもなっていなさそうだし、引退には早すぎる年齢な気がするが。
まあでも、無理に踏み込まない方がいい事もある。
「EランクにはFランクの依頼を10個達成すれば実力試験を受けられるわ。実力試験については、あなたなら問題なさそうね。それでさっきの人みたいに問題を起こした場合だけど、罰金やランク降格処分、最悪の場合は冒険者ギルドからの除籍、永久追放もありえるわ」
「ちなみにあれはどうなるんですか?」
グリールが連行された方を見ながら尋ねる。
「あれはお酒を飲んでシラユキさんにダル絡みしたわけだから、だいたい5万ベルの罰金としばらくの飲酒禁止命令かしらね。あなたが強かったから実害がなかったし、そのくらいが妥当ね」
「………わざと殴られておけばよかったか」
「ダメだよ!?」
ボクがボソッと呟くと、アンナが驚いたような声を出す。
だって安いだろう、その程度の罰じゃ。
「お願いだから自分の事は大事にして?」
「………」
返事をせずに目を逸らして唇を尖らせていると、アンナはボクの頬を両手で触って左右に引っ張った。圧を感じる笑顔でボクに要求する。
「大事にして?」
「………わかっひゃ」
断れなかった。吸血鬼だからすぐ治るし別にいいと思うんだけどな。
「依頼とランクに関しては、ソロで受ける場合は自分のランクとその前後1つまでのランクの依頼が受けられるわ。Eランクなら、FランクとDランクの依頼が受けられるわけね。パーティを組んでる場合は、パーティ内で一番ランクの低い人に合わせて、1つ上までの依頼が受けられるわ」
「つまり、Dランク、Cランク、Bランクで組んでる場合は、DランクとCランクの依頼が受けられるって事?」
「そうね。でもあなたはアンナと組むでしょうから今はまだ関係ないわね」
「うん。ジュエルさん、私とシラユキちゃんのパーティ登録、お願い!」
ボクに相談も許可を取るのも何もせずに決めたな。ボクもそのつもりだったからいいけど。
「ええ、やっておくわね」
「それじゃあシラユキちゃん、今日は休もっか。ジュエルさん、今日もありがとう」
アンナに手を引かれてカウンターを後にする。ジュエルさんにぺこりと小さくお辞儀をした後、アンナに問いかける。
「どこ行くの?」
「宿屋だよ」




