これまでも、これからも、ずっとそばに……⑥
ジャックさんがそう言うと同時に、僕は空中にポーンと投げ飛ばされた。びっくりして思わず「ぎゃ!」ってさけんじゃった。
けど、あわてちゃダメだ。くるりと一回転しながら着地するとこを想像する。
「やわらかな風よ、この身をすくい上げたまえ」
ぶわっと地面から風が吹いて、僕の体を支えてくれる。僕はゆっくりと地面におりて、まわりをぐるりと見回した。
ここは星降堂だ。今より魔法具は少ないし、キラキラも少ないけど、まちがいない。だって魔女さんがいるんだもの。魔女さん、僕と同じくらい小さいけど。
「シュヴァルツ」
「…………」
魔女さん、竜の杖を両手で抱いて、カウンターでボーッとしてる。魔女さんが見てるのは、空中に浮かぶ魔法具たち。金色のスプーンとか、星座が書かれた懐中時計とか、青と緑の宝石がついたペンダントとか。
後ろからジャックさんが声をかけてるのに、気づかないみたい。
「シュヴァルツ」
「……は、はい!」
魔女さん、やっと気づいたみたいだ。ハッとした顔でふり返って、立ち上がる。
すると、とたんに魔法具が地面にバラバラと落ちた。パリンッて音がしたから、何か割れたのかも。
魔女さんは今にも泣き出しそうな顔で「ごめんなさい」って言ってる。もしかして、魔女さんが星降堂に来たばかりの記憶かな。
「新しい名前、覚えるのむずかしいかな」
「そんなこと、ないです」
「いいんだよ。正直に言って。
いや、それよりも。魔法を使わないでいるのは、やっぱりむずかしいかい?」
ジャックさんがたずねると、魔女さんはうなずいた。
「まあ、仕方ないね。少しづつ覚えていこう」
ジャックさんが杖をふる。床に落ちて壊れた魔法具は、すぅっとうかんで一瞬で直った。
僕は、魔女さんが気になってじっと見てた。だって、いつも魔女さんは、何でもできて自信に満ちあふれてて、僕をいつでもみちびいてくれるのに。
昔の魔女さんは、なんていうか、怖がりでおどおどしてる。おんなじ人とは思えなかった。
「あの、何で私を弟子にしたんですか?」
魔女さんが、ジャックさんにたずねた。するとジャックさんは、魔女さんにこう言った。
「君は魔法の使い方を知らなさすぎるし、そのくせ想像力が強すぎる。おさえ方を教えてあげないと、この先苦労するだろうなって思ったんだ」
子供の魔女さんは首をかしげてる。仕方ないよ。ジャックさんが言ってること、僕にもよくわかんないもん。
「さっきみたいに、何もしてなくても物がういてしまったり、昨日みたいに、何もしてなくても箒が増え続けたり」
「うぅ……」
「そういう失敗をしないように、魔法を使わない練習をするんだ。わかるかい?」
魔女さんはうなずく。
「じゃあ、練習しよう。こっちにおいで」
ジャックさんに手まねきされて、魔女さんは工房に行く。
僕は、ちょっとだけ楽しくなってた。
僕が知らない魔女さんが、ここにいる。いつもおちゃらけてた魔女さんとはちがう、魔女さんの別の姿。
子供の魔女さんを追いかけようと思って、僕は工房に向かう。けど、すぐまたちがう景色が目の前に現れた。
夜空いっぱいの星たちと、マリーゴールドの花畑。星降堂の地下室で見た、あのキレイな景色。
魔女さんは少し成長してて、お姉ちゃんって感じの雰囲気になってた。相変わらず、竜の杖を大事に抱えてる。
「先生、ありがとうございます」
魔女さんは、ジャックさんの背中に向かってそう言った。ジャックさんはふり返って、「何が?」って聞くように首をかしげる。
魔女さんは、今まで見たことないくらいの笑顔で、ジャックさんに言う。
「先生のおかげで、魔法にふりまわされることがなくなりました」
「そうだね。魔法の使い方は、今じゃ僕より上手だよ」
「そんなことないです。私じゃ、先生にはぜんぜんかなわない……」
魔女さんは両手を広げてくるりと回る。歩いたとこには金色の光が飛び散って、マリーゴールドが花を咲かせた。
とてもキレイ。
「先生は、私の第二の父です」
「おや、うれしいね」
「だから私、先生と一緒に星降堂を続けたい。卒業試験だなんて言わないでください」
「……おや……」
ジャックさんはクスリと笑う。
魔女さんは、ずっとジャックさんとお店をやるつもりでいたんだ。だけど、今は一人。
何でジャックさんは死んじゃったの? 何で魔女さんは、あんなに泣いてたの?
「ところで、シュヴァルツ。その杖はもういらないだろう?」
ジャックさんは、魔女さんが持っている竜の杖を指さした。
赤い宝石があやしく光る、竜の杖……
「新しい杖ならこの前あげただろう」
「こ、これはダメです。捨てません」
魔女さんはあわてて杖を背中にかくした。
「これは、私の実のお父さんのかたみです」
ジャックさんは顔をしかめた。
「だけどね。その杖は必要以上に生命力を吸ってる。それがなくなれば、魔法がもっと使いやすくなるはずだよ」
僕も知ってる。
魔女さんが使ってる竜の杖。僕が初めて魔法を使った時、生命力を吸われすぎたせいで僕はたおれたし、元の世界にも帰れなくなった。
だから僕も、あの杖は捨てた方がいいと思う。
だけど、魔女さんのお父さんのかたみなら、捨てたくない気持ちもわかる。
魔女さんは、ジャックさんを見つめる。宝物を守る子供みたいに、イヤイヤって首をふってる。
だからかな。ジャックさんはため息をついてこう言った。
「わかった。じゃあ、君がきちんと管理をしなさい。その杖に、あざむかれないように」




