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最期に一目会えたなら③

「それ、グリムニルさんは知ってるの?」


 ヨルズさんは首をふった。


「教えてないの。だって、教えたら、グリムニルはきっと困るでしょう。忙しいお仕事で、代わりの宮廷魔道士(きゅうていまどうし)もいないから、カンタンにこっちには帰って来られないと思うわ」


 そして、ヨルズさんはアルバムを開く。

 ぱらり、ぱらりとめくりながら、写真に映るグリムニルさんを指先でなでた。


「だから、本当に調子が悪くなるまでは、言わないつもり」


 なんて、言ってる。

 本当は会いたいんだ。きっと。だけど、ヨルズさんは優しくて、グリムニルさんのことを愛してるから、グリムニルさんが困るようなことはしたくないんだ。


「言わなきゃダメだよ」


 思わず僕はそう言った。

 お母さんが病気だってことを教えて貰えなかったら、きっとグリムニルさんはイヤだと思う。知らないうちは平気でも、後から知ったらすごくイヤだと思う。


「僕のお母さんも、おんなじように、僕に病気をかくしてた」


 僕はお母さんの入院が決まった日のことを思い出した。


「お母さんは、僕が知るよりずっと前から、お腹が痛かったんだって言ってた。病院で大きな検査してから、ようやくガンだってわかったけど、わかった時にはもうおそかった。

 僕は、お腹が痛いこと言ってくれなかったお母さんがイヤだった。だって、急に入院になって、死んじゃって、会えなくなったもん。さびしかった」


 思い出したらボロボロ涙が出てきて止まらなくて、ノドはつまってうまく息ができなくて、悲しいのとくやしいのとで頭の中はぐっちゃぐちゃになっちゃって……


「もっと早くに病気がわかってれば、もっといっぱいいい子でいて、いっぱいお話できたのにって。あと、僕……お母さんに……『ありがとう』を言えてなくて……

 だから僕、お母さんにまた会いたくて……いっぱい、いっぱい、『ありがとう』を言いたくて……でも、でも……」

 

 僕自身、僕が何言ってるのかわかんないくらい、僕はぐっちゃぐちゃに泣いちゃって、わけわかんないまま、ヨルズさんに言っても仕方ないことを言ってた。

 ヨルズさんはただ黙って聞いてくれていたけれど、僕が声を出して泣いてしまうと、僕の頭をなでてくれた。


「空みたいな優しい子で、空のお母さんは幸せね」


「しあ、わせ……」


 なんで?

 いつもお母さんの言うこと聞かなくて、ねぼうしてばっかだったし、宿題は忘れるし、いじめっ子からいじめられてるのに……


「そうよ。空のお母さんは幸せよ。ひたむきで、優しくて、お母さんに『ありがとう』を伝えようとしてくれる、優しい子」


 そんなこと言われても、わかんない。


「でも、お母さんを生き返らせるために魔法の勉強してるのに、僕は元の世界に帰るために、お母さんをあきらめたんだ。優しくなんかないよ、ちっとも」


 僕はつぶやく。けど、ヨルズさんは首を振った。


「空は、元の世界に帰らなきゃいけない理由があるんでしょう?」


 僕が元の世界に帰る理由……それは……


「お父さんが、さびしがってると思うから……」


 ヨルズさんはうなずいた。

 もしかして、これが優しいってこと?


「お母さんをあきらめたんだよ。お母さんに優しくできてない」


「いいえ。お母さんが愛したお父さんに、優しくしようとしてる。それは、お母さんにも優しくしてるのと同じなの」


 ヨルズさんは僕をだきしめた。土と木のニオイが混じった、フシギなニオイがする。


「お母さんは、きっと空を見てる。木にも、風にも、大地にもお母さんがいて、空の優しいところをきっと見てる。だから、無理にお母さんを探す必要はないのよ。『ありがとう』の気持ちだけで、十分だわ」


 ヨルズさんの言ってることは、むずかしくてよくわかんない。だけど、僕の心の奥の奥に、ストンと落ちてきた。

 僕は気づかないうちに泣き止んでた。ヨルズさんに「ありがとう」って言って、はずかしさで熱くなった顔をかくしながらはなれた。


 僕は深呼吸する。

 ”お母さん”としての考えは、教えなくてもいいのかもしれない。でも、”子供”はちがう。

 子供はお母さんと会えなくなるのはすごくさびしい。ガマンできないくらいに、つらいし悲しい。僕がお母さんを生き返らせたかったのだって、お母さんに『ありがとう』を伝えて抱きしめたいからなんだ。

 だから……


「ヨルズさん。グリムニルさんに、森へかえるってこと、言ってほしい……

 子供は、お母さんが考えてることわかんないんだ。だから、さっきみたいに説明してよ。いつでも見てるから、さびしくないよって、言ってあげてよ」


 ヨルズさんは目をまん丸にした。困ったように笑って、少しだけ考えて、そして……


 …………うなずいた。


「そうね。わかったわ。

 お手紙書くから、空が届けてくれる?」


 僕はうなずいた。

 そんなの、おやすいごようだよ。


「じゃあ、便せんと羽根ペンを……」


 ヨルズさんは杖をふる。リビングの棚に置いてあった便せんや羽根ペン、インクビンは、空中を飛んでヨルズさんに向かっていく。


「……っ…………」


 その途中で、羽根ペンとインクが床に落ちた。インクのビンは落ちた拍子に栓が抜けた。黒いインクが、じくじく、じわじわ、じゅうたんに広がっていく。

 便せんがひらりと宙を舞って……それを見た僕はようやくヨルズさんの様子がおかしいことに気付いた。


「ヨルズさん!」


 ヨルズさんは両手で胸をおさえて、苦しそうにうめいていた。

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