誕生日の最高なプレゼント⑤
グリムニルさんは、僕に魔法をかける。
星降堂の制服は、グリムニルさんが着てる魔導師の服と似たものになった。白いカッターシャツと小さなマント、足元は短パン。そして頭にはベレー帽。星降堂の制服はどこかに消えちゃった。
僕はいきなりの出来事にあわてちゃって、服をパタパタたたきながら杖を探す。星降堂のスーツパンツにしまっていた杖は、短パンのポケットにしまわれてた。
そんな僕のあわてぶりを見ながら、グリムニルさんはこう言った。
「今日と明日、君は宮廷魔導師の弟子だ」
「宮廷魔導師の……」
僕は、あわてていたのをすっかり忘れてしまった。グリムニルさんの弟子として、一日だけでもお城でのお仕事体験ができるのは、とてもワクワクする。
ちらりと魔女さんの顔が頭にうかんだ。ちょっとだけ申し訳なさを感じて、頭の中で魔女さんに「いいですか?」って聞く。そしたら魔女さんは、僕を見守ってくれてたみたいで、テレパシーで『仕方ないね』と言ってくれた。
「さて、もうすぐ城に着く。準備はできているかい?」
「え? もう?」
馬車の外を見ると、お城の門が馬車に迫っていた。
僕は杖をポケットにしまい、ベレー帽をしっかりかぶる。そうするうちに、馬車はお城の門をくぐって、お城の庭でゆっくり停まった。
僕は、キンチョーをノドの奥に押し込んで、グリムニルさんを見上げる。
「だ、大丈夫です」
「よし、それじゃあ行こうか」
グリムニルさんが先におりて、僕はその後。馬車から出ると、メイドさんが二人、グリムニルさんに深くお辞儀していた。
「おかえりなさいませ」
片方のメイドさんが僕を見る。僕は思わず体をかたくした。
「グリムニル様。この子は……?」
「空だよ。私の仕事を見学したいそうだ。国家機密に関わることには立ち会わせないようにするから、二日だけ城に入れてもいいかい?」
ここで断られたらどうしようって思って、僕はメイドさんに頭を下げた。なるべく行儀よく見えるように、深く、深く。
「面白そうじゃないか」
メイドさんとは違う、年取った男の人の声が聞こえて、僕は顔をあげた。
城から出てきたのは、人間のおじさんだった。白い口ひげをたくわえて、たれた小さい目が僕を見つめている。
きっと王様だ。頭には王冠が乗っているし、背中には毛皮の飾りがいっぱいついたマントをはおっていた。
「王、よろしいのですか?」
「子供とはいえ魔法使い。強大な力を持つかもしれません」
びっくりした。そんなふうに見られていたなんて。
「あ、あの、僕ができるのなんて、生活に便利な魔法ばっかりで、僕そんなにすごくないです。失敗しちゃうし、魔女さんにちっともかなわなくて……!」
あわててワタワタしながらそう言ったら、王様は優しく目を細めた。
「あはは。可愛らしい子じゃないか。好きに見学するといいよ」
「王! またそうやってテキトーに招き入れて……!」
メイドさん達は王様へそう言いながらも、これ以上僕に対して何も言わなかった。
「王様は、人の心が読めるんだ」
グリムニルさんが、僕の肩に手を置いた。
「君がいい子だとわかったらしい。よかったね」
「あ、はい……」
僕は、王様に認められたっていう実感があんまりなくて、ポカンとしながらグリムニルさんにうなずいた。
「じゃあ、仕事に行こうか」
グリムニルさんはマントをひるがえして、お城の中に入っていく。僕はグリムニルさんを追いかける。
お城の中はとにかく広い! ろうかはひたすらに長いし、玉座のある部屋は体育館くらい広かった。
僕らは、そんな広いお城の中を突っ切って、高い塔へと向かう。高い高いらせん階段をあがって塔の頂上にやって来ると、そこには男の子が立っていた。
「王子、お待たせしました」
「先生、おそいよ! 待ちくたびれた!」
王子様は、僕より年上。多分、中学生と同じくらい。金色のサラサラした髪と青い目をしてて、まさに王子様って感じの人。
「あれ? この子は?」
王子様は僕を指さして、グリムニルさんにたずねた。グリムニルさんは僕にほほ笑みかける。
僕はキンチョーをノドの奥に追いやって、王子様にお辞儀した。
「光星空です。一日だけ、グリムニルさんのお仕事見学をさせてもらいます」
王子様はパッと笑顔を浮かべた。
「やったー! 俺、友達いなくてさ。年下の子と話せるのうれしい!」
そう言って僕の手をにぎって、上下にぶんぶんとふる。あんまりはげしいから、腕が痛くなりそう。
それから僕達は、塔にある大きな望遠鏡で星を観察した。
グリムニルさんが言うには、星を読むことで未来を予知できるらしい。エルフが住んでる森では当たり前のことらしいけど、東京に住んでた僕や、お城に住んでる王子様には新鮮な話で、夢中になって望遠鏡をのぞいた。
勉強のお供には、温かいカフェオレと、パリパリのポテトチップス。ポテトチップスは王子様のリクエストだったらしくて、グリムニルさんは人差し指を立ててこう言った。
「今日だけですよ」
「って言いつつ、よく僕に国民の食べ物を食べさせてくれるんだから、先生って甘いよね」
「国民の生活を知るのも、王子にとっては勉強でしょう」
「王に怒られても知らねー」
「王は心が読めるのですから、きっと筒抜けです」
グリムニルさんも王子様も、先生と生徒というよりは、仲のいい友達みたいに話してる。それが何だか温かくて、僕は自然と笑顔を浮かべた。