誕生日の最高なプレゼント④
外はすっかり暗くなってて、空には星と月が出てる。
町はまだにぎやかだけど、外に出てるのは大人ばかり。時々すれちがう、冒険者さんみたいな大人たちは、お酒のにおいをただよわせてた。
そんな大人たちはちょっと乱暴で、ろれつが回らない口で何かをさけんだり、ふらふらと他人に近づいてケンカしたりしてる。
僕は大人たちがちょっぴり怖くて、早足で町を歩いていく。大人たちから逃げるみたいに。
いや、ほんとに逃げてるわけじゃないよ。たださ、近付きたくないなって、何となく思っただけ。
人の間をすり抜けて町を歩き回っていると、グリムニルさんを見つけた。
グリムニルさんは、宿屋のおじさんに呼び止められて、お酒をすすめられている。グリムニルさんは笑顔で首をふってことわってた。
「この後、王子との約束がありますので」
「一杯くらい大丈夫さ。王様だって、飲酒を禁じているわけじゃないんだろう」
「ですが、今日は遠慮しておきます。
代わりにクリスプを一袋もらえますか?」
グリムニルさんはそう言って、宿屋さんに何かを頼んでた。宿屋のおじさんがしぶしぶ持ってきたのは、紙袋に入ったポテトチップスだ。おいしそう。
「また来てくれよ。今度は飲みに、な」
「はい。ぜひ」
グリムニルさんはポテトチップスを受け取ってお金を払う。そして歩き出した。
僕は、グリムニルさんの後ろを追いかける。町はさわがしいから、僕の足音はかき消されてる。グリムニルさんは一度ふり返ったけど、その後は真っ直ぐ、ゆっくり歩いた。
「すみません」
そして、タクシーを呼び止めるみたいな感じで、片手をあげて馬車をよんだ。
僕は、馬車を初めて見てびっくりした。馬はすごく大きくて、キャビンもとっても大きかった。
「ああ、魔導師様。お城までですか?」
「はい、よろしくお願いします」
グリムニルさんは、馬車の運転手さんと話してる。どうやら馬車に乗ってお城に行くらしい。さて、どうやって乗ろうか……
運転手さんが杖をふる。馬車のドアはひとりでに開いて、グリムニルさんを待っている。
「ああ、御者さん。そういえば、昨日から星降堂が来てるんですよ」
グリムニルさんは、馬車に乗らずに運転手さんと話をし始めた。――運転手さんのことは、”ぎょしゃ”って呼ぶらしい――
「へえ。異世界を渡るという、あの?」
「そうそう。一度行ってみるといいですよ。店主はクセがありますが」
これはチャンスだ。僕は、グリムニルさんが話に夢中になっているスキに、そそくさと馬車に乗り込んだ。
二人がけの長イスが、向かい合うように二つ。僕は、馬に背中を向けるようにして座る。
お世辞にも、乗り心地がいいとは言えない……イスはかたいしギシギシ言うし。日本の新幹線の方が座り心地がいいと思う。
「ああ、話が長くなってしまいました。失礼します」
僕が座ったのと同じタイミングで、グリムニルさんは馬車に乗り込んだ。グリムニルさんは僕の向かい側に座った。僕のことは見えてないだろうけど、すっかりキンチョーしてしまった僕は、心臓がバクバクして苦しかった。
馬はパカパカ足音を立てて、馬車はカタコト進んでいく。
外を見ると、夜の町はあたたかい光でいっぱいだった。
宿屋のおじさんは、宿屋さんの中に冒険者さんたちを呼び込んで。
レストランはいいにおいをさせながら、えんとつからケムリを出している。
疲れた顔した大人たちは、レンガの家に入っていって、子供たちに出迎えてもらってた。
「この世界も、いいものだろう?」
「うん、とっても」
グリムニルさんに言われて、僕はうなずきながらそう言った。
って……
声を、かけられた?
グリムニルさんを見る。視線は僕から少しだけ横にズレてるけど、まるで僕がいることを知ってるみたいに笑ってる。
僕はこわごわたずねてみた。
「見えてるんですか?」
グリムニルさんは首をふる。視線はズレたままだから、見えてはいないんだろうけど……
「見えてないよ。でも君は、尾行が上手くないようだね」
グリムニルさんは、クックッと声を出して笑う。
「あの魔女の悪知恵だろう? 全く、仕方のない子だ。君も、魔女も」
気付かれたのは、いつから? どこから?
もしかして、宿屋でポテトチップスを買ったときも、僕が着いてきてることに気づいてたのかな。
グリムニルさんは、杖を取り出してひょいとふる。僕の体を風が包んで、水晶蝶のりん粉ははがれてしまった。僕の姿は、一瞬ではっきりとしたものになる。
グリムニルさんの魔法によって、りん粉は馬車の窓から外へと飛んでいってしまった。
「さて、なぜ私をつけ回すんだい?」
グリムニルさんに聞かれて、僕はビクッとしてしまった。怒られるんじゃないかって、不安になったからだ。
でも、グリムニルさんの顔は怒ってなくて、むしろニヤニヤ笑ってた。まるで、面白い遊びを見つけたみたいに。
だから僕は安心して、グリムニルさんに言ったんだ。
「グリムニルさんの依頼を受けるから、グリムニルさんのことを知りたいと思って。どんな人かとか、お仕事はどんなことしてるのかとか……」
「……ああ、なるほど。宮廷魔導師としての私の仕事を、近くで見学したいと?」
話が早い! その通りだよ。
僕はうんうんって何回もうなずいた。そしたらグリムニルさんは、肩をすくめてこう言った。
「それはいいけど、勝手についてくるのはいただけないな。城に忍び込んで兵にバレたりなんかしたら、君は投獄されてしまう」
「とうごく?」
僕が首をかしげたら、グリムニルさんは怖い顔をして、低い声でこう言った。
「一生、刑務所暮らしってことだよ」
「ひぃっ」
僕はあんまり怖くなってぶるりとふるえた。
けど、どうやらグリムニルさんは僕をわざと怖がらせたみたいで、怖い顔をすぐにニヤリとした笑顔に変えた。
「まあ、心配しなくていいよ。見学したいのであれば、私のそばで見学するといい」