誕生日の最高なプレゼント③
とはいえ、グリムニルさんのお母さんのことを、僕は何も知らない。ていうか、グリムニルさんのこともよく知らない。
魔導書屋さんのおばちゃんから聞いた話によると、グリムニルさんは宮廷魔導師のエルフらしい。王様の家来だっていうのはわかったけど、どんな人なんだろう。
「じゃあ、一週間後にまた来るよ。よろしくね」
グリムニルさんはそう言って、星降堂から出て行った。
さて、どうしよう。引き受けちゃったのはいいけど、取っかかりがないぞ……
「やっぱり、宮廷魔導師は忙しそうだねぇ」
魔女さんはそう言って、カウンターでほお杖をつく。
そういえば、魔女さんはグリムニルさんのこと、古い知り合いって言ってた。
「グリムニルさんって、どんな人なんですか?」
僕はたずねる。
魔女さんは、お店の外をボーッと見ながら話してくれた。
「優しいヒトだよ。自分よりも他人を優先する性格さ。だから、家に帰りたくても、なかなか帰れないみたいでね。お母様に会えない代わりに、毎年ああやってプレゼントを贈っているらしい」
魔女さんの声は、ちょっとだけうらやましそうで、ちょっとだけさびしそう。魔女さんもプレゼント欲しいのかな。
「ちがうよ。お母様と仲良しなのが、ほほえましいのさ」
また頭をのぞかれた。まあ、魔女さんのクセみたいなものだから、今さら文句は言わないけど。
でも、仲良しなのになかなか会えないのはさびしそう。宮廷魔導師のお仕事、そんなに忙しいのかな。
「見学、してくるかい?」
「……見学?」
魔女さんのいきなりの言葉に、僕はポカンと口を開けた。見学って、どうやって?
「とうめいになって、ニールの後をついて行けばいい。プレゼントを作るといったって、ニールのことがわからないと作れないだろう?」
確かにそうだ。僕は魔女さんとちがって頭の中をのぞけないから、お客様が何を望んでいるかなんてわからない。だから、望みを知るためには、お客様のことを知らなきゃいけない。
「ここに、とうめいになれる魔法具がある」
魔女さんは、銀色の粉がいっぱい入ったビンを見せてくれた。
「これは、『水晶蝶のりん粉』。頭から少量かぶると、丸一日の間、姿がとうめいになれるのさ」
「とうめいに? すごい!」
魔女さんの言いたいことはすぐわかった。
りん粉をかぶってとうめいになって、グリムニルさんの仕事をそばで見てきなさいってこと。僕はワクワクした気持ちを止められなくて、前のめりになってこう言った。
「僕、グリムニルさんのお仕事、見学してきます!」
魔女さんは、ビンのコルク栓を開けて手のひらにりん粉を出す。サラサラとしたりん粉は、すきま風に乗って僕の鼻にかかる。くすぐったくてたまらなくて、僕はくしゅんとくしゃみした。
「あまり長居はしないこと。明日の夕方までには帰ってくること。あと、お城で寝たらだめだよ。いいね」
「だ、大丈夫ですよ。くしゅっ。僕、夜型に……くしゅっ、なっちゃったから……くしゅん!」
くしゃみが止まらなくて、僕はティッシュで鼻をかみながら魔女さんにそう言った。魔女さんはそんな僕にかまわず、りん粉を僕にふりかける。
銀色のりん粉はキラキラしてて、僕の体にくっつくなり消えていく。まるで僕に吸い込まれるみたいに。
僕の体はすき通ってぼやけていく。でも完全には消えなくて、色がすごくうすーくなるだけ。僕は不安になって、魔女さんに声をかけた。
「あの、本当にとうめいになるんですか?」
すると魔女さんは。
「君自身が君を見ても色がうすいだけだろうけど、私から見たら全く見えないよ」
本当に?
試しに魔女さんの目の前で、体を上下にゆらしたり腕を回したりしてテキトーなダンスをおどってみた。けど魔女さんの目は僕の頭より少し上を見ているみたいで、視線が合うことはなかった。
本当に見えてないんだ……あ、でも、さっき会話はできたから、声を出したら聞こえちゃうんだろうな。
「空、もう行ったかい?」
魔女さんがたずねる。僕は魔女さんを見上げて答える。
「まだです」
「早く行かないと、ニールを見失ってしまうよ」
そう言われて僕はあわてた。
それは困る。グリムニルさんを見失ったら、お仕事見学ができなくなっちゃう!
「行ってきます!」
僕はあわてて星降堂のドアを開ける。
とうめいならドアをすり抜けちゃうんじゃないかと一瞬思ったけど、ちゃんとドアノブはつかめたし、開けることもできた。僕はどうやら見た目がとうめいになっただけらしい。
なら、グリムニルさんに気づかれないように、うんと注意して行動しないと。