僕のヒミツを教えてあげる。⑤
でも僕には、アーサー君がただのイタズラで杖をかくしたとは思えなかった。だって、映像の中のアーサー君は、べソをかいていたんだから。何か理由がないと、あんな顔で杖をかくすなんてできないはず。
「アーサー君、何か理由があるんじゃない?」
僕は問いかけた。なるべく優しく、責めないように。
アーサー君はしばらく口をもごもごしていたけど、やがてぽつりとこう言った。
「兄ちゃんが、学校に行くのが、イヤなんだ」
アーサー君は、映像の中でもそう言っていた。僕は理由が知りたかった。
「どうして?」
「……だって……」
アーサー君の声が小さくなる。魔女さんはそれを指摘しようとしたみたいだけど、僕は魔女さんを見上げて首をふった。今はゆっくり待つべきだと思う。
「僕は、非魔法だから……魔法学校に行けないから……」
「……ノンスペル……?」
僕は首をかしげる。すると魔女さんが教えてくれた。
「この世界では、魔法が使えないヒトのことをそう呼ぶんだよ。そして、非魔法は魔法学校に行けないから、非魔法のための学校に行くことになってる。そうだね、アーサー」
アーサー君はうなずいた。
月明かりが、アーサー君の顔を照らす。アーサー君の目には、涙が浮かんでいた。
「魔法学校は寮だから、兄ちゃんと会えなくなっちゃう。それがイヤだから、杖をかくしたんだ」
アーサー君は僕らに頭を下げた。
「ごめんなさい」
いたたまれないって、こういう感情なんだなって初めて知った。
家族とはなればなれになるアーサー君が、とてもかわいそうだと思った。でも、だからといってダイアン君の入学をやめさせるのはダメだ。
僕らには、どうにもできないのかもしれない。
「アーサー、謝る相手がちがうだろう」
魔女さんが言った。
魔女さんはアーサー君に近付いて、アーサー君の顔をのぞき込むためにしゃがみこんだ。ワンピースの裾が汚れてしまうけど、全く気にしていないようだった。
アーサー君は、魔女さんの言葉にビクリとする。
「私たちではなく、お兄さんに謝るべきだ。ちがうかい?」
魔女さんは続ける。
魔女さんの言葉は正しい。僕らは、ダイアン君とアーサー君のケンカには関係ない、部外者ってやつだ。謝られたところで、許す権利は僕らにない。
だけどアーサー君は、ダイアン君に本当のことを言うのが怖いみたいだった。ブルブルふるえて、首をブンブンとふっている。
パシンと、音がした。
魔女さんは、いきなりアーサー君のほっぺたをたたいたんだ。
「ま、魔女さん!」
あんまりいきなりの出来事で、僕はあわてて魔女さんにかけよった。だけど魔女さんは僕に目もくれなくて、ただアーサー君の顔を見つめてる。
アーサー君はびっくりして、赤くなったほっぺたをおさえて魔女さんを見つめた。
「謝れる時に謝らないとダメだ。今謝らないと、お兄さんとの関係がこわれてしまうかもしれない」
魔女さんの言葉はとても強く、とても真剣だった。いつものおちゃらけた雰囲気はどっかに行ってしまっていた。
アーサー君はそれでも悩んでいた。気持ちはわかる。きっとお兄ちゃんに怒られるのが怖いんだ。
魔女さんは優しく笑って、アーサー君の背中を押す言葉を言った。
「ほんの少し勇気を出すだけでいいんだ。でないと、君は一生後悔するよ」
アーサー君はうつむく。しばらく考え込んでいたみたいだけど、小さくうなずいてこう言った。
「兄ちゃんに謝る」
「……いい子だね」
アーサー君はとたんに泣き出してしまって、ぐすぐすと言いながら袖で涙を拭いた。
その時だ。
「誰だ、アーサーをいじめたのは!」
ちょうどダイアン君が、うら庭に入ってきたところだった。星降堂からここまで、全速力で走ってきたにちがいない。ゼエゼエと大きな息をしていた。
疲れてるだろうに、ダイアン君はアーサー君をかばうために魔女さんを突き飛ばした。杖なしで風の魔法を使って、魔女さんの箒をダイアン君の手に引き寄せてしまった。
「謝れ! 謝らないと、この箒、返してあげないぞ!」
魔女さんはやれやれって感じで肩をすくめる。でも弁解をしない。魔女さんに代わって僕が説明しようとすると、魔女さんは片手をひらりとふって僕を止めた。
「ちがうんだよ、お兄ちゃん」
いきなり、アーサー君が声をあげた。ダイアン君はアーサー君を振り返って首をかしげる。
「ちがう? なんで?」
「だって、魔女さんは僕を怒りに来てくれたんだ」
アーサー君は泣きながら、ダイアン君に説明した。
「僕、お兄ちゃんと同じ学校に行けないのがさびしくて、だから、お兄ちゃんの杖をかくしちゃったんだ。杖がなくなったら、学校に行けなくなると思って」
ダイアン君は僕を見る。
僕は、白い杖をにぎっている。きっとそれはダイアン君のものだろうから、ダイアン君に差し出した。ダイアン君は杖を受け取って、「かくしてたのか」ってつぶやいた。
「僕、本当にバカなことした! 本当にごめんなさい!」
アーサー君は泣きじゃくりながら謝った。それで許してもらえるかはわからないけど、許してもらうには謝るしかないんだ。
ダイアン君はアーサー君をじぃっと見て、杖をアーサー君に向けた。
ポンッと音がした。
とたんにアーサー君の顔がけむりにつつまれた。
「な、何? 何?」
しばらくしてけむりが消えると、そこには落書きだらけのアーサー君がいた。
ほっぺたには猫のヒゲ、まぶたには目玉、おでこには異世界語で何か一言書いてある。
それがあんまり面白くて、僕は思わず吹き出した。
「ぷっ、あははははっ!」
「くふふ、あははははっ!」
魔女さんも、アーサー君の顔を見てゲラゲラ笑う。
ダイアン君もくすくす笑いながら、「とっちめてやったぜ」なんて言ってた。
「みんなしてどうしたの?」
アーサー君だけが、何が起こったかわからない。だから僕が魔法で空中に水鏡を出してあげると、アーサー君は「ぎゃー!」ってさけんで、袖で顔をごしごし拭いた。
そうして二人は仲直り。ダイアン君は、アーサー君のことをあまり怒らなかったんだ。




