僕のヒミツを教えてあげる。②
新しい世界に来て数日が経つ。
僕は、箒で売り場を履きそうじしながら、お客様が来るのを待っていた。でも、お客様は全く来なくて、僕はため息をつく。
時々、僕より年上のお姉さん達がお店にやって来ることがあるけど、買わずに見るだけで帰っていくことが多い。僕はそれがつまんなくて、ぶすっとした顔をしていた。
魔女さんに聞いたら、ここは魔法使いがどこにでもいる世界らしい。魔法使いとして魔力が開花したら、魔法学校に行くことができるんだって。
でも、魔力があるかどうかっていうのは、生まれ持った性質ってやつらしいから、全員が魔法使いになれるわけじゃないらしい。
「この世界は、魔法が親しすぎる世界だから。魔力がない人間っていうのはむしろめずらしいくらいなんだよ」
って、魔女さんが言ってた。
僕はその話を思い出しながら、正面の使い魔ショップをぼんやりと見る。
ガラスの向こうにいる使い魔たちは、見たことない生き物ばかりだ。
角が生えたウサギのジャッカロープ。
宝石がおでこについたキツネのカーバンクル。
足が三本あるカラスはヤタガラスって名前だったっけ。
他にも色々。
「使い魔はダメだよ」
魔女さんに言われて、僕は飛び上がるくらいにびっくりした。
「空はいつか帰るかもしれないんだから。使い魔は連れて帰れないだろう」
「ちがいます。かわいいなって思っただけで……別にほしいってわけじゃ……」
正直言うと、ほしい。けど、僕の世界には連れて行けないからガマンする。
いつ帰るかはわからないけど。帰るかどうかもわからないけど。
そんなおしゃべりをしていると、お客様がやってきた。
「あ、いらっしゃいませ!」
やって来たのは、二人の金髪の男の子とそのお母さん。見た目はふつうの人間みたいに見えるけど、もしかしたら魔法使いなのかも。金髪のお母さんは、長くて大きな杖を持っていた。
「こちらでも、杖は取り扱っているかしら?」
魔法使いのお母さんは、クルクルした金髪をかきあげながらたずねる。僕はうなずいて答えた。
「はい、あります。専門店より数は少ないですが」
この町には杖専門店もあるから、杖が欲しい人は星降堂じゃなくて専門店に行く。魔法使いのお母さんは、なんで星降堂に来たんだろう。
「やあ、いらっしゃい。杖をお求めなら、宵闇通りの『まじない堂』の方が、良いものを置いてると思うよ」
すかさず魔女さんが魔法使いの親子に近付いて言う。でも、魔法使いのお母さんは首を振った。
「あそこにはもう行けません。ああ、はずかしい。アーサーがダイアンの杖をなくしちゃったから、こういうことになるんですからね」
魔法使いのお母さんは、小さい男の子をしかりつけた。しかられた男の子はくちびるをとがらせて、ふいと顔をそらせてしまう。
大きい男の子は多分お兄ちゃんだろう。お兄ちゃんは弟をじぃっとにらみつける。けど、それ以上は何もなかった。
「ああ。まじない堂で買った杖をなくしたのかい。それは確かに、はずかしくて行けないねぇ」
魔女さんはうっすらニヤニヤ笑いを浮かべて、アーサーって呼ばれてた男の子を見た。アーサー君は相変わらずのすねた顔。
ダイアンって呼ばれたお兄ちゃんの方は、お母さんを見上げてこう言った。
「やっぱり俺、杖を探すよ。あの杖じゃないとやだ」
それに対して、アーサー君は大声でこう言った。
「兄ちゃんの杖なんか、どっか行っちゃったもん。だから兄ちゃんなんか、学校に行けなくなっちゃえ!」
場が凍りつくって、こういうことを言うんだと思う。
お店にいた誰もが黙りこくって、空気がピリッとした。ダイアン君はアーサー君をにらみつけて、アーサー君はお母さんの後ろにかくれてる。
魔法使いのお母さんも口をつぐんでしまったし、魔女さんだって何も言おうとしない。だけど、アーサー君をじっと見つめている。
僕は、この空気をどうにかしたくてせき払いした。みんなの目がいっせいに僕へと向いた。
僕は、考えながらゆっくりと話す。
「新しい杖の在庫はあります。だけど先に、なくした杖を探した方がいいと思います。
魔法使いにとって、自分専用の杖って、自分の手みたいなものじゃないですか。だから、絶対元の杖の方がいいと思います」
そう。
魔法使いになってわかったことは、杖って本当に大切なものなんだっていうこと。だから、他人の杖を勝手に持ち出してなくしたアーサー君は許せないと思うし、ダイアン君が自分の杖がいいと言ってる気持ちもわかるんだ。
魔法使いのお母さんは、「それもそうね」ってつぶやいて、アーサー君を見下ろした。
「アーサー、ちゃんと探しなさい。ダイアンは、来週には魔法学校の寮に行かなきゃいけないんだからね」
魔法使いのお母さんは、アーサー君の手を引いて星降堂を出て行った。それを追いかけようと、ダイアン君も後ろを向く。
「ああ、君」
魔女さんがダイアン君を呼び止める。ダイアン君は魔女さんを振り返って首をかしげた。
「お話したいことがあるんだ。ちょっと時間をもらえるかい? お母さんには伝達の術で言っておくから」
魔女さんは指をふって、魔女さん自身のこめかみを指さした。魔女さんの周りで光が弾ける。多分、テレパシーを送っているんだ。
ダイアン君は魔女さんを疑いの目で見てたけど、ちらりと僕を見るとこう言った。
「わかった。変な魔女や魔法使いじゃなさそうだし」
魔女さんはニコリと笑って、見えないブラウニーを振り返った。




