オバケなんか怖くない!⑦
「空を星降堂にしばりつけているのは私だ。本当なら、私は責められるべきだ」
なぜか魔女さんは責任ってやつを感じていて……それはきっと竜の杖のせいなんだろうけど……元はと言えば僕がデタラメに魔法を使おうとしたのが原因だから、魔女さんは責任を感じる必要はないのに。
「……僕、お父さんのことも好きなんだ」
僕はつぶやく。魔女さんに聞かせようと思ったわけじゃないけど……だからこれは、ただのひとりごと。
「お父さんは、怒るとすっごく怖いけど、いつもは優しくて面白くて。思えば、お母さんが死んだ後も、お父さんは僕をいつもはげましてくれてて……最近は残業ばっかりでさびしいけど、僕のためにお金をかせいでくれてるってことも……僕、知ってる……」
そんなお父さんだから、きっと僕のこと心配してる。こんなに長い間帰らなかったことなんて初めてだから、”そうさくねがい”ってやつも出されてるかも。
お父さんに会いたい。お父さんは生きてるのに、今すぐ会えないなんて、どうしようもなくさびしい。
「育ての親とはなれるというのは、身を引きさかれる思いだろう?」
魔女さんが言った。
魔女さんを見上げると、さびしそうな顔をしてた。さびしいのは僕なのに、まるで魔女さん自身のことのように思ってるみたい。
「お父さんだって、きっと同じ気持ちだ」
めずらしく優しい魔女さんの言葉に、僕は目がうるうるしちゃって、何度も何度も袖でふいた。何回ふいても涙は止まりそうにないけど。
「空は、帰りたいんだろう?」
魔女さんは言う。
帰るということは、世界のカギを作るということ。でもそうすると、生き返りの魔法の研究ができない。それはつまり、お母さんをあきらめるということ。
僕は、お母さんをあきらめたくない。でも、お父さんが待ってる家に帰りたい気持ちもある。
どうしようかと考えていると、魔女さんは僕にマグカップを差し出した。ハチミツが入った、ちょっと黄色いホットミルク。それを受け取ると、手のひらにじんわり温かさが伝わってきた。ちょっとだけ寒い朝には、ちょうどいい温かさ。
「どんな理由があろうと、心配してくれてる相手を裏切ってはいけない。心配は、愛しているが故に抱く感情だ。それを粗末に扱ってはいけないんだよ」
魔女さんはむずかしいことを言う。でも、言いたいことはわかる気がする。
お父さんは僕を愛してくれている。だから、心配させないようにしなさいっていうこと。
「……ちょっとちがうね」
「ちがう、ですか?」
僕は首をかしげた。
魔女さんは言う。
「心配されていることを、ありがたく思いなさい。そして感謝を伝えなさい。
空ができる感謝の伝え方は何か。考えてみるといい」
僕は気付いた。魔女さんは、僕がお母さんやお父さんを思い出して泣いてる時、決まっていつも優しいってこと。それは魔女さんなりの、ちょっと気むずかしくて遠回しな優しさだけど、僕にはちゃんと伝わってる。
まるで、そう、魔女さん自身が昔何かを経験してて、それを僕に伝えようとしてるみたいな……”さとす”ってやつかな。そんな優しい言い方をするんだ。
僕は、魔女さんにたずねる。
「魔女さん、昔、何かあったんですか?」
魔女さんはほほえむ。それはさびしさを無理してかくすみたいな、ちょっとだけぎこちない顔だった。
「大切な人を……裏切ってしまってね」
魔女さんはマグカップを持ってコーヒーを飲む。大人が飲むような、黒い苦いコーヒーだ。
何で大人って、苦いのが好きなんだろう。それ以上の苦さを、知っているから……?
「さあ、食べよう」
魔女さんは、さっきのさびしそうな顔がウソみたいに、ニッコリ笑って僕にサンドイッチをすすめた。
僕は、トマトとハムのサンドイッチをほおばる。トマトもハムもいつも通りの味だけど、何でだろう、おいしいって感じなかった。
✧*
『オバケなんか怖くない!』




