私が本当にやりたいこと⑥
メロウちゃんが連れて行ってくれたのは、メロウちゃんのヒミツのアトリエ。
ヒミツの場所だから、どこにあるかはナイショ。メロウちゃんの家ではないことは確か、とだけ言っておこうかな。
メロウちゃんは、水彩画っていう絵を描いているんだって。
メロウちゃんのおじいちゃんがキャンパスを買ってくれて、絵の具はメロウちゃんがおこづかいで買って集めてるらしい。
「絵を描くこと自体は止められてるわけじゃないの」
メロウちゃんはそう言いながら、描きかけのキャンパスに色を足していく。メロウちゃんの描き方は独特で、筆じゃなくてメロウちゃん自身の翼で、絵の具をぬり広げていく。その絵はまだ未完成で、どんなものになるのかわからない。一面青い絵の具を乗せてるから、青空かな。
メロウちゃんはしばらく青い絵の具をぬり重ねてたけど、すぐに翼をおろして肩をガックリとさせちゃった。
「でもね、趣味にしなさいって、お父さんは言うの」
「趣味じゃないんだね」
僕は、メロウちゃんをきずつけないように注意しながらそう言った。メロウちゃんはうなずく。
「私、将来は画家になりたいの。
むずかしいってことは知ってる。絵なんてあまり売れないっていうこともわかる。だけど私、挑戦したいの」
ここで僕は、アトリエにずらっと並べられたメロウちゃんの絵を見た。
すごい絵ばかりだ。どの絵もファンタジーって感じ。だけど、そこに書かれてる動物も人も、まるで目の前にいるみたいにリアルで、昔からの友達みたいな親しみやすさがあった。
僕が特に気に入ったのは、森の中にウサギがいる絵。森の緑がキレイだし、ウサギは僕の学校にいた白ウサギそっくり。すごくかわいい。
「メロウちゃん、絵がとても上手いんだね。画家を目指すのもわかる気がする」
僕が言うと、メロウちゃんはニッコリと笑った。だけど、すぐに表情を暗くする。
「でも私、まだ何も賞をもらってないの。大人はみんな、子供らしい絵を期待するから。私のは背伸びしすぎてるんだって」
背伸びだって? そんなことない。
「メロウちゃんは、メロウちゃんの世界を描いてるんでしょ? ただの背伸びじゃ、こんなすごい絵描けないよ」
「でも、賞が取れないってことは、そういうことなの」
求められてないものを出しても、賞が取れない。メロウちゃんはそう言いたいんだろう。
絵の世界って、むずかしいんだなぁ。
「でね。空くんにお願いがあるの」
メロウちゃんは僕に顔を近付けた。僕は肩をびくっとさせる。
「空くんの魔法で、私に描くべき絵を教えてほしいの」
僕は首をかしげた。
描くべき絵って、なんだ?
「来月にね、大きなコンテストがあるの。私、そこに絵を出す予定なんだ。賞が取れたら、お父さん、私の絵を認めてくれるかもしれないから、ね」
何を描いたら賞が取れるか、僕の魔法で予想しろってこと?
「そんなのダメだ」
僕はきっぱりとそう言った。メロウちゃんは首をかしげている。
そんな魔法は教えられてないし、そもそもできたとしても、僕はそんなことしたくない。だってそれで賞を取ったとしても、メロウちゃんの実力にならないじゃないか。
「メロウちゃん。僕が賞を取れる絵を教えたとして、それはメロウちゃんの絵じゃないよ」
メロウちゃんの顔から笑顔がなくなる。それでも、僕はメロウちゃんに教えてあげなくちゃ。
「メロウちゃんの力で描かないと、メロウちゃんの絵にならない」
「なにそれ」
メロウちゃんは怒った顔をした。女の子が怒ると、ちょっと怖い。それでも僕は考えを曲げようなんて思わなかった。
「魔法って楽してなんでもできる力のことでしょ。ちょっと予想をしてくれたらいいだけじゃない」
はぁ?
「楽して、なんでも、だって?」
なにそれ、はら立つ!
「楽なわけないじゃないか! 汚れ一つ落とすのも、想像力を働かせなきゃならない。洗濯機を回した方がよっぽど楽だよ」
「意味わからない。じゃあ、何で空君は魔法使いやってるの」
「僕は……!」
僕が魔法使いの弟子をする理由。それは……
……
……答えるのがむずかしくて黙っちゃった。
いや、むずかしいというか、気まずくなりそうだから、言いにくいというか……
だって、お母さんを生き返らせたいってことは、魔女さんにも話したことないし……
メロウちゃんは僕をじぃっと見ている。僕は、思い切ってメロウちゃんに話すことにした。
「僕、お母さんを生き返らせたいんだ」
僕がポツリと話した言葉を、メロウちゃんは黙って聞いている。
「お母さんが病気で死んじゃって。お母さんが死ぬ時に、僕、間に合わなかったんだ……だから、もう一度お母さんに会いたい」
メロウちゃんはうつむいた。
暗い話になっちゃったな。僕はあやまろうとして口を開く。けど、先にメロウちゃんがこう言った。
「私もね、お母さん死んじゃったの」
びっくりだった。メロウちゃんのお母さんは、歌手をやってるんじゃなかったっけ。
いや、メロウちゃんのお父さんが言うには、「お母さんは歌手だ」っていうことだけで、今も歌手をやっているかどうかまでは言ってなかったな。
「お母さんね、脳にデキモノができる病気で、二年前に死んじゃったの」
メロウちゃんは言った。
「自慢のお母さんだったの。歌もとっても上手で、私にもお父さんにも優しくて、病気で頭が痛くても弱音なんてなかったんだよ」
お母さんのことを話すメロウちゃんは、すごく生き生きしてた。歌手だったお母さんのこと、大好きだったんだね。
「お母さんはね、私の絵をすごくほめてくれた。だから私、私の絵が大好きなの」
メロウちゃんは、未完成の青い絵を翼でなぞる。羽の先っぽが白い絵の具を伸ばして、青の中にもようを作る。
メロウちゃんは、翼の先についた白い絵の具を見つめて、小さく笑っていた。
「あなたの好きなことで一番になりなさい。お母さんはいつだってそうしてきて、だからこそ二人に出会えて幸せだった」
メロウちゃんの言葉に、僕は首をかしげる。
だけど、すぐにわかった。
「お母さんからの、応援の言葉だね」
メロウちゃんはうなずく。
「だから私は、私が大好きな絵で賞を取りたいの」
メロウちゃんの意志も覚悟も、痛いくらいにわかった。だけど、それならなおさら、魔法にたよったらダメじゃない?
「それならやっぱり、メロウちゃんの絵で勝負しないとダメだよ」
僕は、メロウちゃんの手を両手でにぎる。絵の具で手が汚れるけど、気にはならなかった。
「メロウちゃんの意志がこもった絵じゃないと、賞を取っても後悔するよ」
メロウちゃんは、眉間にシワを作った。
悩んでるんだろうと思う。でも、誰かに指示されて描いたものじゃ、メロウちゃんの意志はこもらないから。だから、僕はどうにかしてメロウちゃんの意志を引き出したかった。
少しして、メロウちゃんはうなずいた。
「わかった。私は、私の描きたいもので勝負する。空君も手伝ってくれる?」
僕はしっかりうなずいた。
魔法以外で手伝えることなら、僕は何でもするつもりだよ。