私が本当にやりたいこと⑤
一週間経って、星降堂に鳥獣人のお客様が二人やってきた。
一人は、この前も来た男の人。鳥獣人の男の人は、僕を見てひらひら片手をふった。僕は「いらっしゃいませ!」とあいさつして、二人をお店の中にまねき入れる。
僕は、男の人の隣にいる、もう一人の鳥獣人を見た。
その子は女の子で、多分僕と同じくらい。髪は長くて、男の人と同じ黄色をしていた。アンテナみたいな羽が、頭にピンと立っている。
多分、二人は親子。この前に、男の人――つまりお父さん、かな――が言ってた娘って、この女の子のことなんだろうな。
「やあ、いらっしゃい。注文の品、できてるよ」
魔女さんはお父さんの方に近づいてそう言うと、僕に目配せした。
僕はカウンターに早足で戻って、棚からオルゴールを取り出した。これが、お父さんからたのまれてた品物。歌が上手になる道具。名前は、「セイレーンのオルゴール」。それを魔女さんに両手で渡した。
劇場みたいな台座に、翼が生えた女の子の人形が立っている。ゼンマイを回すと、中に入っているオルゴールが演奏する。それに合わせて歌の練習をすれば、あっという間に歌が上手になるらしい。
魔女さんの手作りだ。
「そ、それがですね……」
僕が魔女さんの隣に並ぶと、お父さんは表情を暗くした。
僕は女の子を見る。お父さんの隣で、女の子はすごく怒ってた。ツンとした顔でそっぽを向いて。近寄りがたい空気ってやつを、女の子は作っていた。
「やっぱり、歌が上手くなればというのは、お父さん、君がそう望んだだけだね? 娘さんは、そんなこと頼んでいないわけだ」
魔女さんは肩をすくめて、お父さんに対してそう言った。
……え? ていうことは、僕や魔女さんががんばってオルゴールを作ったのは、全部意味のないことだってこと?
それに、魔女さんは最初からそれを知ってたみたいな口ぶりだ。
「でも、この子の母は有名な歌手です。娘にも、きっと素質はあるはずで……」
「それは、君がそう思いたいだけさ」
だんだんイヤな雰囲気になっていく。
お父さんは、女の子を歌手にしたくて星降堂に来たけど、女の子はそれがイヤで怒ってるってことらしい。
「私は、絵が描ければそれでいいの」
いきなり女の子がそう言った。お父さんも魔女さんも、びっくりして女の子を見下ろしてる。
女の子はお父さんをにらんで、大声でどなった。
「いっつもそうよ! お母さんがいなくなって、お父さんは私に歌を強制してくる。私は、絵が描きたいだけなのに!」
女の子は振り返って、走って星降堂を飛び出した。
僕はどうしようかと迷ったけれど、大人二人がびっくりして固まってるものだから、仕方ないと思って女の子を追いかけた。
星降堂を出ると、外はすっかり夜だった。
辺りは暗くなってて、でもお店やビルの明かりのおかげで、真っ暗っていうほどじゃなかった。女の子は肩を怒らせながら、国道沿いの歩道をノスノス歩いてる。すっごく怒ってる。
僕は少しだけ怖かった。けど、女の子が怒っている相手は、鳥獣人のお父さんだ。僕じゃない。
僕は女の子に向かって走っていく。勇気を出して声をかけた。
「ねえ、ちょっと待って!」
女の子は僕を振り返る。でも、待つことなく早足で進んでいく。
僕は女の子の肩をポンとさわった。
「オルゴールのことはごめん。依頼があったから作ったんだけど、君にとってイヤなことだったんなら謝るよ」
女の子はようやく立ち止まった。
僕を振り返って、アンテナみたいに立った頭の羽を片手でおさえつける。女の子はほっぺたをふくらませて、星降堂の方向を見た。
僕もふり返る。
星降堂からは、鳥獣人のお父さんが顔をのぞかせている。女の子を心配してるんだろう。
僕は杖をふって、空中に文字を書いた。「ちょっとお話してきます。心配しないで」って。お父さんと魔女さんだけに見えるやつだ。
魔女さんはそれを見て、お父さんに耳打ちした。内容は僕にはわからないけど、お父さんは安心したみたい。星降堂の中に戻っていく。
それを見てた女の子は、僕にこう言った。
「本当に、魔法使いなんだ……」
僕はうなずいた。
「見習いだけどね」
女の子は、僕をまじまじと見る。そうして少ししてから、僕にこう言った。
「魔法使いなら、私の相談に乗ってくれる?」
相談?
「って……名前がまだだったね。
私はメロウ。岡村メロウ」
メロウちゃん、か。めずらしいけど、かわいい名前。
「僕は光星空」
「……よろしく」
メロウちゃんは、はにかんでコクリと頭をさげた。




