おしゃまな妖精の小さな願い⑥
帰り道、僕はマーヤさんが心配で仕方なかった。
みんなからからかわれるマーヤさんは、なんだか僕に似てて、放っておけない気分になったんだ。
行きは怖かった森の中だけど、考え事でいっぱいだった僕は帰り道を怖いと思うことがなかった。歩いていたら、いつの間にか星降堂に着いてたって感じで、どんな道を通ったのかよく覚えてない。
「おかえり」
星降堂の店先で、魔女さんが僕の帰りを待ってた。僕は「ただいま、です」って言って、魔女さんに黄色い粉を渡す。
「そうそう。これがドライアドの花粉だよ」
「ドライアドって?」
「木にやどる妖精さ。マーヤたちのような、木をすみかにしている妖精と仲がいいんだ」
へぇ。そんな妖精がいるのかぁ。
「ところで、空」
魔女さんは、僕に近付いて見下ろしてきた。魔女さんの赤い目は、僕の頭の中まで見すかすようで、ちょっと落ち着かない。
そしたら急に、魔女さんは僕のほっぺたをつまんだ。
「ま、魔女さん、いたい、いたいです」
そんなに力は入ってなかったけど、引っ張られると痛い。魔女さんはつまらなさそうなジトーっとした目で僕をにらんだ。
「心気臭い顔をしてるからだよ。おおかた、マーヤのことだろう」
僕は口をきゅっと閉じてうなずいた。
魔女さんはようやく手をはなしてくれた。ヒリヒリするほっぺたをさすりながら、僕は足元を見る。
僕は店員で、マーヤさんはお客さんだから、商品のやりとり以上の関係はダメなんだろうなって、その時は思ってた。でも魔女さんは、びっくりするような提案をしてきたんだ。
「マーヤの力になりたいかい?」
僕は顔を上げる。
魔女さんはイタズラっぽく笑ってた。
「ここからが、星降堂の本当の仕事だよ」
魔女さんが手まねきする。僕は魔女さんの後ろを追いかける。
行った先は星降堂の二階。食堂じゃなくて、僕の部屋じゃなくて、一番奥にある部屋のドアを開ける。
そこには、大きな鏡だけポツンと置かれてた。
他には何にもない。
その鏡は、魔女さんの全身を映せるくらいに大きくて、縁は金色に光ってた。縁に何か文字みたいなのが書かれてたけど、なんて書いてあるか全然読めない。英語でも日本語でもないから、多分異世界語なんだと思う。
「魔女さん、これなんですか?」
僕はたずねる。魔女さんはこう答えた。
「これは、『夢渡りの扉』だよ」
「ゆめわたり?」
「他人の夢の中に入り、夢の主に話しかけたり、夢の中にあるものを取り出したりするのに使うんだ」
へえ。そんな魔法具もあるんだ。
「星降堂はね、魔法具を売るだけじゃない。魔法具を通して、みんなの心を解きほぐすお手伝いをしてあげるんだよ」
「心を、ときほぐす?」
僕は魔女さんの言葉の意味がわからなくて、首をかしげて問いかけた。
魔女さんはうなずいて説明する。
「空は、マーヤを何とかしてあげたいんだろう? だけど、マーヤの問題は、マーヤ自身でしか解決できない。
空は、マーヤの夢に入り込んで、マーヤに語りかけてあげればいい。その後どうするかは、マーヤ次第だけどね」
なるほど。もう一度マーヤさんと話し合って、マーヤさんがいじめられる原因を取りのぞけばいいんだ。
でも、あれ? 夢の中って、カンタンに入っていけるものなの?
「夢もね、世界の一つなのさ」
魔女さんは、僕の心をのぞいて言った。
「深層世界というやつだよ。ヒトならだれでも、頭の中に小さな世界を抱えてる。空も、色々空想をするだろう? それができるのは、深層世界のおかげなんだ」
深層世界、かぁ。なんだかむずかしくて、よくわかんないや……でもつまり、今から僕は、マーヤさんの深層世界に渡って、マーヤさんとお話をしてくればいいんだね。
「ただし、タイムリミットがある」
「タイムリミット?」
「そう。夢の中の世界で一時間だ。それ以内に夢渡りの扉へ帰ってこないと、マーヤの夢から帰って来れなくなってしまうよ」
僕はぶるりと震えた。
必ず、時間は守らないといけないということだ。
「……うん。時間もちょうどいいね」
魔女さんは懐中時計を見ながらうなずく。僕も一緒になって懐中時計をのぞいた。時間は夜の二時を少し過ぎたところ。マーヤさんは多分ぐっすりねてるはず。
「さあ、行っておいで」
魔女さんに背中を押された。
次の瞬間、夢渡りの扉、その鏡の部分が、銀色に光りながら渦をまいた。僕はびっくりして後ずさる。
「大丈夫だよ。思い切って飛び込んでごらん」
僕はうなずく。ゴクリとノドを鳴らして、僕は銀色の渦に飛び込んだ。
飛び込んだ瞬間、シャラランと金属みたいな音がきこえた。渦はそれほど激しくなくて、僕はカンタンにそこを通り抜ける。
渦を抜けた先は、妖精の村の中だった。
空はピンクと灰色のモヤモヤでおおわれてて、今が何時なのかはわからない。木のマンションから光がもれてたから、多分夜なんだろう。
キャンプ場みたいだと思った広場の真ん中。そこでマーヤさんは、妖精たちをじっと見てた。
妖精たちは空中を飛びながら鬼ごっこをしてた。楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
飛べないマーヤさんは、それをうらやましそうに見ているだけ。
僕はマーヤさんの隣に向かった。
そこで気付いたんだけど、僕、マーヤさんと同じくらいの大きさになってたんだ。
「マーヤさん、こんばんは」
僕はマーヤさんに声をかける。マーヤさんはびっくりして、クリクリした目をまん丸にしていた。
「あら、ソラじゃない」
「さっきぶり」
僕はそう言って、妖精たちの鬼ごっこを見上げる。
妖精なのに飛べないマーヤさんは、仲間はずれみたいでさびしいだろうな。
「仲間に入れてって、言ってみたらいいのに」
僕が言うと、マーヤさんは鼻で笑った。
「今まで何度も言ってみたわ。でもダメなの。飛べないから一緒の遊びできないし、つまんないて」
イジワルな言い方。僕はその話に腹が立った。
でも、よく考えると、確かにその言葉通りだ。
バスケットボールは、ドリブルができないと試合ができない。
野球は、バットをふれないと試合ができない。
それと、なんら変わらないように思える。
「マーヤさんは、全く飛べないの?」
思い切ってきいてみた。マーヤさんは、それに対して首をふった。
「ハネは小さいけど、人一倍がんばって練習すれば飛べる”かも”って、昔言われたわ。だから小さいころは練習したけど、無理だからあきらめちゃった」




