おしゃまな妖精の小さな願い⑤
しばらく歩いていると、開けた場所に出てきた。
丸い広場みたいな空間。夜空は葉っぱにかくされてなくて、丸い月とたくさんの星が見えて、すっごくキレイ。
広場には小さな長机とイスがいくつか並べられてて、まるで妖精用のキャンプ場だ。
「あそこの一階が私の家よ」
マーヤさんが指さす先を、僕は見る。
キャンプ場の奥に、すっごく大きな木が生えてた。僕が両手を広げたよりも、木の幹の方がずーっと太い。多分、どんぐりの木だ。クヌギとか、コナラとかいうやつ。
木にはいくつも穴が空いてて、穴の中からふんわりと光がもれてる。そのうち二つの穴から、男の子の妖精と女の子の妖精が顔を出した。
「なまけ者マーヤが帰ってきたぞ」
「大きい人の肩の上だなんて、まるで魔法使いの使い魔だわ」
くすくす。くすくす。木の中から数人の笑い声が聞こえてくる。
「うるさいわよ! ちょっとハネが大きいからってえらそうに!」
マーヤさんはプンスカって感じで怒ってる。でもマーヤさん、なんだかムリをしてるみたいに見えた。ほんとは悲しいけど、ムリして怒ってる、みたいな。
「ソラ、おろしてちょうだいな」
僕はマーヤさんから言われるまま、しゃがんでマーヤさんを肩からおろした。ハネを広げてバランスを取りながら、腕を伝っていくマーヤさん。そのまま地面に降りると、木の一階に向かった。
僕は包装紙を破って、中から望みの水鏡を取り出した。
「この部屋に置いてちょうだい」
マーヤさんは木の穴を指さす。中をのぞいたら、ドールハウスみたいなかわいい部屋があった。
テーブルがあって、イスがあって、ベッドがある。飲み物を入れておくやつ――ピッチャーっていう名前だったと思う――の中には、赤い色のジュースが入ってた。
僕は、その部屋の隅に望みの水鏡を置く。入るかどうか心配だったけど、すんなり入った。見かけよりも部屋は広いみたいだ。
マーヤさんは、青いバラを持ってきて、望みの水鏡のそばにイスを引っ張ってきた。
「飛ばないの?」
なんの気なしに、僕はきいた。マーヤさんは「まあね」って言いながら、イスの上に立ってバラを持ち上げた。
「飛ばないんじゃなくて、飛べないんだよ」
男の子の妖精が、僕の耳元でそう言った。僕はびっくりしてマーヤさんを見る。マーヤさんは青い顔をしてた。
マーヤさんは他の妖精よりハネが小さい。そして、星降堂に来た時から、僕の肩に座りっぱなしだった。
マーヤさんは飛べないから、僕の肩に座ってたんだ。
「飛べないくせに、飛ぶ練習しないんだもん。なおさら飛べるわけないよ」
男の子の妖精はそう言って、見せつけるように僕の周りをクルクル飛んだ。そうして僕の頭の上まで飛んでいって、木の穴の六階部分に入っていった。
「みんなして、いつも私をからかうの。ほんっと腹が立つわ」
マーヤさんはそう言って、望みの水鏡にバラをさした。
「さあ、水を入れてちょうだいな」
僕は空を見る。
まだ暗い。朝つゆと朝ぎりを入れるには、時間が早すぎる。
「マーヤさん、ごめんなさい。まだ朝じゃないから、朝つゆ入れられないんだ」
するとマーヤさんは、ぷくっとほっぺたをふくらませて怒り出した。
「私は飛べないのよ。朝つゆの回収だって大変だし、回収できたとしても、入れるのだって大変だわ。
何でもいいから水を入れてちょうだいな」
「え、でも……」
ちゃんとした使い方じゃないと、魔法具の効果は出ないんじゃないの? 僕はそう思ったけど、マーヤさんに怒られてタジタジになっちゃって、なんにも言えなくなった。
『空、マーヤの希望通りにしてあげるといい』
魔女さんからテレパシーが飛んできた。
でも、それだと魔法が……
『マーヤは、魔法の効果を重要視していない。だから、とりあえず納得してもらえるように、ポケットの中にある水を入れてあげなさい』
ポケットだって?
僕はズボンのポケットをさぐる。するとびっくり。そこには入りそうもないのに、水の入ったガラスビンがポケットの中から出てきた。魔女さんが魔法で送ってくれたんだろうか。
「じゃあ、入れるね」
僕は、望みの水鏡の中に水を入れた。変なものは混ざってない、ただの水。マーヤさんは、注がれる水を見て満足したみたいだった。
『しかし、青いバラとは……マーヤの気持ちを表してるみたいだねぇ』
魔女さんは言う。マーヤさんの気持ちって、どういうこと?
『花言葉って、知ってるかい? 人間が花に込めた言葉のこと。
青バラの花言葉はね、「不可能」なんだよ』
不可能……
マーヤさんは飛ぶことができない。妖精の中で誰よりもハネが小さいから。
飛ぶことは不可能だって、だからからかわれるんだって、あきらめてる……?
「ここまでありがとう。
えっと、ドライアドの花粉だったわね。これでいいかしら?」
マーヤさんは、僕にカゴを差し出した。僕の親指と同じくらいの大きさの、木の皮でできたカゴ。その中には山盛りの黄色い粉が入ってた。
「これでいいと思うよ。ありがとう」
僕はマーヤさんにお礼を言う。
「ありがとう。じゃあね、星降堂の店員さん」
マーヤさんは僕に手をふる。
僕はマーヤさんに手をふり返しながら、妖精たちの村を出て行った。




