魔法のお店がやってきた!①
「魔法使いなんだろ? 飛んでみろよ!」
ジャングルジムの下から、声が聞こえる。僕はジャングルジムのてっぺんから、声のする方を見下ろした。
ちょっぴり太っちょの高谷君、ずんぐりちびっ子の小山君、背高のっぽの河田君。僕にいつもちょっかい出してくる三人だ。
僕はあの三人に追いやられて、ジャングルジムのてっぺんまで逃げてきた。とはいえ、多分あの三人はこれを狙ってたんだと思う。
僕は、お母さんゆずりの青い目をしてる。そして、いつも魔法の本を読んで、隠れて魔法の練習をしてる。それが変だって、気持ち悪いって言って、いつも僕をからかうんだ。
今も、「魔法使いなら飛んでみろよ」って言われてる。腹が立つし、すごく嫌だけど、僕はなにも言い返せない。
僕は、魔法使いじゃないし、空は飛べない。
「とーべ!」
「とーべ!」
「とーべ!」
三人が、バカみたいに手を叩いて、僕をバカにする。
くやしいけど、言い返す勇気がない僕は、態度で示すしかない。黙って竹箒にまたがって、ジャングルジムをつかんでいた手をはなした。
ジャングルジムのてっぺんに立つ。ぐらぐらするのが怖くて、少しだけ涙が出た。
僕は、今から飛ぶんだ。
「マジかよ!」
高谷君はぎょっとした顔。小山君も河田君も、ほっぺたをヒクつかせて苦笑いしてる。
見てろ!
「うおおおお!」
僕は怖さを吹き飛ばすために、大声でさけんだ。
ジャングルジムをけって、空に飛び出す。一瞬風にあおられて、僕は少しだけ希望を持った。
けど、飛べるはずもなく。僕は正面から地面に激突。目の前に火花が飛び散った。
「まじでやりやがった!」
高谷君がそう言って、小山君と河田君はゲラゲラ笑ってる。
僕はヒリヒリ痛いひざを抱えて、顔をうつむかせていた。
三人が笑う理由なんて、わかりきってる。僕は魔法使いじゃないし、日本には魔法使いなんていないんだ。知ってるよ、そのくらい。
「何をしてるの!」
聞きなれた女の人の声がした。高谷君たちは「げぇっ!」って顔をして、散り散りになって逃げていく。
僕は、泣いていることがバレるのがイヤで、ずっとうつむいていた。グラウンドの砂に、ぽたぽた涙が落ちる。
くやしくて、くやしくて、たまらない。
「あの子達は、もう……ほんと仕方ないな。光星君、立てる?」
女の人を見上げると、やっぱりよく知った人だった。僕ら、五年一組の担任。細井先生だった。
「大丈夫? 泣いてるの?」
細井先生は、僕に手を差し出して言う。僕は確かに泣いていたけど、首をふって先生の手をつかんだ。
ムリヤリ引っ張られて立たされる。僕は、ジャングルジムから落ちたっていうのに、運よく軽いケガで済んだみたい。手のひらとひざがすりむけて、ヒリヒリ痛い。あと、ほっぺたも痛いから、ほっぺたもすりむいているのかも。
「保健室で消毒してもらおっか」
細井先生は、僕を引っ張って小学校の中に連れて入った。
下足場でくつを脱ぎながらグラウンドを見ると、あの三人組が僕を見て指さしてる。僕がまたがっていた竹箒をふり回して、僕が落ちたところをマネしてた。
僕の顔がカッと熱くなる。はずかしくてたまらないし、怒りもあった。だけど僕は、高谷君に何も言えない、弱虫だ。
水道で傷口を洗った後、僕は細井先生に連れられて、保健室にやってきた。保健室の中には誰もいない。保険室の先生はどこだろう。今はいないのかな。
「あら、安西先生お留守かしら。仕方ないわね」
細井先生はそう言って、保険室の奥にある棚に向かって行った。そこに、色んな薬が並べて置かれているんだ。
僕は何となく、保健室のすみに置かれた大きな鏡を見た。姿見って言うんだっけ。
そこに映る、薄い茶色のボサボサ髪と、ぼんやりした青い目。ほっぺたにできた擦り傷は、じんわり血がにじんでいた。今の僕の顔はとても気弱で、世界中のみんなを敵だと思ってるみたいな感じ。知ってる。こういうの、心気くさいって言うんだ。
「ちょっとしみるけど、ガマンしてね」
消毒液でしめらせた綿を、傷口に押し当てられる。この消毒液、すっごくしみてすごく痛い。でも痛いなんて言ったらかっこ悪いから、くちびるをかんでガマンすることにした。
ひざ、手のひら、ほっぺたの消毒が終わって、顔には大きなバンソウコウが貼られた。もう一度鏡を見る。すごくダサい。
「光星君」
細井先生の声かけに気づかなくて、僕は少しだけぼんやりしてた。
「光星空君」
下の名前まで呼ばれて、僕はハッとして先生を見る。
細井先生はすっかり呆れ顔だった。
「ジャングルジムから飛び降りるなんて……打ちどころが悪かったら大ケガしてたわよ」
細井先生の声はキツい。目はキッとつり上がって、僕をじぃっと見つめてる。怒ってる。
でも、僕だって飛び降りたくて飛び降りたんじゃない。
「高谷君達が悪いんだ」
僕は抗議ってやつをした。僕ばっかり怒られるのはくやしいし、一番悪いのは高谷君たちだ。高谷君に追いかけられなきゃジャングルジムに登らなかった。
高谷君は、僕が魔法の勉強してるのをおかしいって言って、嫌がらせして笑ってる。イヤな奴だ。
細井先生はため息をついた。
なんでため息なんてつくの? 僕、悪いこと言った?
「友達に優しくしない高谷君も悪いわ。でもね、イヤなことはイヤだって言わないとダメよ」
なにそれ!
「じゃあ、僕が悪いってこと?」
そう言ったら、先生は慌てて。
「違うわ。高谷君も悪気はないのよ。だから、イヤならイヤって言わないと、高谷君はわからないのよ」
「そんなことない!」
そんなことありえない。高谷君は、僕がいやるとわかって、いやがらせしてる。
「この前、僕の本に落書きして、学校裏の花壇に隠してたんだよ! 昨日なんか、お母さんのペンダントを取って、なかなか返してくれなかったんだよ!」
僕は、首から下げてるお母さんのペンダントを、服の上から握りしめた。
赤い宝石がついた、金色の鎖のペンダント。ガンっていう病気で、去年死んじゃったお母さんの形見。学校の先生たちからは「見せびらかさないなら持って来ていい」ってお許しをもらってるけど、高谷君は僕をナマイキだって言って、ペンダントを取りあげた。
僕は三十分ずっと泣いて頼んで、ようやく返してもらった。それを「悪気がない」って言えるわけない!
「それは……」
「先生たちはいっつもそうだ! 僕がガマンすれば、イジメなんてないって思ってる!」
僕は思わず保健室を飛び出した。細井先生が僕を呼んだけど、僕はふり返らなかった。