第8話 支援魔術師、天才魔術師に挑む!!
「殺してもいい……ともかく、やつをコテンパンにしろ!!」
練兵場の隅でベーダン副師団長の声が響いた。
つばの広いとんがり帽子を被った少女は読んでいた本をばたんと閉じると、ハアとため息を吐いた。紺色のツインテールを揺らし、ベーダンを睨む。
「急用って言われてきてみれば……なーんで私が相手しなきゃいけないわけ?」
「お前は師団長殿の娘。他の宮廷魔術師の模範とならねばならん。少しは仕事せい!」
「娘、娘って……あんなの親じゃないし。ああ、だるっ」
少女はその場を去ろうとするが、ベーダンが回り込み行く手を阻む。
「待て、ルーナ! 師団長殿に恥をかかせるつもりか!?」
「しつこいなあ。そもそも、あんたがやればよくない? あのトールとかいう奴すっごい頼りなさそうだけど、そんな強いの?」
ルーナと呼ばれた少女は、遠くに立つトールに目を向けた。
「わ、ワシには造作もない相手だが、お前と師団長の顔を立ててやろうと言うのだ」
「ふーん」
少女はベーダンの後ろで泣きじゃくるギベルドを一瞥すると、興味深そうに副師団長の顔を覗き込む。
「な、なんじゃ。ワシは小娘など」
「気持ち悪……そうじゃなくて、あんたやその馬鹿がそこまで怖がる相手が気になったの」
「わ、ワシは恐れてなどおらん!」
「ま、いいや……せっかく来たんだし、少し魔術ぶちかましていくかあ」
少女はそう言って、トールへと歩いていった。
ベーダンは少女の背を見て不敵な笑みを浮かべる。
「邪魔な小娘だが、魔法の腕は確かだ……よもや支援魔術師程度に負けはせんだろう。だが……」
「パパぁ! 負けた、あんなやつに負けたよぉ!!」
泣きわめくギベルドにベーダンは舌打ちする。
ベーダンとて我が子が馬鹿であることは重々承知している。しかし、ギベルドの集める魔力量だけは他者より優れていた。
「油断はできん……それにあの師団長の小娘も葬るチャンスでもある……ここはワシも手を下すか」
ふふふと笑うベーダン。
「トールよ。帝国一の魔術の名家と呼ばれたザクスベルグ家当主のワシが、直々にお前を葬ってやろう……がははは!」
太鼓腹を揺らしながらベーダンは高笑いを響かせた。
〜〜〜〜〜
「そこのあんた」
気怠そうな声に振り返ると、十代前半ぐらいの少女がいた。紺色の三角帽とローブからして、魔術師なのは間違いない。
少女は紺色のツインテールの髪を揺らしながら俺の前にやってくると、キリッとした目に宿した青色の瞳をこちらに向ける。
「おっさんが志願者?」
「トールだ。もしかして、次の試験官?」
「そうよ。よく分かったわね」
「常に魔力を杖に宿している。経験豊富な魔術師の証拠だ」
少女は一瞬はっとすると、得意げな顔になる。
「わ、分かっているじゃない。私を子供扱いしなかったのは褒めてあげる」
「大人が初対面の相手におっさんはないと思いますけどね」
小言を漏らすレイナに、少女は不満そうに睨みつける。
「何よあんた、少し綺麗だからって」
「まずは名乗ること。初対面の者には敬語を使うこと。これができて、初めて大人です」
「あんた……」
ばちばちとした雰囲気に俺は割って入る。
「まあまあ! ともかく、よろしくお願いします」
「ふん! まあ、おっさんに免じて許してあげる……私はルーナよ」
少女はルーナという名らしい。
「ルーナか。それで次の試験は?」
「単純明快よ。私の魔術戦闘の相手をしてもらう。どっちかの攻撃魔術が体に少しでも触れたらお終い」
「なるほど。威力を与えられる魔術をってことだね」
「そうよ。私は手加減してやるけど、おっさんは好きにやればいいわ」
「分かった。こっちも気をつけるよ」
「おっさんは気をつける必要なんてないわよ。そもそも、数秒持たないんだから」
ルーナはそう言って俺から離れていった。
レイナは不機嫌そうな顔で言う。
「失礼なメスガ、いや、人でしたね」
「いや、あんな小さいのに立派じゃないか。それに……」
「……先生?」
「いや、自信があるのはいいことだ。しかも口だけじゃない。あの子、相当な魔術の使い手だ」
「それは……事実でしょうね。何せルーナは師団長の娘ですから」
「つまり師団長から魔術を学んでいるってことか」
きっと魔術の天才なのだろう。
あの歳で試験官を任されるのなら尚更だ。
周囲の者たちもルーナについて囁き合っている。
「おいおいまじか、ルーナの魔術を見れるぞ」
「あの歳で魔法の威力は師団長に劣らないぐらいなんだからすげえよな」
「将来は絶対に師団長を超えるだろう」
やがて俺から離れたルーナが足を止め、こちらに振り返る。
「いいわよ。あんたの好きなタイミングで始めて。一発ぐらいは打たせてあげる」
ハンデか。相当手加減をしてくれるようだ。
先手を打たせてくれる。こちらは好きな攻撃を落ち着いて放てるわけだ。
まずは、基本。相手に【遅延】と【魔撥】をかける。
それから自分の魔術は【加速】で速度を速めよう。全身のあらゆる部分を狙い、また左右に避けることも想定し魔術が拡散するように放つ。
それも一回では魔術の壁で防がれる可能性が高い。
最初は風魔術で、次に同じく【加速】をかけた水魔術を放とう。風と水なら体を傷つけない。
恐らく即座に防がれて反撃されるだろう……だが、これが今考えられる最善手だ。
ルーナがふわぁと欠伸をする。
誘っているのは明々白々。だが、あえて乗る。
「【遅延】、【魔撥】! ウィンド──【加速】! アクア──【加速】!」
「ふぁあ……へ?」
俺の放った風がルーナを包む。ローブがばさっとはためき、スカートすらも翻ってしまう。
そんなルーナに今度は俺の水魔術が襲いかかる。体に傷がつかないよう粘度を高くした水がルーナにぶちまけられてしまった。
「え?」
「え?」
俺が声を発したと同時に、ルーナもきょとんとした顔で声を漏らす。
ルーナはびしょびしょになった自分の体に視線を落とした。
「な、何が?」
「勝負アリですね。先生、おめでとうございます!」
レイナはそう言うなり俺の手を引く。
しかしすぐにルーナが声を荒げた。
「ま、待ちなさい!! こ、こんなの絶対おかしいわ!!」
「魔術を当てたらお終い。そう仰ったのはあなたでしょう」
「ふ、ふざけるな! こんなの絶対に認めない!」
ルーナは風魔術で瞬時に自分の衣服を乾かすと、こちらに杖を向けてきた。
「物分かりの悪いメスガ……子供ですね。先生、あとは私が」
「待て、レイナ。流石に欠伸をしている間を狙うのは卑怯だった」
「欠伸をする者が悪いのです。そもそも、一秒の間の出来事なのですから、欠伸がなくても同じです」
そう答えるレイナだが、ルーナが怒声を発する。
「さっさと戦え! じゃないと……噛みつくわよ!!」
歯を見せて威嚇するルーナ。不覚にも猫みたいで可愛いと思ってしまった。
急いで走ってきたベーダンもこう言う。
「し、審判のワシがまだ配置についておらぬ! 試験はやりなおしじゃ!!」
レイナが軽蔑するような顔をベーダンに向ける。
「レイナ、大丈夫だ。さっきのじゃ、どのみち自分の力量は量れない」
「……先生がそう仰るのなら」
レイナが俺の元から離れる。
そうして試験はやりなおしとなった。




