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第40話 支援魔術師、幸せになる!

 俺は、今回の戦いで功のある者の一人として、謁見の前で跪いていた。


 周囲の者たちが名を読み上げられる中、ついに侍従が俺の名を呼ぶ。


「トール・フォルラーデ殿」


 顔を上げると、そこには玉座に座す皇帝がいた。


 皇帝は威厳のある顔でこちらを見ると、こう告げてきた。


「此度の働き実に見事であった。そなたが一人で敵陣を攪乱しなければ、ここまでの大勝利は得られなかったのだろう。ジィルバスとの戦もよく制した」

「もったいなきお言葉です」


 深く頭を下げると、皇帝がこう続ける。


「そなたはギスバール戦のときも功を立ててくれたな。にもかかわらず、あの時は何も求めなかった。そなたは、帝国を二度も救った英雄だ。此度こそは、受け取ってもらうぞ」


 皇帝としては恩を着せられるのを恐れているのかもしれない。今まで誰も皇帝からの褒美を断った者はいないし、ここは素直に受け取らせてもらうか。


 俺がもう一度頭を下げると、皇帝が言った。


「そなたにはまず爵位を授けよう。後で候補の中から望みの爵位を選ぶのだ」


 爵位……つまり貴族になるってことだよな。まさか本当にもらえることになるとは……


 実感がわかないが、“まず”ということは他にも褒美がある。皇帝は次の褒美を口にした。


「それとそなたには、我が子エレナと婚約を結んでもらう」

「え、エレナ殿下と?」


 宮中が騒めく。


 しかし皇帝は落ち着いた様子で語った。


「古きより皇帝は、国に報いた英雄に伴侶として我が子を贈ることがあった。英雄とはすなわち、魔王を倒した者のこと。トール殿は魔王ギスバールを倒した一人。何もおかしくはあるまい」


 優秀な者と婚姻させ、才能のある世継ぎを生ませる……それ自体はよくある話だ。


 実際に魔王を倒した者に、時の権力者が子を伴侶として贈る例は歴史上多々あった。俺が英雄かどうかは、周囲の貴族たちも思っているように怪しいが……


 とにかく、これはよくない。俺は首を横に振った。


「陛下。恐れながら、辞退させていただきます」

「ほう。余の子では不満か」


 こちらをぎいっと睨む皇帝。断れば殺す……とまではいかないが、断るでないとでも言いたげだ。


 俺は皇帝の隣で神妙な面持ちでこちらを見るエレナに顔を向ける。


「エレナ殿下のお人柄や人徳、私も殿下をお慕い申し上げております。ですが、私はエレナ殿下とお会いしてまだ日が浅い。エレナ殿下のご意思ではない婚姻は受け入れられません」


 皇帝への非礼は承知している。しかしこれが俺の真意だ。自分で決めた相手でないのに結婚させられるなんて、エレナ殿下も嫌に決まっている。


 いや、冗談で結婚がどうとかは言っていたが……


「つまりそなたは、エレナにはエレナに相手を選ばせろと余に言いたいのだな」


 侍従が口を挟む。


「と、トール殿、不敬ですぞ!」

「承知した。それがトール殿の願いなら、エレナには好きな婚姻相手を選ばせよう」


 皇帝は即答した。


 まさか聞き入れてくれるとは思わなかった。最低でも宮廷魔術師の任を解かれるぐらいは予想していたが。


 俺は深く一礼する。


「ありがたき幸せに存じます、陛下」

「……ふむ。しかしこれは余というよりは、エレナの希望だっ」


 皇帝が少し困ったような顔で呟く途中で、エレナが口を挟む。


「父上。私ももう少し、トール殿を知る機会を与えていただければと存じます」

「お主……」


 皇帝は何か言いたげな顔をしたが、すぐに俺にこう告げてきた。


「ともかく、トール殿。そなたには帝国臣民を代表して心よりお礼を申し上げる。どうか、これからも帝国に力を貸してくれ」

「もったいなきお言葉です」


 こうして俺は爵位を授かることとなった。


~~~~~


 貴族たちが去った謁見の間。


 皇帝は玉座に座りながら、横に立つエレナに顔を向けて意地悪そうに笑う。


「ふむ、断られてしまったな」

「だから私は申し上げたではないですか。この件は私にお任せくださいと」

「そうは言っても、他に思い人ができれば、お主との子が見られなくなるかもしれないであろう」


 エレナは呆れるような顔でため息を吐くと、皇帝にこう訊ねる。


「あれだけ私に孤独を強いたあなたが、今になってどういう風の吹き回しですか?」

「余は最初から、あの男を消し去ろうとなどとは考えておらぬ。お主が惚れ込むほどの男。どれだけの力か確かめたかった」

「相当なものだったでしょう。私と父上が二人でかかったとしても勝てない」

「まさに。アレンにあれだけの仲間がいたとはな……もちろん、他の者たちも類まれな能力な持ち主なのだが」


 此度もと口にしようとした皇帝だが、エレナが先に淡々と言葉を発する。


「父上もようやく先生のお力を理解されましたか。私から言わせれば十年遅いです」

「ははは、言いよる! ……ともかく、余からはあの男にもう何も文句はない。あえて言えば、余が存命のうちにお主とトールとの孫の顔が見たい、ということぐらいかな。あれほどの男とお主の子、どのような傑物が生まれるやら」

「ご心配なく。私が子を生んでも、あなたには抱かせませんから。教育も私と先生が一緒に行います」


 そう言って立ち去ろうとするエレナに、皇帝は笑い声を漏らす。


「ははは、すべてはお主を思ってやったことなのに冷たいものだ」

「人を捨てよと、自らも過ごした無限の牢に放り込んだのは、あなたでしょう。そんなあなたが今更、人間らしいことを口にしないでください」

「ふっ、互いに人の身である以上、人の情は捨てきれぬということだな……だがエレナよ、一つ覚えておけ」


 エレナは立ち止まり、背中を向けながら問う。


「何を?」

「お主は帝国の皇女──やがて、この国を統べる帝王となる。それを決して忘れるな」

「……この帝国は私が守る。命に代えても。あなたとは違うやり方でね」

「それが聞ければ余は満足だ」


 皇帝はそう言って玉座に深く腰掛け。謁見の間を去るエレナを見送るのだった。


~~~~~


 謁見の間を後にした俺は、浴場併設の飲食店に来ていた。


 もちろん、レイナたち教え子も一緒だ。


 テーブルには、山海の幸が惜しげもなく使われた色とりどりの料理が並べられている。


 周囲の席は、同じく凱旋した者たちや勝利を祝う人々の声でとても賑やかだった。この店に限らず、帝都中がお祭り騒ぎだ。


 アルノもその喧騒に負けじと、杯を掲げ大声を発した。


「勝利を祝って乾杯!!」

「乾杯!!」


 俺たちも杯を掲げる中、アルノはあっという間に一杯を飲み干してしまう。


 そうして俺たちは、宴会を始めることにした。


 俺は皆の活躍を振り返っていた。


「いやあ。ヴェルガーは隙を見るのが本当に上手いな」

「まさか。あれは先生の支援魔術あってこそ。それに、ミアがルキフェルの攻撃をよく防ぎ、弾いてくれた。あれがなければ、とても」


 ミアは恥ずかしそうに答える。


「それこそ、先生の支援魔術のおかげですよ。あたしだけだったら、今頃ぺしゃんこですよ」


 互いに謙遜する二人。


 だが、俺の支援魔術がなくてもいい戦いができただろう。


「いいや。二人とも、自分にかけた支援魔術の力と、俺のかけた支援魔術の力、どちらがどの程度の効果か把握して動けていた。自分の戦力を正確に評価できたから、ああいう戦いができた」


 静かに耳を傾ける二人に俺はこう続ける。


「魔力はあとからついてくるし、魔力を向上させる魔道具もある。今回みたいに戦えば、二人はもっと強くなれるだろう」

「ありがとうございます、先生。我ら、もっと精進いたします」


 ヴェルガーが言うと、ミアも首を縦に振った。


「先生に負けないよう頑張ります!」


 二人とも、俺なんかよりずっと強くなれるはずだ。成長が楽しみでならない。


 すると、隣からルーナが俺に顔を向けて言う。


「まあ隙を見たり力量を見極めるって点では、あんたもできていたんじゃない。ルキフェルに【魔撥】をかけるとき送らせた私の魔力だって、必要な分しか取らなかったし……賢者みたいだったわ」


 ルーナはどうやら俺を褒めてくれているらしい。


 賢者とは、強力な魔術を扱える魔術師への尊称だ。俺なんかが呼ばれていい称号じゃない。


 とはいえ、素直に嬉しいが。


「いやいや。ルーナが魔力を正確に送ってくれたから、結果としてあの量で済んだんだ。それにしてもルーナの魔術はすごかった……ヴェレン魔術大学のどの教授よりも強力な魔術だったよ」

「ほ、本当?」

「ああ。今の俺でももう足元に及ばないが……将来は世界最強の魔術師になれるだろう」

「ま、まあ当然のことよね!」


 酒も飲んでないのにルーナは顔を赤らめる。俺はお世辞ではなく、本当のことを言っているだけだが、嬉しいらしい。


 そんなルーナを見て、シェリカとアネアが訊ねる。


「そういや、ルーナ先生。お父さんに会わなくていいの?」

「宮廷魔術師の団長、もう帰ってきたんでしょう?」


 ルーナはそれを聞くと、不機嫌そうに骨付き肉を食す。


「あんにゃの親父でも何でもにゃい」

「そ、そう」


 二人はそれ以上、ルーナの父については訊ねなかった。せっかくの楽しい雰囲気なのに、怒らせたくなかったのだろう。


 しかし、宮廷魔術師の団長か……今回も後方から戦ってくれたと聞く。


 戦闘中、遠くから巨大な爆炎が上がっているのも見た。きっとあれが師団長の魔術だったのだろう。ルーナの父親なら相当な魔術の使い手で間違いない。


 そんなことを考えていると、アルノが俺の肩に手をまわしてきた。


「さっ、先生、飲もう!!」

「酒くさ……アルノ、お前何杯飲んだんだ?」

「うーん……三杯くらい。あ、あとあの樽一つ?」


 アルノが目を向けるほうには、樽で酒をがぶ飲みする者たちがいた。


 冒険者時代にもよく見かけたが……


「それぐらいにしておけ。お前は近衛騎士団長なんだ。節度というものを」

「まさか、先生お酒弱いの? そんなに飲ませたくないなら、俺の酒を飲んでよ」

「お前ってやつは……というより、俺をなめるんじゃないぞ? 自分からは飲まないが、付き合いでは昔から」


 とぶつぶつと冒険者時代の酒の話をしながら、俺も結局酒を口にしてしまった。


 そのせいか、だんだんと記憶が途切れ途切れになってくる。


 気が付けば、また飲食店の外にあるベンチに座っていた。


「ありゃ……あっ」


 右肩に感じた温かさに振り向くと、そこにはこちらを見てほほ笑むレイナが。どうやらレイナに寄りかかってしまっていたらしい。


 ……またやらかした!


 俺は慌ててレイナから離れる。


「ご、ごめん」

「気になさらないでください。レナとだって、こうしてよく夜に身を寄せ合っていたじゃないですか?」


 野営するとき、寒いと言ってレナは俺にくっついてきた。確かに寒い夜には効果的だ。


 でも、レイナはもう大人なわけで……なんだか悪い気がする。


「そんなこともあったね」


 レイナは満足そうな顔をすると、胸に手を当てて言う。


「とても温かった。一人じゃないんだって安心できる時間でした」

「レイナ……」


 どうやらレイナは嫌がってなかったらしい。まあ、酒臭いのは多少不快に思っているだろうけど……あっ。


 レイナは俺の手に、自分の手を重ねてくれた。


「先生と一緒にいると温かくなれるんです……ジィルバス戦の後に約束したこと、忘れないでくださいね」


 レイナにはレイナなりに大変なことがあるのだろう。何せ皇女エレナ殿下の側近なのだから。


 俺は少しでもそんなレイナの支えになれているのだろうか?


「ああ。俺はレイナを支える。君には、本当に色々な恩があるし」

「ふふ、ありがとうございます、先生。私も先生をお支えしますね」


 微笑んで答えてくれるレイナ。


 本当に女神みたいな子だ……あのレナがまさかこんな優しくてしっかり者になるなんて。


 俺の知っているレナは人見知りで強情な子だった。それがだんだんとルーナみたいに生意気になってきて、俺によくイタズラをしてくるようにまでなった。


 今も冗談を言ったり、あの頃の面影がないわけじゃないけど、本当に変わった……


 感心していると、レイナは少し恥ずかしそうにこんなことを訊ねてくる。


「約束といえば……昔の私との約束は覚えていますか? ギスバールとの最終決戦の前に交わした約束を」


 そんなことがあった。実質、あれがレナとの最後の会話になってしまっていた。


 確かレイナは「絶対に死なないで。あんたは私と結婚するんだから」と言った。俺は約束するって答えて──って、結婚!?


 俺はとんでもないことを約束してしまっていたようだ……


「──あ、あれは別に!!」


 慌てて答えると、レイナは上目遣いで聞いてきた。


「まさか本気ではなかったと……」

「──そんなつもりは!」

「では、私ではダメだと……」

「──そんなことない!」


 はっきりと言い切ると、レイナは目を輝かせて俺の手を両手で取る。


「ならば、私と結婚してくださいますね!」


 絶対に離さないとでも言わんばかりのレイナに、俺はたじろぐ。これは断れそうもない。


 そもそもレイナは俺には勿体無いぐらいの子だ。優しいし、本当になんでもできるし、綺麗だし、格好いいし……文句のつけどころのない完璧超人と言っていい。


 一方の俺は、支援魔術ぐらいしかろくに使えないおっさん。


「……俺なんかでいいの?」

「先生じゃなきゃ、ダメなんです」

「レ、イナ……」


 そこまで言われて応えなければ男じゃない。


「分かった、レイナ……俺と結婚してくれ」

「はい、先生!」


 満面の笑みで答えてくれるレイナ。そんなに嬉しいのだろうか。俺はもちろん嬉しい。


 同時に恥ずかしさも込み上げてくる。


「でも、その」

「大丈夫です。皆にはしばらく秘密にしておきますから。先生が好きなタイミングで式を挙げましょう」

「う、うん」


 手を両手で強く握ってくるレイナに、俺は首を縦に振るしかない。


 だが、言いたかったのはそういうことではない。


 これからも一緒にやっていくなら、決めておかなければいけないことがある。


「レイナ……一つ聞きたいんだが、俺は君をこれからなんと呼べばいい? レナ、それともレイナ?」


 それを聞いたレイナは難しそうな顔をする。


「先生はどっちがいいですか?」

「俺はどっちでも……いや、どっちも大事な名前だから」


 レナとの思い出、レイナとの思い出。どちらも大事だ。どちらがいいなんて決められるものじゃない。


 我ながら優柔不断だが、レイナは嬉しそうな顔で答えてくれた。


「なら、こういうのはどうでしょう? 私と二人っきりの時はレナと呼んでください。私も昔みたいにトールって呼びます。皆の前では、レイナと先生で!」

「な、なるほど」


 何がなるほどなのかよく分からない。でもレイナがそう言って欲しいのなら、そうしよう。


「分かった。レイナ……いや、レナ」

「はい、トール。 ……ふふふ! トール、大好き!!」


 昔のような口調で甘えてくるレイナ。


 俺はもう頭がどうかしそうだった。俺だってレイナのことが好きだ。


 レイナは俺に体を寄せると、切なそうな顔で言った。


「ずっと一緒だからね……トール」


 俺の手を強く握るレイナ。


 アレンを失ってから、俺はずっと孤独を感じていた。でも、それは俺の勘違いだったようだ。ずっとレナは、俺のことを思っていてくれていた。


 俺もレイナの手を強く握り返した。


「ありがとう、レナ」

「どういたしまして、トール……やっぱりちょっと恥ずかしいですね」


 顔を赤らめるレイナ。


 うん、俺も恥ずかしい……道にはたくさん人がいる。皆お祭り気分で、誰もこちらを気には止めていないけど。


 レナは微笑んで続ける。


「しばらくはこうしていましょう、先生」

「ああ」


 俺とレイナはしばらく二人で身を寄せ合うのだった。


 それから俺が教えた【影纏】を使い、俺たちを盗み見していた不届者たちを発見したのは、これより少し後のことだ。酔っ払ったアルノが「キスキス!」と騒いでいるので判明した。


 その後のことはよく覚えていない。恥ずかしさのせいか酔いのせいか疲れのせいか、俺はまた意識を失ってしまったようだ。


〜〜〜〜〜


 翌日、俺は近衛騎士団の訓練場にいた。


 ミアたち教え子が言う。


「先生、支援魔術の指導、今日もよろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく頼む」


 各々魔術の訓練を始める教え子たち。


 レイナが隣で元気よく言葉を発する。


「先生、今日も一日頑張りましょう!」

「ああ!」


 俺は生涯の伴侶と教え子たちと共に、末長く幸せな暮らしを送っていくのだった。

作者から皆様へ。

ここまで読んでくださった方には、心よりお礼申し上げます。

アレンの手紙、宮廷魔術師団長について、レイナの過去など、描ききれてない部分はあるのですが、ハッピーエンドということでこれにて一応の完結とさせていただきます。

連載を再開する際は、最終的に40万文字ほどでまとめられればと考えています。

最後になりますが、トールの物語をここまで読んでくださり本当にありがとうございました!

面白いと思ってくださった方、評価やブクマなどしていただけますと作者の励みになります!

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