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第36話 支援魔術師、教え子に教わる

 帝都から高速馬車で北へ三日。


 そこには南下するジィルバス軍を迎撃するため、既に帝国軍が前線を敷いていた。


 俺は天幕が設置された陣地を歩いていく。


 まだ昼だが曇り空に太陽が覆われ暗い。まるで、陣中の兵士たちの心の中を現わしているような、どんよりとした空だった。


「もうそこまで迫っているらしいぜ……」

「ジィルバスって、あのギスバールの一番弟子って話らしいぞ」

「つまりは復讐……激しい戦いになるだろうな」


 兵士たちが動揺する中、豪華絢爛な鎧を着こんだ男──ベーダンの叫び声が響く。


「明朝、陛下の軍が到着なさる!! 我らは先駆けとなり、早朝より作戦を開始する!!」


 おうと応じる声は少ない。ギスバールという名を聞いただけで、皆かつての戦禍を思い出すのだ。


 俺もギスバールという名を聞くと、苦い思い出が蘇る。俺は、あの戦いでアレンを失った。


 だが、アレンがいないからこそ……俺がなんとかしなければいけない。


 一人、陣地の北側へと向かう。


 敵はすでに地平線のところまで迫ってきているという。いくつか、即席ではあるがダンジョンも築いているらしい。


 数千……いや、万を超す魔物が集まってきている。


「一万か……」


 冷静に考えてみると、たいしたこととは思えなくなった。かつてギスバールは数十万の軍勢で帝都を襲ったのだ。


 もちろん、こちらにはアレンもかつての仲間もいない。


 だが……


「それぐらいなら、どうにかなる」


 俺は陣地を出て、ジィルバス軍のもとへと歩いていく。


 周辺は身を隠す場所もない平野。戦いやすくはあるが、死傷者も出やすくなるだろう。やはり俺が先行して叩く必要がある。


 やがて、魔物たちの陣営が目でも見えるようになってきた。


「そろそろか」


 俺は、自分の体に支援魔術をかけていく。


 まずは体への支援魔術。【加速】や【俊足】は体への負担が強すぎるため長時間の戦闘には向かないから、ここぞという時に使う。とりあえずは、魔術への耐性を得る【魔壁】をかけておこう。


 次は装備。剣には臨機応変にかける魔術を決めるから、今はいい。服は元々魔術耐性があるが、さらに【魔壁】、【鉄壁】、【影纏】をかけておく。姿を隠して奇襲するのだ。


 夜間になれば視界を確保するための【夜目】、そして疲労を軽減する【自然治癒】も必要になるだろう。そのための余裕も残しておかなければ。


「こんなものだな……」


 服に支援魔術をかけていると、俺の頭の中にレイナの顔が浮かぶ。


 これはレイナが俺のためにデザインしてくれた服と剣だ。十年同じような服ばかり着てきたので、なんというか嬉しかった。お揃いっぽいのはどうかと思ったが……


 ともかくレイナには色々よくしてもらった。こんな俺なんかを慕ってくれたし。


 俺は……そんなレイナに、今度こそ誇れるような戦いができるだろうか?


 レイナだけじゃない。教え子たちにもやっぱりやるなって思わせたい。


「本気で行くぞ──」


 自分を奮い立たせるように言うと、俺は敵陣へと駆けていく。


 大真面目に一体ずつ倒す必要はない。敵陣を駆け回って敵を混乱させ、同士討ちを狙ってみる。その間に敵将らしき者がいれば積極的に狙うとしよう。


 しばらく走ると、見張りのゴブリンの黒目が見える位置まで接近した。しかし、敵はまだ気づいていない。悠々と敵陣へと侵入する。


 だが、敵陣にいたアンデッドの魔術師──ワイトがこちらに気がつく。俺の魔力を感じ取ったのだろう。


「ここらで開戦だな」


 俺は、叫ぼうとするワイトに剣を振りかぶる。【鷹目】で核を捉え、そこに剣を振るった。


「っ!?」


 斬り捨てられたワイトを見て、周囲の魔物たちがざわめき出す。ゴブリンやオークは周囲をキョロキョロと警戒し始めた。


「よし、ここからだ」


 俺は、オークの脚を斬りつけた。


(ぐっ!? お、お前!!)


 オークは後方に振り返り、後ろにいたゴブリンへと斧を振り上げる。


(お、俺じゃない!!)


 戦いになるオークとゴブリン。


 同じように、俺は同士討ちを誘うように、あえて敵を殺さず傷つけていった。


 ゴーレムの脚を攻撃したり、天幕に火をつけたり、やりたい放題敵陣を荒らしていく。


(て、敵の襲撃だ!)

(違う! ゴブリンの一党が裏切った!)

(いや、オークたちだ!!)

(スケルトンが誰かに操られている!!)


 魔物たち叫び声を上げながら、自分と違う種族を襲い始める。


 こんなふうに各所で同士討ちを起こしていくとしよう──おっと。


 当然、俺に気がつく魔物はいる。今度はアンデッドの高位の魔術師リッチがこちらに杖を構えた。こちらを魔術で攻撃するようだ。


「派手な魔術を頼むぞ──【猛魔】」


 俺はあえてリッチの魔術の威力を増大させた。


 リッチの杖からは、極大の火炎球が放たれる。


「【加速】──」


 俺は【加速】で火炎球を避け、さらに敵陣の奥地を目指す。


 一方の火炎球は、敵の天幕に着弾し──轟音を響かせるような爆発を起こした。


 振り返ると、周囲の魔物がリッチへと襲いかかる。同士討ちはさらに酷くなっていった。


〜〜〜〜〜


「何事か!?」


 燃え盛る自陣を見て、漆黒の鎧に身を包むデーモン──ジィルバスは怒声を上げた。


 部下のデーモンが答える。


「そ、それが人間どもの奇襲を受けたようでして!!」

「敵は何名だ!?」

「ふ、不明です! 十人とも、百人とも!」

「くっ! 無能どもめが! おそらく敵はそう多くあるまい……殆どが同士討ちをしているだけだ!」

「す、すぐに収めて参ります!」

「こそこそと這い回るネズミをやらねば収拾がつかぬ!! こうなれば……我が親衛隊を出すしかあるまい!」


 ジィルバスは後ろに控えるデーモンたちに振り返って言う。


「必ずや敵を倒してこい! 一刻も早く、ネズミを潰せ!!」

「かしこまりました!!」


 デーモンたちはすぐに四方へと散らばるのだった。


〜〜〜〜〜


「今の所は順調……大軍は混乱させやすいな」


 俺は敵陣深くまで潜り込んでいた。


 とっくに陽は沈んでいる。


 夜間戦を得意とする魔物もいるが、そうでない魔物も多い。同士討ちはさらに深刻になっていた。


 もちろん敵も黙ってはいない──来るか。


 強力な魔力の反応が迫る。


「デーモンか」


 剣を振りかぶり、こちらへと飛んでくるデーモン。


 魔術ではなく、剣でこちらをやるつもりだ。味方への損害を少なくするためだろう。


 ならば、今度はこちらが思いっきり魔術を使わせてもらうまでだ。


 魔力を増やす【魔増】、魔術の威力を上げる【猛魔】、魔術の範囲を広げる【魔広】──それらを自らにかけ、聖魔術を放つ。


「【聖光】!!」


 俺の手から眩いばかりの光が放たれる。


 それを見たデーモンは慌てて防御魔術を使おうとするが……


「グアああああああ!!」


 周囲の魔物諸共、光に包まれ消えていった。


「よし……だが、これで場所を報せてしまったな」


 すぐに他のデーモンたちが駆けつけるだろう。移動しなければ。


 案の定、移動を開始してすぐに新手のデーモンがやってくる。


 俺はまたそのデーモンを倒しては移動する……それを繰り返し、敵陣を駆けていった。


 月も見えない暗い夜空の下、俺は戦い続けるのだった。


〜〜〜〜〜


 トールが敵陣深くにいる頃、ジィルバス軍の異変に気がついた人間側の一部が呼応するように攻撃を始めていた。


 その中心人物は近衛騎士団長アルノ。


 まだ近衛騎士団は全員集まっていなかったが、ジィルバス軍の陣地から上がる火の手を見ると、少数の精鋭で攻めることにした。


 もちろん、レイナやミアたちも一緒にだ。


 アルノは槍で魔物を倒しながら叫ぶ。


「動き回れ!! まともに戦う必要はない!!」

「おお!!」


 同士討ちをする敵陣の中で戦闘を繰り広げる近衛騎士たち。


 ヴェルガーは戦いながらアルノに問う。


「陛下の許可も得ず、良かったので?」

「逆に聞くが、お前たちも俺の許可を得ずに突入しようとしただろう。それに、こんな好機を逃せば、それこそ陛下に咎められる。あの方はそういう方だ」


 それを聞いていたルーナが言う。


「まあ、エレナ殿下の許可を得ているから大丈夫……ってレイナが言ってたし、何かあればエレナのせいで大丈夫でしょ」

「そもそも、トール先生一人なんてやっぱり放っておけません!」


 ミアは盾で敵を蹴散らしながら言った。


 戦闘の中、シェリカとアネアがあることに気がつく。


「そういえば、レイナいなくない!?」

「さっきまでいたのに!」


 ミアが言う。


「まさか、一番最初に先生のもとに駆けつけようと……」

「なんだと!? 俺が一番だ! 負けてたまるか!!」


 アルノたちもトールを探し、敵陣深くに突っ込むのだった。


 やがて、周囲の帝国軍もこの好機を逃さまいと、ジィルバス軍へと攻撃を開始する。北に展開していた宮廷魔術師の師団長も攻撃を命じた。


 南だけでなく北からも攻められ……ジィルバス軍は大混乱に陥るのだった。


〜〜〜〜〜


 レイナは敵を刀で斬りながら陣地を駆けていた。


 一刻も早くトールのもとへという一心で。


「無理をして……」


 誰にも頼らないトールに、レイナは苛立ちを募らせる。まるで、かつての自分のようだと。


 ──先生も私を助けにきたとき、同じ思いだったのだろうか?


 レイナはトールと出会うまで孤独だった。皇帝に無限とも思える時間剣を振るわされ、ただ敵を殺すだけの存在として育てられた。


 ──自分なんていつ死んでもいい……そう思っていた。


 そんなレイナに心を開かせたのは、トールだ。


 ──頼んでもいないのに自分に支援魔術をかけ、体も心も癒してくれた。美味しい食事や魔術のことも、全てトールが教えてくれた。


 レイナはかつての夜を思い出す。


 ある日、皇帝よりギスバールの軍の撹乱を命じられたレイナは、脚に斬撃を受け敵陣深くで動けないでいた。


 大量の魔物に囲まれ、ここで終わりかと思った時──トールが現れ言った。


「俺が君を支える──」


 レイナは刀の柄を強く握る。


「今度は──私が、先生を支える番です」


〜〜〜〜〜


「はあ、はあ……」


 俺は敵の天幕の陰に隠れ、水魔術で水を飲んでいた。


「流石に体がきついな……」


 恐ろしいぐらいに、体に傷はついていない。


 しかし、【自然治癒】が追いつかないほどに、足腰がやられてしまっている。


 もう走るのは難しい。先ほどから、デーモンをこの付近で待ち伏せして倒している形だ。


 十体以上で来られたら、さすがにもう辛いな……


「昔はまだまだ戦えたのに……残酷な話だ」


 だが、これで敵に大損害を与えられたはずだ。


 あとはどれだけ足掻けるか……


 そんな中、ついに強力な魔力の反応が十体以上近づいてくる。


「……来るか」


 立ち上がろうとするが、足が棒のようになりうまく立ち上がれない。


 瞬く間に、デーモンに周囲を囲まれてしまう。


「ヒャハハ! ついに追い詰めたぞ、人間!!」

「どんなやつかと思ったら、こんな弱そうな奴とは!」


 全部で十三体……あとどれだけ、デーモンを倒せるか。


 アレンならまだまだ戦えただろう。他の皆も同様に。


 これが俺の限界か……つくづく力の差を感じる。


 両手を前にして、俺はデーモンに言う。


「来い……一体でも多く道連れにしてやる」

「ほざくな!!」


 こちらへと襲いかかるデーモン。


 だがその時──


「ぐあっ!?」


 突如、バサバサとデーモンたちが倒れる。


 そこに現れたのは──レイナだった。


 刀を振り血糊を払うレイナ。


 それから俺に歩み寄り、真っ直ぐと俺の目を見て手を差し伸べる。


「先生。私が先生を支えます」


 いつか見た光景──俺は、レイナのいる場所に立っていた。そしてレイナは、俺のいる場所にいた。


「レ、イナ……」

「先生が教えてくださったんじゃないですか。一人では無理なことでも、二人で支え合えばできるって」


 そんなことを、かつて小さな女の子──レナに言ったのを覚えている。ちょうど、今のように暗い夜の中だった。レナは魔物に囲まれ、絶対絶命だった。


 レイナは、レナだったんだ。俺のことをよく知っていたしのも頷けるし、刀の腕も今となっては納得だ。


 昔、レナには偉そうなことばかり言っていった。さっきの言葉も、その一つ。今だったら、そんな青臭いこと絶対に言わない。


 格好いいところを見せるつもりが、恥ずかしいことになったな……


 俺は目を逸らしながら答える。


「……俺はまだまだやれる。助けなんていらなかったのに」

「昔の私と同じ返事をありがとうございます、先生」

「レイナ……」


 恥ずかしい以上に、そんなことまで覚えていたのかと感心させられる。


「まさか、反対の立場になるなんてな……」

「いいじゃないですか。一方が支えるのではなく、互いに支え合う……先生は、もっと私を頼るべきです」


 支え合う──確かに俺はあまり人に頼ってこなかった。今回だってレイナと相談しても良かったはずだ。教え子だからと変なプライドが邪魔をした。


 昔教えたことを、俺が今教えられるなんて……


「仰る通りです……」

「ふふ、素直な先生も大好きです」


 レイナは俺の腕を掴んで立たせてくれる。


「行きましょう、先生! ミアたちも来てくれたおかげで、敵はもう壊滅状態。あとはジィルバスだけです!」

「ああ!」


 俺とレイナは、ジィルバスのもとへ向かうのだった。

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