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第35話 支援魔術師、一人で出征する!

 エルド山を奪還した数日後。

 宮廷は騒めいていた。


 俺たち宮廷魔術師も謁見の間に召集をかけられていた。師団長はいまだ不在のため、皇帝が宮廷魔術師たちの指揮を執るようだ。


 玉座を前に、俺も片膝を突いていた。レイナはまたエレナと任務があると今朝から留守にしている。


 やがて、玉座の皇帝が告げた。


「宮廷魔術師たちよ、よく聞け。北方の諸侯たちより相次いで連絡が入った。万を超す魔物が、この帝都めがけ進軍しているようだ。敵の将はジィルバス」


 ざわめきだす宮廷魔術師たち。


「怖気づくでない。すでに周辺住民の避難は済んでおり、そなたらの師団長が敵の後方へと回っておる。また、エレナから敵の謀略はことごとく打ち砕かれ後顧の憂いもないことを確認しておる。ゆえに、余は直々に打って出ることにした」


 人の多い帝都で籠城するのは被害が大きすぎる。迎撃するのは当然のことだろう。


 皇帝はこう告げる。


「敵への攻撃は近衛騎士団と軍に任せる。そなたらには余の護衛となってもらう。余の前に魔物を一匹たりとも通すな」


 ははぁと頭を下げる宮廷魔術師たち。


 つまるところ、後方待機か。


 戦況が悪化すれば、当然前線に出ていくことになるのだろうが……


 俺の頭に、ミアやヴェルガー、新たな教え子たちが浮かぶ。


 皆、強い……だが、これだけ大きな戦いになると、絶対に生き残れるとは限らない。


 心配なのはミアたちだけじゃない。


 他の騎士や兵士はもちろん、戦場周辺の街の人々も危ないかもしれない。


 ジィルバスは、ギスバールが帝都に襲来した際も聞いた名だ。

 デーモンたちを束ねるデーモンロードの一人で、数百の兵の命を一夜にして奪ったという。彼の側近もまた、強力な魔物が控えていた。


 そんな中、俺は後方で待機か……


「ベーダンらの陣立ては決まったのか?」

「はっ。彼らの手勢は敵の戦線の一番厚い場所へ当てます。よき囮となるでしょう」

「ふむ。不穏分子も一掃できる。よい機会だな」


 皇帝と側近たちの言葉が俺の耳に入ってきた。


 宮廷魔術師たちはすでに謁見の間を去っていたようだ。


 聞いてはいけない会話を聞いてしまった。皇帝は自らに反逆的な者を、この戦を利用して消すつもりだ。


 もちろん、ベーダンの悪行は知っている。似たり寄ったりな悪人が消されるのだろう。


 しかし、彼らにただ従っている者は帝国の民じゃないのか……


 彼らは、アレンが守った者たちだ。到底、見ているだけなんてできない。


 俺が少しでも犠牲を減らせるなら……


 皇帝の声が響く。


「トール殿。まだおられたか」

「失礼いたしました、陛下」

「何、そなたはエレナがいたく気に入っておる。気にするでない──しかし」

 

 こちらへと歩いてくる皇帝。


「何やら案じ事があるようじゃな。余の計に不満があるか?」

「まさか……完璧な布陣かと存じます」

「ならば何が言いたい? そなたの口から出かかっているものはなんだ?」


 無礼にあたるのだろうか。


 ……いや、この男は俺の口からある言葉を求めているんだ。


「私が、おります。私を前線にお送りください。被害をゼロにする……自信はありません。ですが、必ず死傷者を減らすことはできるかと」

「できる、だろう。そなたは自らの力を過小評価しておる」

「やらせていただきますか?」

「もちろん。そなたには、先鋒を命じる。今日にでも北へ発ち、敵へ戦闘を挑め」

「ははぁ」

「アレンのごとく活躍を期待しておるよ」


 非常に危険な任務だ。死ぬ可能性も高い。


 だがそれでも肩の荷が下りたように感じるのは、教え子たちへの負担が減るということだろう。


 俺が少しでも敵を減らす……それだけで被害は少なくなるはずだ。


 こうして俺は、ジィルバスの軍と戦うことを決めた。


 その後、俺は部屋で支度を整えることにした。


 すると、扉からコンコンと音が鳴る。


「トールさん! いらっしゃいます?」

「ああ、ミアか。入って」


 そう答えると、ミアだけでなく、ヴェルガー、シェリカ、アネアも入ってきた。その少し離れた場所にはルーナもいる。


 皆、今日は珍しく改まった顔をしていた。しかも遠征用の背嚢まで背負っていた。


「トールさん。ジィルバスの襲来は聞いてますよね?」

「ああ。近衛騎士団が出征することも聞いている」


 ミアたち近衛騎士たちは皆頭を下げた。


「先生、短い間でしたがお世話になりました」

「皆……」


 ミアたちは覚悟を決めたような顔だった。死んでもおかしくない戦いであることを認識しているのだろう。


 ヴェルガーはこう続ける。


「大きな戦となる。皆が生きて帰れる保証はない……せめて、最後にお礼をと思いましてな」


 その言葉通り、誰かが死ぬかもしれない。それほどの大きな戦いになる。


 そんな中、ルーナが言う。


「はあ……皆、さっきからこんな感じなのよ。辛気臭くてやんなっちゃうわ」


 ルーナはそう言いながら俺のもとにやってくる。


「宮廷魔術師は皇帝の護衛って話だけど、私はこいつらの面倒見るから。あんたも来るでしょ?」

「ルーナ……ごめん。実は、俺は皇帝から別の仕事を任されている。ジィルバスを倒すための重要な任務だ。今からすぐにでも向かわなきゃいけない」

「そ、そうなの?」


 ルーナが驚くような顔で言うと、ミアがこう訊ねてくる。


「わ、私たちも誰かご一緒しましょうか?」


 とても心強い言葉だ。だけど、皆を危険な目には遭わせられない。


「大丈夫だ。皆と比べれば、危険な任務というわけじゃない」


 俺はルーナに言う。


「もしレイナと会うことがあったら、レイナも皆に同行してくれるよう頼んでくれないか?」

「それはいいけど……あんた、本当に大丈夫なの?」

「ああ。こっちも済み次第、皆に合流する」

「分かった……いいけど、死ぬんじゃないわよ」


 ルーナがそう呟くと、ミアは不安そうな顔で口を開く。


「失礼ですけど、なんだかあたしたちよりもトールさんのことが心配に」

「トール殿。やはり私だけでも……」


 ヴェルガーがそう言うと、シェリカとアネアもうんうんと頷く。


 俺は少し不満そうに答えることにした。


「おいおい……俺はお前たちの先生だぞ。こう見えて、昔は冒険者として戦っていたんだ。なめられちゃ困る」


 尚も晴れない顔の皆。信用がない、というよりは皆俺の事を本当に心配してくれているのだ。


 もちろん、俺だって死ぬ気はない。


 せいぜい、格好いいところを見せられるよう頑張るつもりだ。


「ともかく、俺は行ってくる。帝都に帰ってきたら、皆でまたご飯でも食べよう」

「はい……!」


 皆もともかく頷いてくれた。


 そうして俺は、ジィルバスの軍へ挑むことにするのだった。


~~~~~


「父上。宮廷魔術師を護衛に回すとはどういうことです」


 謁見の前でエレナの声が響いた。


「ああ。あれは撤回した。近衛騎士たちと共に進ませるつもりだ。すでに派閥間の対立は過去のもの。指揮が混乱することもなかろう」

「そんなことはわかりきったこと。一度、意味の分からない命を下したことを問うているのです……まさか」

「何が言いたい?」

「先生を自ら前線に赴かせるため……そこまでして、私から先生を?」

「前も言ったが、余は何も心配しておらぬ。あの男と添い遂げるというのなら、それでいい」


 淡々と答える皇帝にエレナは声を荒らげる。


「ならば、なぜ先生を利用するような真似を!」

「それが一番帝国のためになるからだ。お主がほれ込むほどの人物。その実力は確かであろう。ジィルバスめの軍に大打撃を与えられる」


 何も間違っていない。トールはそれだけの人物であることをエレナは知っている。帝国の犠牲を減らすためなら彼一人に犠牲になってもらうのは理に叶っている。


 しかし、エレナにとって許せる話ではない。


「……アレンとて、生かすことができれば、帝国に更なる恩恵をもたらしていたかもしれない。父上は近視眼的すぎる」

「どうかな。アレンがこの帝位を脅かしていた可能性もある」

「……彼らはそんな人じゃない! ともかく、私は私の好きなようにやらせていただきます!」

「勝手にすればいい。だが、お前が足手まといにならぬようにな」


 エレナは何も言わず去っていった。


「さて、どうなるか。あのトールという男──その実力を見せてもらうとしよう」


 皇帝はその後ろ姿を見て呟くのだった。


~~~~~


 レイナはルーナたちと合流後、すぐに高速馬車で帝都を発った。


 先生、私には一言も残してくれないなんて……皆にも、本当のことは口にしなかった。


 きっと心配させたくないのでしょう。


 人には頼らせるくせに、自分は頼らない……本当に不器用な男。


 馬車に揺られながらレイナはいら立ちを隠せなかった。


 そんなレイナに、ミアが訊ねる。


「大丈夫、レイナ? 先生が心配なの?」

「いえ……先生は強いですから。私たちも敵の前線を突破したら、すぐに先生と合流しましょう。先生に、私たちの強さを見せるんです」


 その言葉に、ヴェルガーが頷く。


「トール殿……いえ、先生から教わった支援魔術で我らはさらに強くなった。それをお見せしたい」

「先生に助けられてばかりだし……今度はあたしたちが助けないと!」


 ミアの声に、シェリカとアネアもうんうんと頷く。


 ルーナもこう言った。


「私もまだあいつを負かせてないからね……絶対に帝都に帰らせて、また戦わせるんだから」


 レイナが頷いて言う。


「必ず、先生を連れて帰りましょう!」


 皆その声におうと応じるのだった。

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