第32話 支援魔術師、山頂に到達する!
「行くぞ!!」
「おう!!」
皆で掛け声を上げると、俺たちはエルド山を上がり始めた。
間も無くして、土塁のほうから矢弾と魔術が飛んでくる。
しかし、ミアたちの盾はそれをものともせず弾き返した。
ルーナが言う。
「面倒だから、私の魔術で焼き払うか」
「なら、俺が威力と範囲を上げる」
ルーナと共闘したことはあるが、彼女自体の能力を上げたことはなかった。そもそも扱える魔力が膨大であまり攻撃を強化する必要性はない。
だが、今回の敵は迅速に倒す必要がある。守備は完璧だし攻撃を全力で支援してみよう。
ルーナもそれは理解しているようで首を縦に振った。
「わかった、お願い」
「ああ!」
使える魔力を増やす【魔増】、魔術の効果や範囲を広げる【魔広】、攻撃魔術の威力を上げる【猛魔】──とりあえず、こんなものでいいか。
「よし、これでいいぞ!」
「──【ヘルバーン】!!」
ルーナが杖を叩く掲げる。
いつぞやのギベルドも使おうとした、高位の炎魔術か……どれほどの威力だろうか。
ルーナの杖から赤い光が放たれる。
光は魔物たちが篭る土塁へと着弾すると──
「──っ!?」
空にも届くような爆発が広がり、轟音を響かせた。山は大きく揺れ、その爆風は俺たちをも吹き飛ばそうとする。
「まずい──【不動】!」
俺は咄嗟に皆に【不動】をかけ、なんとか爆風を耐えさせる。
爆炎が目の前に広がる中、俺たちは皆、ルーナに顔を向けた。
そのルーナもきょとんとした顔をしている。
シェリカとアネアがすかさず言った。
「やりすぎ!!」
「密命っていうのを忘れたの!?」
「わ、私はここまで──いや、こんな思いっきり撃ったことはなかったけど……」
慌てるルーナの隣でヴェルガーが苦笑いを浮かべながら言う。
「ま、まあ帝国軍の最新兵器の実験、ということで後で伝えさせましょう……」
「ルーナやっぱりすごいな……」
本当に驚いた。これがルーナの実力か。
ルーナは声を震わせながら答える。
「ま、ま、まあ私にかかればこんなものよ」
「皆、煙が晴れる!」
ミアの声で正面を向くと、そこには大きな爆発の跡ができていた。
土塁は完全に消し飛び、魔物たちも焼き尽くされている。
「よし。ともかく、敵の最前線は突破した。このまま進もう」
俺たちは再び山頂を目指し進んでいく。
しかし、敵の第二の土塁に向かう途中で、山の上からやってくる数体が。
いずれも人のような姿。しかし、背中には漆黒の翼が、頭には大きな二本角が生えている。肌は紫色で目は真っ黒だった。
「──デーモン!」
ドラゴンに並ぶ強力な魔物。個体差はあるが、人間の兵士が百人かかっても倒せない相手と見ていい。
以前戦ったリッチほどの魔術は使えないが、その分身体能力は圧倒的だ。
しかも、いずれも漆黒の鎧を身に着けている。魔王鋼の鎧だろう、厄介だ。
それが全てで三体……やっかいだな。
「皆、俺が一体を抑える。ミアとヴェルガーは一体を、ルーナ、シェリカ、アネアは残り一体を頼む」
すかさずルーナが意見する。
「あ、あんた一人でやるの!?」
「大丈夫だ。皆の支援も継続する」
皆、俺に大丈夫なのかとでも言いたげな顔をする。
だが、これが一番いいはずだ。俺が一体をくぎ付けにする。他の二体は、ルーナとヴェルガーの攻撃で十分倒せる。
「さあ、来るぞ!」
俺が言うと、三手に別れる。
デーモンたちの声が響く。
「アルカン、お前は子供がいるやつをやれ! ビジール、お前は大剣の男を! 俺はあの弱そうなおっさんを一撃でやる!!」
デーモンたちも三手に別れた。
俺に向かってくるデーモンは、こちらに手をかざすと黒い瘴気──闇魔術の【デスアロー】を放ってくる。
デーモンは闇魔術を得意とする。
闇魔術には聖魔術が優位だ。【シールド】に【聖纏】をかければ、ひとまずは攻撃を防げるだろう。
皆にはまずそれをかけて防御を固める。
だが、俺には必要ない。
「──【加速】、【軽量化】、【俊足】」
体に高速で動ける魔術をかける──剣を抜いて走った。
デーモンはこちらに向かう俺を見て、慌ててその場で止まる。それから【デスアロー】を矢継ぎ早に放ってきた。
「馬鹿な人間め!! そんなに黒焦げになりたいのなら、望み通り消し炭にしてやろう!!」
ぺらぺらと喋り、動きもせずに魔術を放つ──よかった。こいつはたいしたことないデーモンだ。実戦経験豊富な個体はこんなものじゃない。
皆も……十分戦えている。これなら先に片付けてもいいな。
「──【鷹目】」
視力を向上させ、攻撃を見切れるようにする。
まるで雲のように見える【デスアロー】を避け、俺はデーモンに向かった。
「っ!? な、なんだこいつは!!」
デーモンは魔術を撃つのを止めると、腰に提げていた剣を抜いた。
俺は前方に【シールド】を展開し【闇纏】をかける。その後ろにある魔術を残して。
「なんだ、この壁は!?」
突如前方に黒い壁が現れたことに驚くデーモン。
それを尻目にデーモンの後ろに回り込もうとしていた。
だが、後ろに回り込んだ瞬間デーモンが振り返る。
「ひゃはは! 人間ごときが俺の動きに敵うと思ったか!! 見え見えなんだよ!!」
「後ろ」
「騙されるわけ──なっ!?」
俺は【シールド】を解いた。すると、その後方から放っておいた【聖光】がデーモンの背中を襲う。
聖魔術はデーモンによく効く……しかし、俺の聖魔術では威力が知れている。
たかだかこうしてデーモンを一瞬怯ませる程度。
だが、その一瞬で十分だ。
俺は【聖纏】をかけた剣を、デーモンの首元に振るった。
首を押さえるデーモン。しかしその傷口から光が広がっていく。
デーモンの体は聖魔術に弱い。もちろん、ただ触れただけでは傷すらつかないが。
「がっ!? お、俺がただの人間一人に、やられた……」
デーモンは光に侵され消えていく。まずは一体。
すぐに近くのルーナたちに目を向ける。
「ソルトスっ!!」
他の一体──アルカンと呼ばれたデーモンが闇魔術を放ちながら、こちらに目を向けてきた。
残念ながら、目を離したのが運のつきだ。
「【加速】──【セイクリッドアロー】!!」
ルーナが待っていたとばかりに、高速の聖魔術をアルカンに放った。
あわてて視界を前に戻すアルカン。
だが間に合わず、その攻撃をまともに受けてしまう。
ルーナの魔術の威力はやはりすごい。魔王鋼の鎧を破壊した。
そこに、シェリカとアネアが剣を振り上げ──
「ぐはっ!!」
アルカンは斬られ光となって消えていく。二人とも、まだ不安定だが【聖纏】をつけていたみたいだ。
「やった!!」
ハイタッチするシェリカとアネア。ルーナにも親指を立てて喜びを分かち合う。
一方のミアとヴェルガーは──残されたビジールに猛攻を加えていた。
「来るな!! 来るなー!!」
闇魔術を放つビジール。
しかしミアは盾でその攻撃を弾き、前へと駆ける。
その後方にはヴェルガーがいて──
「ヴェルガーさん!!」
「ああ!」
ビジールの前で二手に分かれるミアとヴェルガー。
当然、ビジールは盾のないヴェルガーを狙うが──
ヴェルガーは【加速】を一瞬だけ自らにかけ、ビジールの闇魔術を避ける。
その隙に、ミアが盾でビジールを殴打する。
「ごっ!?」
激しい一撃に仰け反るビジール。
その喉笛にすかさずヴェルガーが両手剣を振り下ろした。
地面に倒れ込むビジール。帝都のほうへ手を飛ばす。
「ジィルバス様……どうかギスバール様を……」
ビジールは涙を流し、消え去った。かくしてデーモン三体は倒れる。
皆、すごいな……
最低限防御系の支援はしたが、それもほとんど必要なかった。
これはますます成長が楽しみだ──
そんな中、ルーナの声が響く。
「何、ぼけっとしてんのよ。って、あんたの敵は?」
「あ、ああ。倒した」
「いつの間に……」
こちらにやってきたルーナは目を丸くする。
ミアたちもやってきて言う。
「ありがとうございます、トールさん。それとごめんなさい……私たち、トールさんのことに全く気を配れなくて」
「お一人で倒されたのですか……お見事です」
ヴェルガーが言うと、シェリカとアネアもソルトスの鎧を見て「おお」と声を漏らす。
「ありがとう……だけど、山頂はまだまだだ。皆、気を抜かずに進むぞ!」
そうして俺たちは再び頂上を目指した。
しかし第二の土塁と第三の土塁は、俺が強化したルーナの魔術によって簡単に突破できた。第一の土塁よりも魔物が少なかったというのもある。
先ほどのデーモンは打って出るしかなかったのだろう。
ともかく、俺たちは山頂へと到達した。
だが、その前に広がっていたのは──血の河だった。




