第3話 支援魔術師、支援する!
吹きすさぶ北風に逆らい、帝都へと続く石畳の街道を歩いていく。
ヴェレン魔術大学を出て一週間。
あと五日ほどで帝都に到着というところまで来ている。
毎日宿に泊まるお金はないので、なるべく野宿をしながら帝都を目指している。そのせいか、体中あちこち違和感だらけだ。
「【疲労軽減】使ってきたけど、年かな……」
昔は一週間野宿なんてざらだった。十年という時間は残酷だ。
「体動かしてなかったしな……だけど」
冒険者だった時代を思い出す。男五人で世界中を旅したことを。
「仕事が決まらなかったら、ダメもとで冒険者ギルドを覗いてみるかな……うん?」
前方から何やら騒がしい声が響いてきた。
街道沿いでの騒動となれば相場は決まっている。賊や魔物に襲われているのだろう。
「まずいかもな──【軽量化】、【加速】、【俊足】」
体を軽くする【軽量化】、体の動きを速くする【加速】、さらに走りを速くする【俊足】を自らにかける。これで馬の速さと同じぐらいで走れる。
体への負担は大だが、致し方ない。騒動の場所へと走っていく。
すると、前方から若い男が二人走ってきた。
「あんな数、勝てっこねえ!」
「あいつが囮になっている! 逃げるんだ!」
男たちは薄着だった。おそらくは鎧や武器を装備していたのだろうが、脱ぐなり捨てるなりしてきたのだろう。
「魔物から逃げている──」
脇を走り去っていく男たちを尻目に、街道を走る。
やがて前方に、車輪が外れた馬車を囲う無数の人影が見えてきた。
いや、人は少ない。巨大な盾を持って戦う鎧の者が一人、あとは非武装の老若男女の人間が五名、一ヶ所に集まって怯えている。
その周囲を十数以上の緑肌の小人──ゴブリンが取り囲んでいた。
鎧の者が振り返って叫ぶ。
「逃げてください! ここはあたしが抑えます!!」
どうやらゴブリンたちに馬車が襲われているらしい。
全部で十五体、多いな……さっき逃げた者たちは多勢に無勢と逃げたのだろう。
腕力が貧弱なゴブリンだが、人間より俊敏に動ける。
対する鎧の者は全身を覆う板金鎧と兜を身に付け、人の背丈ほどもある大盾を手にしている。メイスを持っているものも動きが遅く、ゴブリンの攻撃を防ぐので手一杯だ。
急いで支援しよう。
「加勢する!」
そう叫んだ後、鎧の者に支援魔術を施す。
「【加速】!」
まずは動きを速める。
「──っ!?」
鎧の者はすぐに体の状態の変化に気づいたらしい。
早速飛びかかるゴブリンを盾で薙ぎ払うと、メイスを他のゴブリンへと振りかぶる。
「俺も攻撃といきたいところだが」
ゴブリンの何体かが非武装の者たちへと迫っている。
「【遅延】!」
非武装の者に迫るゴブリンの動きを遅くする。
鎧の者は俺の意図に気がついたのか、動きの遅くなったゴブリンを倒してくれた。
しかし、そんな鎧の者の後ろからゴブリンが飛びかかる。
「──【不動】!」
【不動】を喰らったゴブリンは、地面へと落ちてしまった。
本来【不動】は衝撃や突風などに耐えるため体や装備を重くする魔術だが、こんなふうにも使える。【遅延】と併せてかければ、敵によってはほぼ動けない状態にできるのだ。
鎧の者はその隙を逃さず、ゴブリンを倒した。
そのまま鎧の者は、盾でメイスで、次々とゴブリンを屠っていく。
狼狽えるゴブリンたち。
「もう、【遅延】は必要ないな。俺も」
攻撃に加わろうと思っていると、遠くから馬蹄の音が響いた。
非武装の者たちが歓喜の声を上げる。
「衛兵が来た!」
騎乗した衛兵たちを見て、ゴブリンたちは近くの森へと大慌てで撤退していく。
「やった! 逃げていくぞ!」
「まだ若いのにすごいじゃないか、あんた!」
周囲の者たちは鎧の者を称える。
衛兵たちもその活躍を見ていたのか、賞賛の声を送った。
倒れている者もいないし、怪我人もいない。衛兵も来たし、あとは大丈夫そうだな。
もう俺は必要ない。帝都を目指すとしよう。
「あと、もう少しで帝都だ──って、足つった」
悲鳴を上げる足を労わりながら、俺は再び街道を征くのだった。
〜〜〜〜〜
ゴブリンを倒した後、鎧の者──ミアは自分を囲み称える声に困惑していた。
「いや、あたしは普通はあんなに速く動けないんです! ……あ! あの、待ってください!!」
ミアが発したトールへの呼びかけは、周囲の者たちにうち消されてしまう。
トールは満足そうな顔をすると、街道をスタスタと行ってしまった。
男性がミアへと声をかける。
「いやあ、さすが近衛騎士に選ばれただけある。閃剣のレナみたいで格好よかったよ」
隣の女性が男性を小突いて答える。
「見たこともないくせに。しっかし衛兵さんもすぐ駆けつけてくれるし、本当助かったわ」
衛兵は剣を鞘に納めと、街道の先に見える石造りの塔を指差し答える。
「エレナ殿下のおかげだ。帝国全土の街道や町村に多数の見張塔を立ててくださったからな」
「帝国に入る前はもっと賊や魔物に襲われたからのう。帝国は上から下まで人材に恵まれて羨ましい。あ、いや失礼」
老人の声に衛兵が笑う。
「ははは。自慢じゃないが、帝国人は皆思っているよ、ご老人」
衛兵はミアの鎧に刻まれた帝冠と盾の紋様を見て言う。
「君は近衛騎士見習いなんだろう? いやはや将来が楽しみだ」
「わ、私は本当に……」
(自分の実力ではない。あの男のおかげだ──あの男が来なければ今頃死んでいた)
ミアの視線は遠くなっていくトールに向けられているのだった。