第28話 支援魔術師、暗殺者のおっさんと戦う!
俺たちの前に、体に密着するような服の男が現れる。
背中に直刀を吊るしており、偵察がしやすそうな服装だ。年は俺より同じか少し若いぐらいだろうか。
「暗殺者ギルドの者だな」
アルノは槍を構えて言った。
先ほどまでのふざけた表情はどこへやら、真剣な面持ちで男を睨んでいる。
一方の俺は、
「え? 本当?」
思わずそんな声を漏らしてしまった。
暗殺者ってもっと慎重に潜んでやってくるもんじゃないのか……
そんなことを思っていると、男が黒いマスクを取って答える。
「まさか。私は陛下の間者カルマン。今回の件、エトムントらが約束を反故に──おっと」
カルマンと名乗る男に迷わず槍を突き出した。
「暗殺者に役者は務まらない。袖に忍ばせたそれはなんだ?」
「ふっ……流石は帝国が誇る近衛騎士団長殿。小細工は通用せぬか」
走り出すカルマン。
支援魔術を使っているかは分からないが速い。
しかしアルノも負けてない。
【加速】をかけると、一挙にカルマンのほうへ槍を突き出した。ただし、穂先ではなく刃のついてない石突のほうで。気絶させるつもりだ。
躱すカルマン。
「先生! 手を出さないでください! こいつは俺が!」
アルノはそう言うと、カルマンに突きだけでなく槍を振るう。しかしそれも避けられる。
暗殺者だけあって人間との戦いは慣れているようだ。
とはいえ、カルマンのほうもアルノに全く手を出せない。隙を窺っているというよりは、回避で精一杯という感じだ。
いや、それで十分なのか──
俺は周囲を見渡す。
やはり、先ほどと同じ曖昧な魔力の反応が複数接近してきていた。
俺は彼らに【魔光】を放ち、魔力の反応を可視化させる。
もう姿を隠すことに意味はない──彼らは姿を露わにした。
「全部で十人か」
ダンジョンに入る前に見た魔術師風の者たちと数が一致する。全員、暗殺者だったか。
カルマンはアルノから距離を取ると、暗殺者たちと共に俺とアルノを包囲する。
口角を上げるカルマン。
「……十人での仕事なんて滅多にない。光栄に思うのだな」
「そうか、これで全員か」
アルノはそう呟くとふっと笑う。
「これでネズミを一網打尽にできるな」
「あぁっ?」
「お前たちは終わりだって言ったんだ」
「強がりおって」
「暗殺者のくせにペラペラ喋るな。お前、暗殺者に向いてないよ」
アルノの声に舌打ちするカルマン。
「ガキの相手はこれだから疲れる……おい、二人は出入り口を見張れ。残りはあの生意気なガキを、俺はおっさんをやる」
「御意」
一斉に走り出す暗殺者たち。
アルノが言う。
「先生、頑張れ!」
「お、俺一人にやらせるつもりか!?」
向かってくるのはカルマン一人とはいえ、俺は対人戦が得意なわけじゃない。
「先生ならできる!!」
そう言ってアルノは他の暗殺者と槍で闘い始めた。
昔も、アルノはいつもこうして人を巻き込んでいたな……
とはいえ、俺を信頼してくれてのこと。アルノは七人も相手にするのだし。期待に応えなければ。
俺はカルマンに両手を向ける。
「【不動】──」
「おっと」
カルマンは俺の【不動】を避けきれなかった。しかしその動きは俊敏のまま。
「魔術耐性か」
ならば他の支援魔術、例えば【遅延】なんかも効かないだろう。
──こいつは一筋縄では行かない。
こちらも【加速】をかけ相手の動きに対応する。さらに【影纏】で姿を隠した。
だが、カルマンは俺の場所が見えているようだった。
ナイフをこちらへ投げるカルマン。
俺はそれを【シールド】で防ぐ。
狙いはいいが、威力自体は大したことがない。おそらくは麻痺毒なりを塗って弱らせるための手段。
カルマンは次々とナイフを投げながら言う。
「まさか当ててくるとは──ただのおっさんではないな」
「あんただって同じようなものだろ」
「お前のようなのと一緒にされては困る!」
カルマンはナイフを両手で投げると、俺の頭上へと高く跳び背中の直刀を振り上げた。
「死ね!!」
まずはナイフを【シールド】で防ぐ。それから剣を抜いてカルマンの直刀を凌いだ。
しかしカルマンはもう一度直刀を振るう。
一挙に決めるつもりだ。
「【鷹目】!」
俺はすかさず視力を向上させる支援魔術を放つ。遠くのものや高速で動くものを正確に捉えやすくなる。
すぐにカルマンが一振りしてくる。
見える──
俺はそれを剣で防ぐが、カルマンは目にも留まらぬ速さで直刀を振り始めた。
しかし、全て見切れる。剣で難なく防げた。
カルマンは驚愕するような顔で訊ねてくる。
「き、貴様──魔術師ではなかったのか?」
「いや、魔術師だ。支援魔術師」
会話の間にも攻防は続く。
俺は直刀へ【遅延】や【軟化】をかけるが、魔術耐性があるようで効かなかった。【魔撥】を周囲にかけようにも高速で動かれ、魔力の供給を完全に止められない。
一方のカルマンは直刀を持つ手とは違う手でナイフを投げたり、こちらを斬りつけようとしてくる。
今は剣で防ぎ、隙を窺おう。
幸い、俺には余裕がある。
アルノが既に三名の暗殺者を気絶させたからだ。向こうに俺の助けはいらない。こっちはカルマンに集中できる。
「支援魔術師……とてもそうとは思えぬ剣技だな」
「剣の道は途中で諦めた」
「ふっ……俺も似たようなものだ」
そう言うや否や、カルマンは直刀を振いつつ片手でナイフを投げてくる。
互いに純粋な剣技のみで争っているわけではない。そういう意味では似た者同士。
……いや、俺はあれもこれも中途半端だな。
とはいえ、中途半端なりにも今まで戦い抜いてきた。
遠慮なく剣技以外の術を使わせてもらう。
向こうもそう考えたのか、片手に何かを仕込んだ球を取り出す。
毒か爆薬の類か。目眩しの可能性もある。
いずれにせよ、それはこっちからすれば仕掛ける好機。
「【炎纏】!」
「っ!?」
俺がカルマンの持つ球に【炎纏】を浴びせると、球は小さく爆発した。
慌てて球を手放すカルマン。
しかしこのせいで、カルマンは俺から一瞬だけ目を離してしまった。
「──【加速】!」
腕に【加速】をかける。
カルマンは直刀を構え防ごうとするが──その腹には、俺の剣が迫っていた。
「ぐはっ!?」
勢いのせいか吹き飛ぶカルマン。直刀も遠くへ飛ばされる。
カルマンは衝撃のせいか気を失ってしまった。刃のない剣の側面で殴ったので死んではいないはず。
「カルマンさん!!」
「マスター!!」
慌てて見張りを務めていた暗殺者二人がカルマンに加勢しようとする。
だが、アルノが戦っていた三人を一挙に槍で吹き飛ばし、見張りの二人をも槍で一蹴する。
アルノが言う。
「先生、お見事でした!」
「い、いや、確かに強かったが」
十人の内一人を俺が倒しただけ。あとは全員アルノがやった。
しかも俺がやったのは同い年ぐらいのおっさん。同じようにある道で挫折し、他の道を選んだおっさんだ。
教え子の危機に全く役に立たない。レイナの時もそうだったが本当に無力だな……
「はあ……」
「先生、もう疲れたんですか?」
「疲れたよ……体はもちろんだが、精神的にも。相手は殺意に満ち溢れているのに、こっちは殺しちゃいけないんだから」
「先生が殺すだけなら、一分もかからないでしょうからね」
「そんなことはないと思うけど……ともかく、こいつらどうするんだ?」
「連行して尋問します。既に虫の息の暗殺者ギルドですが、これで壊滅させられる。ですが、その前に……」
アルノは空洞の入り口のほうへ顔を向ける。
そこからはおおと歓声が響いてきた。
やがてゾロゾロとエトムントら近衛騎士たちが現れる。
「アルノ!! 俺たちも……ってあれ?」
「ああ。先にボコしておいた。コアも破壊したし」
「う、嘘だろ……」
怖気付くエトムント。
しかし周囲の勢いは止められない。
「暗殺者なんて卑怯者どもは、元々おまけだ!! 俺たちだけで十分やれる!!」
「やろう! 今こそアルノに死を!!」
「おおおおおおおお!!」
近衛騎士たちは歓声を上げながらこちらに押し寄せてくる。
アルノは俺に言う。
「先生。まだまだ喧嘩に付き合ってもらいますよ」
「結局そうなるのか……」
こうして俺は近衛騎士との戦いに付き合わされることになった。
とはいえ十分もしない内に勝敗は決したのだが。
それからまもなく、何故かは分からないがレイナたちが駆けつけてくれるのだった。




