第25話 支援魔術師、近衛騎士団の内紛に対処する!
「お、俺が魔術顧問?」
目の前のアルノの言葉に、俺は間の抜けた声で答えてしまった。
アルノは迷わず首を縦に振る。
「はい。これからは近衛騎士も魔術を用いるべき。故に優秀な……いえ、最強クラスの魔術師が必要なのです」
「そ、それは結構なことだけど……俺でなくても」
「騎士団長!!」
突如大声が響いた。声の主に振り向くと、そこには以前俺の試験で戦ってくれたヴェルガーがいた。
「私も賛成です! トール殿は類まれな魔術師! 手合わせをした私が保証いたします!」
「ヴェルガー。分かりきったことは言わなくていい。俺が一番分かっている」
「し、失礼しました!!」
慌てて頭を下げるヴェルガー。若いのに冷静沈着な男と思ったが、アルノの前では年相応に見える。
一方のアルノは……あんまり昔と変わらない。背も髪型も。
「ということで先生、よろしくお願いします」
「ほ、本気か?」
「そうだ、正気の沙汰ではない!!」
俺の声を掻き消すように、後ろから大声が響いた。
振り返ると、そこには金でできた鎧を着た若い男がいた。
「……正気の沙汰じゃないだと、エトムント?」
アルノが静かに問うと、金の鎧の男エトムントは萎縮してしまう。
だが、後ろに集まる男たちが小声で「言いましょう」と囁くと、エトムントは再び叫んだ。
「そ、そうだ!! 我々はナヨナヨした宮廷魔術師たちの指図など受けん! 正気の沙汰じゃない!」
「エトムント。そんな対抗心のためだけに意見しているのか? 対抗した結果、十年前に何が起きたかぐらい知っているだろ」
十年前のできごと……魔王ギスバールとの戦いのことだ。
当時、帝国は各派閥間の対立もあり、まとまった軍事行動ができず、ギスバールの手勢に連戦連敗を重ねていた。
そのために多くの者が死んだ。近衛騎士にしろ宮廷魔術師にしろ若い者が目立つのは、当時大人だった者たちがたくさん亡くなったからだ。
「そ、そんなことは関係ない! 近衛騎士の美徳は魔術を使わず、鍛え抜いた己の身だけで戦うこと!! 前騎士団長……我が父グスタフもそう仰っていた!! 魔術は甘えだ!」
「……さっきも美徳は尊重すると言っただろう。各々、己の美徳に従えばいい。だが、近衛騎士団はもっと強くならなければいけない」
そう話すアルノの視線の先には、松葉杖をつく者が三名。ダンジョン攻略で重傷を負ったか。
「俺は今回の戦いでそれを痛感した……皆の戦いに魔術を取り入れたい」
アルノの表情からは悔しさのようなものが窺える。魔術が使えれば負傷者を出さなかった、ということだろうか。
俺とミアの例みたいに、近衛騎士と宮廷魔術師が組むのが一番とは思うが……
エトムントの言葉を聞くと、歴史的に宮廷魔術師と近衛騎士団はちょっとしたライバル関係にあったのかもな。
とはいえ、魔術も武術もどちらもできるのに越したことはない。別に互いの触りだけ学んで、活かせるところだけ活かせば良い。皇帝もそう考え、掟を廃したのだろう。
それに任意なら、尚更アルノの方針がいいと思う。
……顧問が俺でいいのかという問題は別としてだけど。
だが、エトムントはアルノに反論する。
「自分が使うからだろ!? お前が魔術を使わなければ、父上は負けなかった!! お前がズルをしたんだ!!」
「前騎士団長との決闘には約束通り魔術は使っていない。陛下の立ち合いのもと、なされた決闘だぞ」
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!! お前がズルをして勝ったんだ!! だから父上は騎士団長を辞めさせられた!! お前は騎士団長じゃない!!」
ヴェルガーが咄嗟に口を挟む。
「エトムント! 立会人を務められた陛下を侮辱するのか!? あの決闘に不正はなく、アルノ様は紛れもなく我らの団長だ!」
「黙れヴェルガー! 俺は認めん! Sランクダンジョンを攻略したからといって、好き勝手にできると思ったら大間違いだ!!」
エトムントの声に、アルノは拳をブルブルと震わせる。
あ……この感じは喧嘩になるやつだ。アルノは喧嘩っ早い。
だが、むしろアルノにしてはここまで良く持ち堪えたほうだ。昔ならエトムントの最初の叫びで喧嘩になっている。
おそらく、アルノとしてはSランクダンジョン攻略という大手柄を以て、新たな決まりを取り入れようとしたのだろう。実績がないリーダーの言うことなど誰も聞き入れない。
……色々、昔より成長したんだなあ。
と、このままでは、せっかくのその成長も水の泡だ。
大学にアルノがいた時は、アルノの喧嘩を止めるのも俺の仕事だった。
「まあまあ」
「お前は黙ってろ!!」
「お前、先生をお前だと!?」
ついに互いに一歩踏み出そうとする二人。
そんな二人に俺は【不動】をかけた。
「うっ!?」
「先生……!」
二人が突如足を止めたことに周囲がざわめき出す。少し強くかけすぎたかも。
「あ、ごめん」
【不動】の魔力を少なくしながら、俺はエトムントに訊ねる。
「……それでエトムントは何が望みなんだ?」
「ち、父上に騎士団長に戻っていただく! そしてアルノはクビだ!」
「法外な要求なのは君も分かるだろ。不正の証拠もないのに?」
「そ、それは」
「つまりは決闘でもしなければ叶わない」
俺が言うと、アルノがすかさず口を開く。
「以前も言ったが、俺はいつでも決闘を受ける。不満があるやつ全員でかかってきてもいい。俺は魔術は使わない」
堂々と答えるアルノだが、エトムント始め誰も応じない。
結局のところ、皆アルノには勝てないと分かっているのだ。
そしてやはり、エトムントはこう口にした。
「ど、どうせアルノは魔術を使う」
このままでは平行線……なんとかエトムントが納得できる形で白黒つける必要がある。
「なら……こういうのはどうだ? 俺がお前たちと組む。お前たちを魔術で支援するから、アルノを倒せ。これなら、どっちも魔術を使っていることになるだろ?」
「り、理論上はそうだが、お前はわざと負けるつもりだろ!?」
「なら、俺以外の魔術師をつければいい。誰でも構わない」
そう提案するが、なおもエトムントたちは応じない。
そんなにアルノが怖いのか……なら。
「あるいは……チームに別れて大型のダンジョンに挑む。早く攻略できたほうが勝ちってのはどうだろう?」
ダンジョン攻略競争。冒険者の時はよくやっていた。
するとこの提案は悪くないと思ったのか、エトムントは他の近衛騎士と集まりヒソヒソと話し始める。
やがて考えがまとまったのか、エトムントがこう叫んだ。
「わかった、受けよう!! だが、俺たちが多すぎて勝つのは当たり前……だからお前とアルノが組め!」
いや、アルノ一人のほうが絶対良い。俺が足を引っ張る可能性もあるだろうし。
「それはちょっと」
「わかった、乗ろう!!」
後ろからアルノの声が響いた。
「ア、アルノ」
「先生、大丈夫です。先生もお年を召されている。昔不良と一緒にやり合った時のようには動けないでしょう。だから、俺が先生をフォローします」
そう言われると……なんだか悔しくなってきた。エトムントたちも、俺がアルノの足を引っ張るはずと組ませたのだろう。
俺だってまだまだやれる。
「……大口叩くのは相変わらずだな、アルノ。お前こそ、俺の足を引っ張るんじゃないぞ」
と、昔の調子で返してしまった。
「はは、そうこなくっちゃ」
昔のように笑うアルノ。
過剰評価とはいえ、俺を顧問に推してくれたんだ。アルノの期待を裏切るわけにはいかない。
何より、教え子が困っているなら助けてやらないと。
こうして俺は、アルノと共にダンジョンを攻略することになった。




