第22話 支援魔術師、死霊魔術師と戦う!!
廊下から出てきたのは、煌びやかなローブに身を包んだ骸骨の魔術師──リッチだった。
リッチはアンデッド系の魔物で強力な魔術を行使する。個体によっては人語を解すなど、他の魔物と違い知能の高い魔物だ。
牢屋から出てきたリッチは、眼窩に宿した赤い光をこちらに向ける。
「来る日まではここで身を潜めるつもりであったが……小賢しい人間め」
「来る日とはなんのことだ、リッチ?」
「リッチなどと我を呼ぶな。我は主より賜った、リゴルスという名がある」
主とは魔王の可能性がある。名を与えられるというのは、その魔王から並々ならぬ信頼と評価を得ていたということだ。
「どの魔王の手先だ?」
「魔王、ギスバール様。我の永遠の主……」
「ギスバール……」
かつてこの帝都を襲った魔王の名だ。勇者アレンが倒した魔王。俺も冒険者としてギスバールとの決戦を生き延びた。
レイナは淡々と訊ねる。
「その負け犬の弔い合戦をしよう、というところですか。虜囚に紛してまでとは、健気で泣けますね」
「ギスバール様は負け犬などではない!! 全ては我らが不甲斐なかったがため!! お前たちを帝国人の血肉を贄に、再びこの地に降臨していただく!! そして愚かな我らを裁いていただくのだ!!」
リゴルスは怒鳴り声を響かせると、杖を軽く振る。
すると周囲の魔物たちがむくむくと起き上がった。
「っ!?」
「死霊魔術、ですね」
レイナの言うとおり、これは死霊魔術。周囲の死体を使役する魔術だ。
「くっ!!」
ミアは咄嗟にゴブリンをメイスで叩く。
一度は倒れたゴブリンだが、また立ち上がった。
レイナがリゴルスに言う。
「倒しても、粉々にしなければ魔力でまた動かせる。悪趣味な魔術ですね」
「だまれ! 我が魔術は全てギスバール様から教えを受けたもの!! 侮辱は許さぬ!!」
リゴルスが杖を振ると、周囲の蘇った魔物たちが一斉に襲いかかってきた。
レイナはその魔物たちを斬り捨てて、皆に言う。
「皆、奴らは確かにタフですが、生きている時よりも動きは鈍い。適当にあしらい、あとは先生にお任せしましょう」
ミアはともかく近衛騎士たちは不安そうな顔だ。おっさん一人に任せていいのか、とでも言わんばかりに。
しかし、
「リッチは魔術の盾を使う。それを破るには、魔術しかない。この場で対応できるのはトール様だけです」
レイナの言葉通り、リゴルスは魔術の壁を使って攻撃を防ぐ。それを破れるのは、魔術だけ。
ルーナは先に地下闘技場の上に行ってしまったようで、俺しか対応できない。
レイナは蘇った魔物を斬りながら続ける。
「先生、私たちは“適当“にやります。その隙に!」
「分かった!」
そう答えると、レイナだけでなくミアや近衛騎士たちも戦い始める。
やろうとすれば魔物の四肢を切り落とせるはずのレイナだが、それはやらない。
──死霊魔術で蘇らせるのも行使するのも、馬鹿にならない魔力が要る。レイナは蘇った魔物をあえて復活できるようにして再び復活させることで、リゴルスが使える魔力を制限するつもりだ。
ここまでお膳立てをしてもらって負けるわけにはいかないな……
正面を向くと、リゴルスがこちらに杖を向けていた。
「忌々しい人間め!! 我魔術で灰となれ!!」
リゴルスの杖から放たれたのは極大の火炎球だった。以前のレッドドラゴンのものよりも強い。ギベルドの炎魔術の、百倍の威力はありそうだ。
だが、
「心配していたほどじゃないな──【水纏】」
俺は向かってくる火炎球に、水を纏わせる。すると、瞬く間に火炎球は蒸発した。
「っ!? 貴様!?」
「リッチならば、他にもっと得意な魔術があるだろう。遠慮することはない」
「き、貴様ぁっ!! 一発防げただけで、いい気になるなよ!!」
リゴルスは杖を向けると、闇雲に魔術を放ってくる。
「どうだ!? これが我が魔術だ! ギスバール様に教えを乞い、研鑽を積んだ魔術!! 防ぎようがあるまい!」
高笑いを響かせるリゴルス。
火、水、雷、風、闇──いずれも高威力の魔術だが。
俺がその魔術に有効な支援魔術を返すだけで、攻撃は防げた。
「火には水、水には氷、雷には土、風には風、闇には光。ただの魔術じゃこちらも読める」
「ば、バカにするなぁあああああ!!」
リゴルスは杖を天へと向けると、杖の先に黒い闇を宿らせる。
闇魔術か……光以外の全ての属性の魔術に優位性がある強力な魔術。
ただ、光魔術には弱い。
レイナが上手く魔力を奪ってくれたな──この程度なら。
「リゴルス。フェアな勝負じゃなくて悪いが、倒させてもらう」
「ほざけぇえええええ!!」
リゴルスは杖を振り下ろし、こちらに黒い霧を放ってくる。
「【シールド】──【光纏】!!」
前方に魔力の盾を展開し、それに光を纏わせた。
リゴルスの放つ黒い霧はその光の盾に触れ、吸い込まれるように消えていく。
「こんなはずはない! こんなはずはない!!」
やがてリゴルスはなりふり構わなくなったのか、他の魔物の使役と魔力の壁の展開を止め、全ての魔力を闇魔術に注ぎ込んでくる。
やはりというか、黒い霧は急に大きさを増していった。
だが、一方でリゴルスは無防備。
「──【ファイア】」
片手で【シールド】に盾を送りながら、もう片方の手で単純な魔術の火を放つ。
「ぐっ!?」
迫る火を防ごうと、慌てて闇魔術を放つのをやめるリゴルス。残った魔力で盾を展開し、【ファイア】を防ごうとする。しかし、こちら側には魔力不足で盾を展開できない。
こちらも【シールド】を解除し、手に白い光を宿す。
リゴルスはこちらに頭だけを向けた。
「ああ……ギスバール様──」
次の瞬間、リゴルスは極大の光線──聖魔術で消えた。
しかし、俺はまだ聖魔術を放っていない。
「あっ」
その声に顔を上げると、そこには杖を下に向けていたルーナがいた。
どうやらルーナが異変に気がつき戻ってきてくれたらしい。
すぐに聞いたこともないような声でレイナが怒鳴った。
「ルーナっ!!」
「ご、ごめん!! だ、だって流石にあの威力は防げないと思って!!」
慌てて謝るルーナ。
どうやら俺を心配してリゴルスを攻撃してくれたらしい。
ミアや近衛騎士たちはルーナの魔術を見たのか、目を輝かせている。
「あんなに小さいのに、すごい魔術!」
「宮廷魔術師の団長の娘でしょ!」
俺の口からもすごいと称賛が漏れる。
俺の聖魔術ではリゴルスを一撃では倒せなかっただろう。やはりルーナの魔術は別格だなあ。
そんなことを思っていると、近衛騎士の二人が俺にこう声をかける。
「おっさん、怪我ない?」
「おっさんも時間稼ぎ、頑張りましたね!」
「はは。皆が魔物を上手く惹きつけてくれたおかげだよ。魔物を蘇らせるの、すごい魔力が必要だからね」
俺が答えると、近衛騎士の二人はへえと呟く。
レイナといえば、呆れたような顔をしていた。
ここまでお膳立てしてもらったのに……期待に応えられなかったな。
愕然とするが、すぐにレイナは真剣な面持ちで灰となったリゴルスを見る。
「しかし、ギスバールの部下ですか……」
「もしかするとこいつも……やはり」
リゴルスの灰の山をかき分けると、そこには杖とローブ、そしてダンジョンコアがあった。
レイナはダンジョンコアを見て呟く。
「捕まった魔物に紛れ帝都に潜入。地下にダンジョンを造り帝都を城壁の中から攻める……最近の魔物たちの動きとも関係してそうですね」
「ああ。皆ギスバールの元配下で、帝都に復讐しようとしているのかもしれない」
それから、ギスバールを甦らせる……
「絶対に阻止しないと」
「ええ。ともかく、この地下闘技場の上を調べましょう。衛兵がすでに現場を押さえていると思いますが」
「ああ、そうしよう」
それから俺たちは地下闘技場の上にある商館を調べることにした。といってもほとんど衛兵が調査も逮捕も済ませてくれたので、俺たちの出番はほとんどなかった。




