第20話 支援魔術師、地下水道を調査する!
カルゴ森林のレッドドラゴンを討伐した翌日。
ミアに支援魔術を教えたあと、俺は宮廷魔術師の詰所にきていた。
レイナはテーブルの上に小瓶を置く。小瓶の中には、粉々になった宝石のようなものが入っていた。
「鑑定士に見てもらいました。やはり、ダンジョンコアの破片で間違いないようですね」
「そうか」
小瓶の中の宝石は、ダンジョンコアの残骸だった。
レッドドラゴンはカルゴ森林にこのコアを持ち込み、ダンジョンを建設しようとしていたのだろう。コアを設置した魔物はそのダンジョンの主人──ダンジョンボスとなる。
「元々、魔物はなるべく人の多い地域にダンジョンを造る傾向にありますが……」
「何故か強力な魔物が集まってきている──というよりは、誰かが送り込んでいるのかもな」
魔物たちにも上下関係があることで知られる。特に、魔王と呼ばれる魔物の長は、数万もの魔物を従え侵攻してくることすらあるのだ。
人間国家の中でも最大の勢力を持つ帝国。その首府である帝都を狙うのは戦略的にも悪くない気はする。
「どのみち、やることは変わらない。弱いうちにダンジョンを潰すか、昨日みたいにそもそもダンジョンを作らせなければ、敵も侵攻を諦めざるを得ない」
「はい。殿下にも一応この件は報告しておきました。各方面に、より一層ダンジョン攻略と破壊に力を入れるよう伝えるようです。あと、師団長もこの件で留守にしているようですね」
「おお。さすが師団長」
名前も顔も知らないけど。
まあ、ルーナの親だけあって魔術の腕は確かなはずだ。
「エレナ殿下も仕事が早い……とはいえ、皆が頑張るならこっちに回ってくる仕事が」
「難しい話ですね……でも今日は、依頼があるみたいですよ」
「本当だ」
掲示板にはそれなりに依頼が残っている。
ルーナは戻ってきたが、まだ本調子ではないのだろう。恐らく休息を取っているのだ。
席を立ち上がり、何かいい依頼がないか見てみる。
「帝都地下水道の調査、か」
どうやらこの数日、帝都の商業区の地下から悲鳴が聞こえてくるらしい。
帝都の地下には、数千年前に造られた地下水道が今も現役で使われている。しかし一部は崩落したりして、使われれていない区域などもあるようだ。
レイナも依頼を見ながら続ける。
「冒険者、衛兵、近衛騎士団などもすでに調査に参加しているようです。しかし、声の正体は未だ判明せず、ですか」
「もし魔物が水道に何か小細工でもすれば大変なことになる……これは見過ごせないな」
「では、行きましょうか。声のする地域は、商業区の地下だそうです」
「ああ」
俺たちは商業区まで向かい、地下水道への階段を下ることにした。
降りるとそこは真っ暗な石造りの廊下。すぐ近くから水の流れる音が聞こえてくる。
レイナは自分の顔に手を向けて言う。
「ここは【夜目】の出番ですね」
「ああ。暗いから気をつけて進もう」
俺とレイナは暗い場所でも周囲が見えやすくなる【夜目】をかける。
だんだんと周囲が明るく見えてきた。水が流れる水道の両脇を石造りの通路が挟んでいるようだ。両脇の通路を行き来するための橋も、等間隔で架けられている。
「暗い割には綺麗だな」
水道にはゴミが散乱しているわけでもなく、家のない人々が暮らしているわけでもない。地下水道の入り口には見張りが立っており、侵入を拒んでいるからだ。
レイナが答える。
「基本的に一日に一回、衛兵たちが全ての水道を見回ります。家のない方には公共の施設を案内しますし、魔物がいればすぐに分かりそうなものですが」
「もしかすると、目に見えないアンデッド系の魔物が迷い込んだのかもな」
「その可能性はありますね」
「必ず正体を見つけよう」
そうして俺たちは地下水道を進むことにした。
俺は歩きながらレイナに言う。
「ずっと言おうと思っていたんだが……」
「先生、こんな場所で告白ですか?」
「揶揄うんじゃない……そうじゃなくて後ろからずっと誰かが。ほら、階段を降りてきた」
魔力の動きでわかる。誰かが俺たちを追ってきているのだ。
しかしレイナは涼しい顔で答える。
「先生の教えを乞いたいようですよ」
「お、俺の教え!? ミア、じゃないよな」
いや、昼前に別れる時、任務があると言っていた。
それに結構な魔力の持ち主。しかし何か魔道具を身につけているのか、形までは分からない。
「ともかく、害はありませんのでご安心を」
「そ、そうか」
しかし、まさか俺の支援魔術を学びたいとは……嬉しいなあ。
「言ってくれればいつでも教えるのに」
「恥ずかしいんですよ」
まあお試しというところだろう。本当に俺の支援魔術が学ぶに値するものなのか、見極めるつもりだ。
「よし……! 頑張るぞ!」
「先生、その意気です!」
そうして地下水道を意気揚々と進んでいったのだが。
「広いな……」
「外周を歩くだけでも、半日かかると言われますからね。しかし、何もない」
もうかれこれ三十分ほど商業区の地下を歩いているが、声など聞こえない。壁にも床にも怪しい箇所は何も見当たらなかった。
「私は永遠に先生とこうして歩いているだけでもいいのですが……」
「俺はそろそろカビの匂いがキツくなってきたよ……」
後ろの子も退屈しているだろう……これじゃあ活躍を見せるなんて夢のまた夢だ。
そうして歩いていると、やがて前方から灯りが見えてきた。
鎧の者たちが三名──女性の近衛騎士たちだ。中には、ミアもいた。
「ミア!」
声を上げると、近衛騎士たちは体を震わせる。
「ああ。あっちはまだ見えてないか」
近づき姿を表すと、先にミアが声をかけてきた。
「と、トールさん!」
ホッとした様子のミア。
他の二人も少しすると、俺を見て何かに気がつくような顔をする。
「え、じゃあこの人がミアが言ってた」
「どんな美男子かと思ったらおっさんとは」
短い青髪の子と長い緑髪の子は、俺を興味深そうに見てきた。美男子じゃなくておっさんで悪かったな……
ミアは慌ててその二人の口を手で塞ぐ。
「ば、馬鹿! トールさんはそんなんじゃない! と、トールさんもこちらに来られてたんですね!」
「ああ。ミアもここに来てたか。まさかこんな場所で会うなんて」
俺が答えると、レイナが訊ねる。
「ミアも、謎の声の調査で?」
「ええ。騎士団長が帰る前に、なるべく帝都の問題は片付けておこうってヴェルガーさんがね」
「そうでしたか。それで、何か異常な箇所は?」
「それが……この入り口から私たちは歩いてきたんだけど、声も聞こえなければ怪しい箇所も見えなくて」
ミアはそう言って地図を出す。
レイナは地図を見ながら呟いた。
「私たちの歩いてきた場所と合わせると、ほぼ全域回ったことになりますね」
「俺たちも声は聞こえなかったな」
時間の問題だろうか……
俺はもう一度地図を見る。
「うん? このバツ印は?」
「そこは崩落現場を倉庫に建て替えた場所ですね。地下水道を清掃するための用具が置かれています」
レイナはそういうと、俺に訊ねる。
「確かに、何か隠れているかもしれませんね」
「ああ」
そう答えるが、ミアたちはこう答える。
「でもあたしたち、その倉庫さっき見てきましたが特に」
「とはいえ、そこぐらいしか怪しい場所はない」
レイナの声に頷く。
「もう一度、見てみよう」
そうして俺たちは、件の倉庫に向かった。
一面灰色の地下水道に突如現れた金属製の扉。その向こうには、モップやら水桶やらが置かれた倉庫があった。テーブルやら椅子など、休憩できる家具も置かれている。
レイナが周囲を見渡しながら呟く。
「地下水道を清掃する者たちは、月一回ここを訪れるそうです」
「それ以外は基本開きっぱなしか」
何かを隠すにはちょうどいい。
「うん? 向こうのほうに魔力の反応があるな」
壁のはるか向こうに曖昧だが魔力の反応がある。
「ここは【魔視】を使うか」
しかし、【魔視】を以てしても魔力の形は捉えられない。
「まあ、逆を言えば、何かある証拠だ」
よく目を凝らし、壁を見てみる。すると、小さな魔力の鍵穴のようなものが石壁に見えた。
「鍵があるな」
「か、鍵? 何も見えないですけど」
ミアがそういうのも無理はない。非常に小さい上に、魔術で隠されている。
「【魔光】……これで見えるかな?」
「本当だ、鍵穴が!」
驚くミア。
「トールさん、さっすが!」
「ミア、こんなのは先生にとって朝飯前ですよ」
そう話すレイナの横で、近衛騎士二人も口を開く。
「すっご。ただのおっさんじゃないんだ」
「ミアの話も嘘じゃなかったんだ。悪いおっさんに騙されていると思った」
おっさんおっさん聞こえるが、今はそれよりも大事なことがある。肝心の鍵がない。
「ううむ。解錠は得意じゃないから、無理やり開けよう。【魔撥】──」
鍵穴周辺に魔力を供給を阻害する【魔撥】をかける。これで魔道具の魔力を奪えば開くのではと考えた。
「ミア、扉を開けてくれるか?」
「は、はい!」
ミアは石壁を押してみる。
すると、ゴゴゴっと地響きを立てながら石壁の一部が押されていく。
よし、成功だ。そこまで強力な魔道具じゃなかったようだ。
ミアが壁を押し切ると、一本の石造りの通路が目の前に現れる。
「隠し通路が!?」
「やっぱり何か隠していたか……進もう」
俺はそう言って石造りの通路を進んでいく。
やがて通路の先から、微かな光が漏れてきた。
光のほうへ出ると、そこは……
「ここは……」
そこにあったのは、鉄柵でできた監獄だった。




