第19話 支援魔術師、ドラゴン退治を指南する!
「なんで……こんなところにドラゴンが!?」
空からやってくるレッドドラゴンに、ルーナは目を丸くする。
全身を赤い鱗で覆われたトカゲに、蝙蝠のような翼を生やしたような見た目──魔物の中でも最強種と謳われる、ドラゴンだ。主に、Aランク以上の冒険者が討伐するような魔物。
そんなに大きくないから、まだ子供だろう──
レイナは怯えるルーナの様子を見て、こう訊ねた。
「あなたが戦っていたのはあれじゃないんですね」
「レッドリザードだった……まさか」
ルーナは顔を青ざめさせる。
「仲間を呼んできたってことだな」
俺の言葉のすぐ後に、地響きがやってくる。森の向こうからレッドリザードが数体やってきた。
「くっ……一体だけでもきつかったのに。あんたたちは逃げなさい」
杖を構えて言うルーナ。
「大丈夫だ、ルーナ。俺も戦う……というよりは、多分俺が魔力を発したから呼び寄せてしまったのかもしれない」
「あ、あんたなんかじゃ戦力にならないわ! 支援魔術なんかじゃ奴らは」
「ああ。だから、俺が君を支援する。そうすれば確実に勝てる」
「あんた……ドラゴンよ? 本気?」
「本気だよ」
俺が答えるとレイナが刀を抜く。
「先生、地上はお任せを。先生はルーナを」
「分かった……時間を稼いでくれるだけでいい。レイナも支援が必要なら言ってくれ」
「先生の手は煩わせません!」
そう言って風のようにレッドリザードに向かうレイナ。
「さあ、ルーナ。俺たちはまずドラゴンを倒そう。それからレイナを」
「わ、分かっているわよ! 私の魔術で、あんなの叩き落としてやる!」
ルーナは杖に青い光を宿すと、巨大な氷弾をレッドドラゴンに放つ。
氷魔術は炎に強い。レッドドラゴンが得意とする炎のブレスにも有効だ。
にもかかわらずレッドドラゴンはブレスを出して迎撃する。
案の定氷は完全に溶けず、レッドドラゴンの胴体を直撃した。しかし、レッドドラゴンはよろめきもしない。
子供とはいえドラゴンだ。真正面から戦っても勝てる相手じゃない。
レッドドラゴンはすぐにまた火炎を吐き、こちらを攻撃してくる。
「くっ! 【シールド】!」
ルーナは魔力の盾でドラゴンの炎を防ぐ。
俺はその【シールド】に【水纏】をかけ、さらにドラゴンの炎の勢いを弱めた。難なく、ブレスを防ぐ。
「……まだ若いな」
「う、うっさい! あんたは、おっさんのくせに!」
頬を膨らませるルーナに、俺は咄嗟に答える。
「ご、ごめん! ルーナじゃなくてドラゴンのことだ。普通なら避けて、隙を窺ったほうがいいのに」
ドラゴンはプライドが高い。若い個体ほど、自身の魔力や体術でゴリ押そうとしてくる。
ルーナもまた、高威力の魔術でやつを倒そうとしたので、似たところはあるが……まあ人も魔物も若い時は自分の力を過信するものなのだろう。俺もそうだった。
やがてドラゴンは炎を吐くのをやめ、俺たちの頭上を飛び抜ける。
ブレスで失った魔力を回復するため、一度離脱するつもりだ。
「ルーナ。ドラゴン種の鱗はどんな魔術でもなかなか貫通しない。元々硬い上に、鱗に宿った魔力が魔術を防ぐ」
「それぐらい……知っているわよ。だからどうするのって話でしょう?」
「急所を突く。ドラゴンには首の下には逆鱗という弱点がある。光る宝石のようなものが見えるだろ」
「あ、あれを? あんなのどう狙うのよ」
ルーナの言う通り、簡単に狙える場所ではない。
逆鱗は人の掌ほどの大きさしかなく、ドラゴンはバタバタと大きく体を揺らしている。飛び回っているときに狙うなら、よほどの狙撃の腕がなければ当てられないだろう。
しかし、
「支援魔術なら、できる」
俺は、再びこちらに回頭したレッドドラゴンへ手を向ける。
「もう一度、ブレスを防いでくれ。やつがブレスで魔力を消費した後、俺がやつを止める。その隙を突いて、ルーナが逆鱗を攻撃するんだ」
「私の魔術ならその必要はないと思うけど……今回だけは従ってあげる」
そう言ってルーナは、向かってくるレッドドラゴンに杖を向けた。
今度はレッドドラゴンから仕掛けてくる。極大の火炎ブレスがこちらに迫ってきた。
ルーナは【シールド】を、俺は【水纏】を使い、そのブレスを防ぐ。
「──今だ!」
やがてブレスが途切れると、俺はドラゴンの翼に【魔撥】をかけた。
ドラゴンはブレスで魔力を消費している。更にそこへ魔力の供給を止めれば、魔力を要する魔術耐性を維持できなくなる。
つまり今のレッドドラゴンの翼には魔術の耐性がない。魔術が通るのだ。
俺はすかさず、翼に【遅延】をかける。
ドラゴンはそのせいか、翼をゆっくりしか動かせない。徐々に落ちる中、必死に空に留まろうとするが──
「ルーナ、外すなよ!」
「私を馬鹿にすんな! ──【ライトニング】!」
ルーナは杖に黄色い光を宿すと、雷魔術の稲妻をまっすぐにドラゴンの首の下へと飛ばす。
「GUAAAA!」
雷魔術を受けたドラゴンは悲鳴を上げ大きく体をのけ反らせると、そのまま一直線に地上に落下する。
その間も、ドラゴンに魔力を集めさせないよう【魔撥】をかけ続ける。
しかしドラゴンもタフ。
地面に叩きつけられても体を起こし、今度は腕を振るおうとやってくる。
だが、ここまでくれば勝負はついたも同然。
「──【不動】」
ドラゴンの体に重さを与え、動きを止める。
「ルーナ」
「指図しないで──【サンダーストーム】!」
黄色い光を宿した杖を前に向けるルーナ。
すぐにドラゴンの鱗に、ビリビリと無数の稲妻が放たれた。
「GUAAAAA!!」
悲鳴を上げ倒れるドラゴン。
その傍には、砕けた宝石のようなものが落ちていた。拾ってみると見覚えがある。
「これは……ダンジョンコアの破片?」
一方のルーナはドラゴンを見て、目を丸くしている。
「か、勝った……ドラゴンに」
「見事な魔術だった、ルーナ」
「う、うるさいわね。私の魔術なら朝飯前よ! そんなことより、メガネを助けにいくわよ……ってあれ」
唖然とするルーナの視線の先には、すでに鱗を剥かれ横たわるレッドリザードと、その牙を剣で切断するレイナがいた。レッドリザードは全滅していた。
レイナの剣技……やっぱり格好いいな。というか、一人で全て倒すとは。やはり天才だ。
一人興奮していると、レイナは昨日鍛冶屋で打ってもらった新しい剣を掲げながら言う。
「先生! 牙と鱗を集めて今向かいます!」
「あ、ああ。こっちもドラゴンを解体する! ルーナ。ドラゴンとリザードの鱗や牙は高く売れる。運んであげるから、水洗い頼めるか?」
「え、あ、う、うん」
そうして俺たちは解体を終え、魔物から使えそうな素材を回収する。ダンジョンコアの破片らしきものも調査のため持ち帰ることにした。
その後も森が安全か調べ、帝都に帰還するのだった。
帝都に帰ってきた頃にはもうすっかり夜。
一旦宮廷魔術師の倉庫にドラゴンやリザードの素材をおき、後は解散というところだ。
「よし、今日も一日頑張った──あたっ」
【自然治癒】をかけて黙らせていた俺の足が悲鳴を上げる。でこぼことした森を走ってきたのだから当然か。
そんな俺に、レイナが優しく微笑んでくれる。
「先生。後でお部屋で足を揉んで差し上げますね」
「い、いいって! レイナは自分の勉強とか色々あるだろ」
俺に付き合わせたのだ。ルーナは三人で素材を山分けしようと言ってくれたが、本来報酬もないのにこれ以上は悪い。
そんなことを思っていると、ルーナがこんなことを口にする。
「……てあげる」
「え?」
ゴニョゴニョとしてよく聞こえなかった。
ルーナは顔を赤くしながら言う。
「私がいい浴場知っているから、教えてあげるって言ってんの!」
「浴場……!」
風呂……自室にもあるが、広い風呂には広い風呂にしかない魅力がある。
「併設の食堂のご飯も美味いし……今日は、私が宮廷魔術師の先輩として奢ってあげるわ! ……どうなの、行くの!?」
ちょっと怒りっぽく聞いてくるルーナ。
もちろん、行くに決まっている。疲れたおっさんにとってのオアシスだ!
「俺は、ぜひ行かせてもらう!」
「私も先生が行くなら!」
ルーナはふんと背を向けると、トコトコと歩き出す。
「先輩についてきなさい」
そうして俺たちは浴場へと向かうのだった。
〜〜〜〜〜
「ああ、疲れが取れる」
空を見上げれば満天の星空。トールは今、帝都でも有名な浴場の露天風呂にきている。
「お湯に回復効果のある魔力が混じっているとか……食事も生の魚とか食べたことがなくて美味しかったな」
更にこの時間は人が少ないのか、だいぶ静かだ。まさに至福の時間──トールは露天風呂を満喫していた。
一方で、壁一つ向こうには亜麻色の髪の女性と、紺色の髪の少女が少し離れて風呂に入っていた。
紺色の髪の少女──ルーナはお湯に肩まで浸かり、亜麻色の髪の女性──レイナを見ていた。
ルーナはレイナの美貌に見惚れていた。自分も同世代の中では可愛いと自負していたが、足元にすら及ばない。ここまでの美人は皇女エレナを除いて見たことがない。それほどの衝撃だった。
レイナは目を閉じながら呟く。
「何さっきから人の胸ジロジロ見ているんですか」
「べ、別に! た、ただ、あんた只者じゃないなって」
ルーナが口にしたのは決してその場しのぎの嘘ではない。
自分が三十分も激戦を繰り広げてなお倒せなかったレッドリザード。それを四体、一人で数分の内に片付けた。
「……何者なの、あんた?」
「先生の“最初“の教え子です」
「先生ってあの……頼りなさそうなおっさんのこと?」
「世界で一番格好いい男、の、間違いでしょ」
「お、おう……」
レイナの少し怒るような口調に、ルーナは少し引き気味に答えた。
「あなたも頼りなさそうと言う割には、帰り道ずっと先生を見て顔を赤らめていたじゃないですか」
「べ、別に」
「先生はああ言いましたが、あなたを心配して来たんです。間に合ってよかったわ。死にたくないなら、慎重になりなさい」
「……」
レイナの言葉に黙り込むルーナ。
ルーナ自身、今回の戦いは反省すべきことばかりだった。戦においては魔物の弱点も把握せず闇雲に高威力の魔術を放ち、移動においては森で何を食すべきかも目印の重要性すらもわかっていない。
「……私だって反省しているわよ」
自分は未熟──ルーナもそれは痛感していた。
また、それとは別にトールの使う魔術に強く惹かれていた。
幼少時から魔術の英才教育を受け、七、八歳の時には大人でも難しい魔術を操ってみせた。
それが数日前、うだつの上がらない男に負けてしまったのだ。
悔しくないわけがない。しかしその一方、未知の魔術への好奇心も生じた。
……ドラゴンの動きをああも簡単に止めてしまう。トールは、もしかしたら父よりも優れた魔術師かもしれない。
ルーナの複雑な思いを察したかのように、レイナがこう伝える。
「先生はお優しい方です。もし先生の魔術を学びたいなら、頼めばいつでも教えてくれますよ」
「し、支援魔術なんて私が学ぶわけないでしょ! そんなことより、話逸らさないでくれる! あんた、実は凄腕の冒険者とかなんかでしょ?」
「本当にただの先生の教え子ですよ。他の私は、仮面にすぎない」
「……よっぽどあの男のことが好きなのね。で、でも、結婚とかはしてないんでしょ?」
興味津々といった顔で問うルーナに、レイナは思わず笑いを漏らす。昔、自分もそんな質問をしたのを覚えている。
レイナはここ数日、ルーナを見て昔の自分を思い出すことが多かった。
「な、何笑っているのよ!」
「ごめんなさい……ただちょっと可愛いなって」
「か、か、可愛い!? わ、私はそういう趣味は!」
顔を真っ赤にし、胸を隠すルーナ。
一方のレイナは夜空を見上げながら呟く。
「結婚……先生が望まれるならもちろん。ですがそれ以上に私は」
かつてのトールに戻ってほしい──自信に満ち溢れ、仲間と競い合っていたあの時のトールに。
レイナの視線の先には、煌めく星々──勇者アレンにちなんで名付けられた勇王座が映っているのだった。




