第16話 支援魔術師、食事に誘われる!
ウルヴァン村を出るとすぐ、ミアがこんな提案してきた。
「あの、トールさん」
「うん?」
「よかったら、【加速】と【俊敏】だけでも支援魔術を教えてくれませんか?」
支援魔術を、教えてほしい……!?
「おお! もちろんだ! なんならミアが使えそうな【鉄壁】も【不動】も教えるよ!」
思わず声を上げてしまった。なんだか恥ずかしい。
しかしミアはそんな俺に満面の笑みで答えてくれる。
「ありがとうございます! トールさんには絶対に敵わないでしょうが、自分の身は自分で守れるようにしたいんです」
「ああ。支援魔術は自分にも使える。剣の扱いが下手な俺でも、さっきみたいにいくらかマシには動けるようになるんだ」
「下手なんて……ご謙遜を」
「下手だよ……俺は昔から何をやっても不器用でね……あっと、ごめん」
ついついつまらない自虐を聞かせるところだった。おっさんの自虐ほど反応に困るものはない。
しかし、ミアはこんなことを言ってくれた。
「トールさん……もしよければ、今夜一緒にお食事などいかがですか?」
「俺と?」
「あ、えっと。私帝都にきたばかりで、ど田舎に住んでいたものですから。よかったら帝都の美味しいお店教えてほしいなーって」
「な、なるほど。でも、ごめん」
「……そ、そうですよね。あたしみたいな汗臭い女と一緒なんて……」
ミアは残念そうな顔で答える。
「い、いや、そうじゃなくて俺も帝都にきたばかりで全然店分からないんだ」
それもあるし、ミアのような美人が俺みたいなおっさんと二人きりで飯なんて必ず浮く。
慌てて答えると、後ろから安心感を覚える声が響いた。
「あら。なら、私がいいお店を紹介しますよ」
「レイナか」
「い、いつからそこに!?」
振り返るとそこにはニコニコと笑うレイナがいた。ミアは驚いているが、俺はわかっていたので驚きはない。
「料理の味良し、雰囲気良し。サービス良しの、三拍子揃ったお店です。せっかくですし今からいきましょうか」
機嫌の良さそうな表情から察するに、今日の俺の働きはレイナを失望させずに済んだようだ。
「お、レイナは帝都に詳しいもんな。せっかくだし、レイナのいう店に行ってみようか?」
「私も一緒でいいんですか?」
ミアが訊ねると、俺もレイナももちろんと首を縦に振る。
「あ、ありがとうございます! 私帝都に来てからそういうの初めてで!」
「かくいう俺も初めてだ。レイナには色々お世話になったし、ミアには試験の恩もある。今日は俺が二人に奢らせてくれ」
そうして俺は、レイナとミアと共に帝都の飯屋に行くことにした。
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中庭に小池がある洒落た飯屋。
看板メニューは串揚げ。魚串はふんわり、野菜串はホクホク、肉串は肉汁が溢れてくる。野菜と果汁を煮詰めたソースも甘すぎず辛すぎずいい塩梅だ。
何より薄い衣でまったく脂っこくない。揚げ物がきつくなってきた俺でもパクパク食べられる。
と思ったが──
後になって胃がもたれてくる。美味しいからと色々な串を頼み食べすぎた。レイナやミアが、美味しかったと勧めてくる串も片っ端から平らげたからな……
つい若いころと同じようにガツガツ食べてしまった。
「うぷっ……うっ」
一方のレイナとミアは俺以上に食べながら、話を弾ませている。
「へえ! じゃあトールさんは、レイナの先生なんだ! いいなあー! 私も大学行けたらなあ」
「そうでしょう、そうでしょう。先生の講義はわかりやすく、そしてためになる……ミア、なかなか見る目がありますよ」
「というよりは、トールさんの魔術を見れば誰でも惚れますよ」
「ミア、違いますよ。そもそも先生を一目見れば、誰でも惚れるはずなんです」
「ええー? 最初は頼りなさそうじゃなかった?」
「そこも含めて先生の魅力なんです!」
「それ褒めてんの? まあ、たしかにそういうのも」
腹がパンパンで二人の話が耳に半分も入ってこない。
俺の支援魔術は評価してくれているみたいだが、帝国で可愛がられている愛玩動物の話でもしているんだろうか……うぷっ。
ともかくここでみっともない姿は見せられない。こんな場所で戻せば、せっかく守り抜いたレイナからの評価を失う。ミアも唖然とするだろう。
席を立ち上がって俺は言う。
「ふ、二人とも。ちょっと夜風に当たってくる」
「あ、なら私たちも」
「い、いいんだ。せっかくだし、二人はそのまま楽しんでくれ」
そうして俺は一度店の外に出た。
動いて夜風に当たると、多少はマシになる。
「ふう……美味しいお店だったな。でも、これからは食べる量、気をつけよう。というか運動不足なんだろうな。脚も攣ったし」
健康のためだ。もう少し、付近を散歩しよう……うん?
近くには噴水があった。その噴水の中心には、大きな像が立っている。
「勇者アレン……」
像は、俺が昔冒険者として共に戦ったアレンのものだった。今となっては帝都だけでなく、帝国の各地にアレンの像が建てられているようだ。
今日のダンジョンといい、懐かしさが込み上げてくる。
しかし同時に──頭が思い出すことを拒否する。
俺はまるで逃げるように、アレンの銅像に背を向けるのだった。
〜〜〜〜〜
今日の先生も格好良かった……と。
エレナは今日もトールに関する日記を書いていく。
「やっぱり戦っている時の先生は人が変わったように格好いい……ああ、ボケっとしている先生ももちろん格好いいのだけど」
トールの戦いをまるで宗教画のように仰々しく描きながら、エレナは呟く。
「私の助けがいるかも……そんなことを少しでも思った私はまだまだですね」
エレナは次に盾を構えるミアを描く。
「先生を慕う者もさっそく出てきた。洗練されてないけど見目麗しい、一人でも立ち向かう勇気もある、粗削りだけど技量もある。将来は先生のよき妻、友となるかもしれない。私も気に入ったわ。支援魔術を教わるなら私の初めての後輩になるかしら」
満足そうな顔のエレナ。
しかし、最後のアレンの像を見上げるトールを描き終えると、顔が曇った。
心底寂しそうにアレンを見上げるトールがポツンと描かれている。脚色も誇張もなく、エレナ──レイナが見たそのままのトールだった。
「先生はアレンや仲間の話をいつも避けようとする。アレンや仲間について訊ねても、強かったとか、いい奴だったとか、表面的な話ばかりですぐに話を切り上げる」
エレナは書き終えた日記のページを珍しくすぐに閉じると、こう呟いた。
「アレン──なぜ、先生を追放したの? あなたほどの者が、何故あのトールを」
窓から帝都の夜景を眺めるエレナ。その視線の先には口を閉じたアレンの像が剣を掲げ立っていた。
「今となっては知る由もない、わね」
でも、とエレナは続ける。
「いつか、先生が語ってくれるかもしれない」
トールにとって、過去を語るに値する人物になろう──エレナはそう心に誓うのだった。




