第13話 支援魔術師、ダンジョンに入る!
朝の食堂。
食事を済ませた俺は椅子の上で背伸びした。
「……さぁて、今日も行くか」
「はい! 今日も頑張りましょう」
元気よく応じてくれるレイナ。この笑顔だけで一日頑張ろうという気になる。
しかし昨日のこともある。なんとも心配だ。
「レイナ……無理してないか?」
「ご心配なさらず、昨日も先生に介抱を……ふふっ」
顔を赤くするレイナ。やはり心配だ。
「大学から帝都にも急ぎで帰ってきたんだろう? 一日でも休んだほうがいい」
「し、しかし……いや」
一瞬沈黙するレイナ。やがて、こう答えた。
「分かりました……では、今日だけは一日お休みさせていただきます」
「それがいい。ずっとレイナに甘えっぱなしってわけにもいかないから、一日と言わずゆっくり休んでくれ」
「先生……本当にお優しいですね。ともかく今日だけゆっくりさせていただきます」
俺はこくりと頷くと、一人宮廷魔術師の詰所へと向かった。
詰所に着き掲示板を見る。
だが昨日よりも明らかに依頼が減っていた。
「うん? 帝都周辺の依頼が軒並み消えている……」
俺は後ろに振り返り、カードゲームに興じる宮廷魔術師たちに声をかける。
「忙しいところすまない。仕事がずいぶん減っているようだが」
宮廷魔術師たちはカードゲームをしながら答えた。
「お前が昨日依頼に出た後、エレナ殿下が戻られたと聞いて皆依頼をし始めたんだ」
「なかなか帝都に戻られないエレナ殿下に、何かいいところを見せたいってことよ」
「俺からすれば、無駄な足掻きだと思うがね」
「ああ。エレナ殿下ほどの方に見合う男など、我々宮廷魔術師の中にはおるまい」
なるほど。皆、エレナに気に入られようと仕事を頑張っているのか。
エレナも帝都に帰ってきたばかりとか言ってたが、多忙な人なのだろう。
宮廷魔術師たちはこうも続けた。
「あとはルーナのやつもともかく黙々と依頼やら仕事してんな」
「話しかけられたら睨まれたぞ」
「ベーダンがクビになったから頑張ってんじゃねえの?」
「ルーナはともかく、ベーダンが仕事をしているのを見たことはないが……」
やがて一人が顔を向けて言う。
「そんなに金に困っているなら、近衛騎士団の本部を覗いたらどうだ? 向こうも仕事ない時は、こっちを見にくる」
「それはいいことを聞いた、ありがとう」
そうして俺は、近衛騎士団の本部に向かうことにした。
建物自体は宮殿や宮廷魔術師の建物と似たような雰囲気。扉を開いてもやはり豪華な家具や調度品が置かれている。違いといえば騎士団らしく武具が飾られているぐらいか。
近衛騎士たちがテーブルを囲んで談笑する中、俺は掲示板へと向かう。
「こっちも同じ感じ……やっぱり帝都周辺の依頼は少ないな」
……仕方ない。宮廷魔術師の詰所に戻るか。
そうして近衛騎士団の本部を出ることにした。
だが、途中で聞き覚えのある名を耳にする。
「あのミアって子大丈夫かな」
「ボルダスたちは平気で仲間を置き去りにするからな」
「そもそも、ボルダスにCランクダンジョンの任務はまだ早い。Bランクの冒険者がなぜか攻略できないダンジョンだというし」
近衛騎士が数名、テーブルを囲みボードゲームをしながら話し合っていた。
「まあ、自業自得だろ。新参のくせにヴェルガーさんから一本を取ったなんて嘘を吐くんだから」
「とはいえ、ボルダスは自分より新入りが手柄を立てると、すぐ潰しにかかるからな」
「ああ、ボルダスのやり方は見過ごせない。一応、ヴェルガーさんに伝えたほうがいいんじゃないか?」
どうやらミアは危ない連中と一緒らしい。
一昨日は俺の試験に協力してくれた……心配だ。
「……すまない。そのミアたちはどこに?」
「なんだ、お前? 宮廷魔術師か?」
近衛騎士の問いに俺は答える。
「ああ。ミアにはその……恩があってな」
「ふーん。まあ、俺たちも心配していたところだ。心配なら見にいってくれ」
近衛騎士はそう言って、卓上の地図に指を向ける。
「帝都東の、ウルヴァン村の近くにできたCランクダンジョンだ。冒険者ギルドで余裕に片付けられるダンジョンのはずだが、内部が複雑なのかもう一ヶ月も攻略できていない。だから調査依頼が近衛騎士団に回ってきたんだ」
「東のウルヴァン村だな?」
「ああ。だが、行くなら気をつけろよ。何せ、冒険者が二十人以上も死んでいるダンジョンだ」
「ありがとう、気をつけるよ」
そうして俺は、ウルヴァン村のダンジョンを目指すことにした。
徒歩で東の街道を三時間。
切り立った崖を背にした集落が見えてきた。
集落の入り口にはウルヴァン村と記されているが、無人のようだ。付近にダンジョンができて避難しているのだろう。
ダンジョンはあれだな……
付近には石切場のように岩が露出した場所があった。そこに地下への入り口のようなものが見える。
ダンジョン、というのは魔物の住処だ。ダンジョンコアという別世界との入り口を中心にできた構造物で、魔界から魔物を召喚し人里を襲う前哨基地となる。
ダンジョンコアはすでにこの世界にいる魔物が作り出すと言われ、魔物がそれを設置しダンジョンができる……というわけだ。
ダンジョンを放置すると、中を守る魔物も設備もさらに強力になっていく。冒険者ギルドはその強さの具合をSSS、SS、S、A、B、C、D、E、Fと格付けしていた。SSSが一番強力で、Fが最弱だ。
ちなみに冒険者のランクとも対応している。Cランクダンジョンともなれば、それなりに経験のあるCランク冒険者が挑むべきダンジョン。
「Cランクダンジョンで苦戦したことはないが……一人で挑むとなると話が違う。心して
かかろう」
そうして入り口に向かう俺だったが、どうにも後ろが気になる。
振り返って確認するも、誰もいない。
だが、魔力の反応がある。
俺は【魔視】という魔力の形を鮮明にする支援魔術をかける。
長い髪にすらっとした体型……おそらく、レイナだ。支援魔術を使って身を隠しているのだろう。
今日は休むように言ったのに……いや、これはもしかしたら。
俺の実力を見極めようとしているのかもしれない。レイナほどの剣士だ。昨日の俺の魔術を見て、案外しょぼいと思ったのかも。
まずい。名誉挽回しなければ……!
そうして俺はダンジョンへと進む。
まずは【暗視】という支援魔術をかける。暗い場所でも周囲が見えるようにする魔術だ。
そして次に先ほども使った【魔視】。壁越しでも魔力の形がわかる。
この二つでとりあえず索敵は問題ない。
ダンジョンへの階段を降りると、一本道が続いていた。分かれ道まではまっすぐ進んでいけば良さそうだ。
そう考え進んでいると──
目の前に、崩れた鎧が無数に現れる。鎧には微量の魔力が宿っていた。
その向こうから、がしゃんがしゃんと大きな音が響く。
目の前に現れたのは大きなプレートアーマーだった。
頭は兜で見えないが、冒険者でも近衛騎士でもないだろう。
「リビングアーマーか」
鎧を依代にして動く霊の魔物だ。剣や盾など、近接武器を持って戦う。
ダンジョンでは、近い種の魔物が共に暮らしていることが多い。となると、このダンジョンはいわゆるアンデッド系の魔物が多いのだろう。
やがて崩れていた周囲の鎧も、人型となって立ち塞がった。
「これは……トドメを刺していなかったな」
アンデッドは核を破壊しなければやがて蘇ってしまう。リビングアーマーでいえば、内部の霊体を破壊しなければならない。
「全部で五体はいるか──一気にやらせてもらう」
剣や斧を構え近づいてくるリビングアーマー。
奴らをやるには、まずは鎧を破壊し内部の霊体を露出させる必要がある。
しかし、俺は攻撃が得意というわけではない。
俺はそんなリビングアーマーたちに、重量を重くする【不動】と、動きを遅くする【遅延】をかける。
ガタガタとゆっくり動くリビングアーマー。
これで鎧の隙間を狙いやすくなった──あとは聖属性の魔術で内部を直接叩くだけ。
「──【聖光】!」
手を前に向け、兜にある目の穴の部分に光球を放つ。
光弾を喰らったリビングアーマーは内部から青白い光を漏らすと、その場でバタバタと崩れていった。
「よし。この調子で先に進もう」
そうして俺はダンジョンの奥地へ向かうのだった。
〜〜〜〜〜
Cランクダンジョンの中。
トールの後ろでレイナは顔をうっとりとさせていた。
「一人で寡黙な先生……格好いい。おっと、追いかけないと」
トールを追うレイナは、崩れたリビングアーマーを見ながら言う。
「アンデッドに圧倒的な有利な聖魔術の使い手は別として、数秒の内に初歩の聖魔術で五体のリビングアーマーを倒す方はそうそういないでしょう」
剣を使う自分にとっても面倒な相手。
やはり先生は強い、とレイナはトールを讃える。
一方でレイナは不安も覚えていた。
「先行した近衛騎士たち……相当に未熟な者たちに違いない」
他の近衛騎士はともかく、ミアはトールにとっても関係がある人物。帝国にとっても優秀な人材となりそうで、レイナからしても死なせたくない。
「先生を見ていたいところですが、いざとなれば先行する必要もあるでしょうね」
レイナは刀の鞘を握り、トールの後を追うのだった。




