第12話 支援魔術師、巨大トレントを倒す!
リュガット村の村長グラバは、目の前に現れた樹の巨人──トレントに驚愕する。
「な、なんだこいつは!?」
トレントは、ドライアドという霊体の魔物が木に憑いて生まれる魔物だ。
草木を操る自然魔術、そして周囲に張り巡らせた無数の根によって、周囲の生物の屍肉を喰らう。
動きが鈍いので基本的には隠れて獲物を狩る魔物だ。
リュガット村のこいつは、自然魔術で周囲の植物に毒を宿らせ、それを口にした小動物の屍肉を捕食していたのだろう。
「相当なデカさだ……」
トレントの強さはその大きさに比例する。依代の木が大きければ大きいほど厄介。
そして目の前のこいつは──俺が見てきた中でも最大級の大きさだ。恐らくは、冒険者の中でも最強とされるSランク冒険者に討伐依頼が出されるような個体。
突如、グラグラと地面が揺れる。
地中から根を出し攻撃するつもりだ。
あの膨大な魔力に通用するかは分からないが、時間を稼ぐためトレントに【遅延】をかけておく。
グラバが肩を震わせる。
「ひっ!」
「【加速】、【俊足】──グラバさん、村へ逃げろ!」
グラバに魔術をかけ、速く移動できるようにした。すると、
「わ、ワシはそんなに足が──なっ!?」
馬のように走り去るグラバ。これで戦闘に集中できる。
「レイナも逃げ──レイナ?」
レイナといえば刀を抜いていた。
──体の中心に刀身が来ている。切先はちょうど額の高さ。
大学でギベルドを倒した時も思ったが、レイナは剣の初心者じゃない。
レイナはこちらに顔を向けて言う。
「私の心配はなさらず。先生はご自由に」
「いや、俺がレイナを支援する。それがベストだろう」
「先生……承知しました」
レイナはこくりと頷いた。
俺はレイナに【加速】と【俊足】をかける。
やがて、地面から槍のように尖った木の根が飛び出してくるが──
「遅い──」
レイナの声を共に風が通り過ぎたと思うと、切断された木の根が宙を舞っていた。
少し先には刀を振り下ろしたレイナがいる。
そんなレイナを狙うように、無数の木の根が地面から飛び出してきた。
「【遅延】!」
木の根の速度を遅くする。
あのトレントに対しどれほど効果があるか分からない。しかし、レイナは次々と木の根を斬り落としていった。
あの動き……どこかで。
ギベルドを倒した時? いや分からない。
ともかく俺の勘が告げている。レイナは一流の剣士だ。
これならレイナに思いっきり動いてもらうほうがいいだろう。
「レイナ! やつを倒すには本体をやるしかない!」
「一気に接近します!」
レイナはそう言って地面を蹴ると、風のようにトレントに向かう。
しかしトレントは地面から太い根を出し、まるで壁のように展開した。
あそこまで太いと斬り離せない。ならばとレイナは別の壁に向かうが、そこにも新たな壁が現れ斬撃を防がれる。
それから壁が地中に戻ると、今度はトレント本体がレイナを吹き飛ばそうと腕を振り回してきた。
レイナはそれを避け、尚も刀をトレントへ振り続ける。
「隙がない……こっちにも来たな」
俺も迫るトレントの根を避けたり、初歩の炎魔術で撃退していった。隙を窺おう。
やがてレイナはトレントの腕を躱し、懐へと飛び込んだ。
「レイナ、刀に炎を宿す!」
その隙を逃さず、レイナの刀へ【炎纏】をかけた。魔術の炎を対象に宿す魔術だ。
草木で構成された魔物には、火炎がやはり一番効く。
炎が纏わり、刀身が赤く煌めくと──レイナは目にも留まらぬ速さでトレントの本体を斬りつけていく。
さらに脚や腕、体の各所に次々と斬撃を加えていった。
しかし、トレントの本体と四肢は太く、斬り離すには至らない。
とはいえ、高熱の炎を宿した刀を受けたのだ。トレントの各所から一挙に爆炎が上がる。
トレントから距離を取るレイナ。
並のトレントならもう死んでいるだろうが──
そんなヤワな奴じゃなかった。
トレントは体の各所から水を噴射させ、火を消し去る。
体には大量の水が溜められていたのだろう。なくても、脚から地面に張り巡らされた無数の根から水を吸い上げればいい。
トレントの弱点である火はこの巨体には現時点で通用しない……ならば、それを逆手に取るまで。
「レイナ。また火で攻撃する……と思わせて、今度は氷を纏わせる」
「氷を? ……あっ。かしこまりました」
レイナは一瞬で俺の意図を汲んでくれたらしい。
俺が再びレイナの刀に【炎纏】をかけると、レイナはトレントに肉薄する。
トレントの根や腕の攻撃を避け、再びレイナが刀を振りかぶった──それに合わせ、俺はレイナの刀にかける魔術を、【炎纏】から【氷纏】へと変える。
再び、レイナはトレントに刀による連撃を喰らわせていく。特に、脚と腕に。
斬撃を受けたトレントは次第に動きが遅くなる。体内に集めた水が、刀の冷気によって凍結させられているのだ。
ガタガタと小刻みに動くトレント。
根と繋がった脚からは水はもう吸い上げられないはず。
「レイナ、行くぞ! ──【炎纏】!」
再びレイナの刀に炎を宿す。
「お任せください!」
レイナは高く跳ぶと、トレントの頭上から刀を振り下ろした。
トレントの体に、縦にまっすぐ炎が走る。
レイナが着地すると、トレントの本体は炎上し、やがて爆発した。
「おお、やった!!」
久々の魔物討伐。強敵との戦いはやはり熱い。
……まあ俺は昔と変わらず支援魔術を使っていただけだけど。
刀を納め戻ってくるレイナ。
「先生、さすがです! こんな短時間で弱点を突き、倒すとは!」
「お、俺は何にも。レイナが倒したんだ」
やがて、村のほうからグラバと衛兵、そして村人たちがやってくる。
「た、倒したのですか?」
「はい。本体を倒せば、トレントは復活できない。もう大丈夫です」
俺の返事にほっと安心するグラバと村人たち。
やがて皆、レイナに視線を向ける。
「いやあ、すごい剣術でした!」
「本当! まるで動きを追えなかった!」
村人たちの称賛の声に、レイナは珍しく慌てる。
「わ、私は何も。全て、こちらのトール先生の魔術によってなされたのです!」
レイナは何故か得意げにそう言うが、村人たちは「え?」と声をあげて俺を見る。
村人たちの反応も無理はない。レイナの剣術なくして、あそこまで早く倒せなかった。
「何を言うんだ、レイナ。全部、レイナのおかげだ。レイナの剣術……本当に格好良かったよ」
本当に格好良かった。どこか、昔の強者を思い出すような剣技。心から見惚れてしまった。
「せ、せ、先生」
顔を赤らめるレイナ。レイナも照れることがあるんだな。
一方で村長は、灰となったトレント──聖木を見ていた。
俺は咄嗟に謝る。
「申し訳ありません……守られてきた聖木を」
「いえ、お二人ともよく倒してくださいました。こうなったのも聖木様に魔が差したのに気づけなかった我らに責任がございます。お二人とも、本当にありがとうございました」
村長は頭を下げるとこう続ける。
「どうか灰などはお持ち帰りください。聖木は魔力を集めるため杖などにも使われる上等な木材。葉も売れましたから、灰もそれなりに売れますでしょう」
「高価な薬やポーションの材料になるため、砂金と同じ価値で取引されるようですね」
レイナがそう答えると、グラバが頷く。
「依頼書の報酬があまり出せず申し訳ありません。なので足しにしていただければと」
ありがたい申し出だが、この村の聖木なのにとてもそんなことはできない。
俺はこう提案する。
「グラバさん……考えがあるのですが」
「考え?」
「この灰に、成長を促進する魔術をかけます。それを肥料として畑に撒いてください。きっと早く作物ができるかと」
「そんなことが」
「本来は自然魔術の分野ですから、俺の魔術では些細な効果かもしれません。でも、聖木も村の人のためになるなら本望だと思うんです」
レイナは灰を見て言う。
「村人は殺さなかった……ドライアドに乗っ取られてもなお、そこだけは抵抗した……のかもしれませんね」
「言われてみれば……」
村人たちは聖木に目を向ける。
「聖木様は、俺たちを守ってくださっていたんだ」
「ありがたや、ありがたや」
実際は分からない。それでもこの聖木は、村の人たちのためにあるべきだ。
「グラバさん。構いませんか?」
「我々としてはぜひともお願いしたいほどです。いつまでも義倉に頼るわけにもまいりません……しかし、それでは報酬が」
俺は首を横に振る。
「エレナ殿下からお金はいただいていますから。どうかお気になさらず」
「エレナ殿下……こんな村に素晴らしい方々を……本当にご立派な方だ」
帝都の宮廷のほうに体を向け頭を下げる村人たち。
そうして俺はトレントの灰から畑に撒く肥料を作り、村を後にした。
〜〜〜〜〜
帝都への帰路。
トールの隣を歩くレイナは、嬉しいのか悲しいのか複雑な感情だった。
(私が褒められてどうすんの、エレナ!?)
村人の注目と称賛は、全てレイナに向けられていた。しかも、皇女エレナとしても褒められてしまった。
(先生に活躍していただき名声を獲得してもらうつもりが……私が邪魔みたいじゃない)
あの戦果は本当にトールによるものだ。自分だけなら、討伐に三倍の時間はかかっていた──ただし、あの場でそう評価できるのはレイナだけ。
そもそもトール自身、自分の実力を正当に評価できていない。先ほどもまるで村人の一人のように、エレナを褒めてみせた。
(先生は確かに支援魔術を使われるのが一番活躍できる……でも、その活躍は魔術をかけられた者にしか分からない。うむむ)
難しい顔をするレイナ。
(先生がお一人で戦うのが一番わかりやすい……実際、先生お一人でもトレントは倒せた。でもそれじゃあ先生が一人に)
少しでもトールと一緒にいたい。レイナの願いだ。
(先生と一緒なら、さっきみたいな言葉も聞けるかもしれないし……)
レイナは先ほどのトールの言葉に頭を沸騰させていた。
(私に格好いいなんて……先生、口説いているんですか? 私を昔の獣にさせたいんですか? やっぱり私、部屋に先生の部屋の覗き穴を作ってしまうかもしれませんよ)
いつもの冷静な顔を維持しつつも鼻息を荒くするレイナ。
そんなレイナに、トールは心配そうな顔で何度も呼びかけていた。
「……レイナ、レイナ!」
「はっ! ご、ごめんなさい先生、ちょっと考え事を」
「それならいいが。どこか怪我とかしていない?」
「大丈夫です……少し興奮……いえ、戦いで疲れたのかも」
「【疲労軽減】と【自然治癒】を強めにかけるよ。帰ったら、他にも支援魔術をかける」
「先生……本当にお優しい。ありがとうございます!」
レイナは心底嬉しそうな顔で答えた。
(まあ、今日は今日で良かったと思うしかないわね……先生の作った聖木の肥料は数ヶ月もすれば評価されるはず。村人から村人へ、村から村へ伝われば先生の名声もいくらか上がるでしょう。やがて領主となった先生のもとに、人々が集まるかもしれない)
レイナはズレたメガネの位置を直すと、トールへ再び顔を向ける。
(これからも、先生が評価されるよう色々手を打つことにしましょう)
〜〜〜〜〜
トールが去ったばかりのリュガット村。
トールは村人の前で試しに畑に肥料を撒き、帝都へと帰っていった。
「いやあ、気持ちいい御仁たちであった。それに、こんなに簡単に問題を解決されるとは」
トールたちを見送りながら、グラバは言った。
そんなグラバの後ろから村人の一人が走ってやってくる。
「お、おい!! 大変だ!」
「なんだ?」
「め、芽が……あの兄さんが肥料を撒いた畑から、もう芽が出ている!!」
その声に、村人たちは一斉に振り返る。
トールが灰を撒いた場所には、緑の茂みができていた。
「た、たった十分前のことだぞ?」
「せ、聖木様! 聖木様のお力じゃあ!!」
村人たち焼けた聖木の跡に体を向け拝み始めるのだった。




