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第10話 支援魔術師、決意する!

 試験後、部屋に帰ってボケっとしていると、コンコンと扉から音が響く。


「あ、どうぞ」

「失礼します」


 安心感を覚える声。

 きっとレイナだろうと振り返る。


「ありがとう、レイナ。今日は本当に助かった──あっ」


 振り返ると、サラサラとした亜麻色の長い髪を揺らす女性──エレナがいた。


「え、エレナ殿下! 失礼しました!」


 全身に【加速】をかけて椅子から立ち上がり、床にゴンと片膝をつく。試験の疲れもあるのか攣った足が痛い。


「そのような堅苦しい挨拶はおやめください。どうか、席に」

「はい」


 と言われても座ってはいけない。

 エレナが椅子に座るまで待ち、お辞儀をして着席する。


 座ると笑顔のエレナが。本当に女神のような人だ……


「トール様。試験、合格されたようですね。言ってくだされば、そのようなこと即座に止めさせましたのに」

「殿下のお手を煩わせるわけにはいきません。それに私自身、宮廷魔術師が務まるか不安でしたから。試験を受けられてむしろよかったです」

「そう、ですか。それで、どうでした?」

「殿下の手前で恐縮ですが、なんとかやっていけるかなと。それに優秀な魔術師も多いみたいなので、刺激を得られたと言いますか」

「ふふ、ルーナを気に入りましたか」

「見られていたのですか?」

「ええ、遠くから。お見事な魔術の数々でした。それにとても格好良かったです」

「か、格好いいなんてそんな」


 お世辞だろうに何照れているんだろう……


「ご謙遜なさらないでください。私から見ても、トール様は宮廷魔術師の仕事など簡単にこなせるほどの技量をお持ちです。もっと自信をお持ちください」


 もっとしっかりしろという激励だろう。


「はい、精一杯努めてまいります」


 そう答えると、エレナはふふっと笑って立ち上がる。


「期待しております。それでは私はそろそろ行きますね。何かあればレイナから諸々伝えられると思いますので」

「はっ」

「トール様のほうでも何かありましたら、レイナに何なりとお申し付けください。レイナはトール様のもの。何でも言うことを聞くよう伝えてますから」

「それですが、レイナにはさっき自分でやれることは自分でやると伝えました。レイナは勉強熱心だし、類まれな魔術の才能の持ち主です。俺の世話なんかしてたら勿体無い……仕事のことは多少世話になるつもりですが、流石に身の回りの世話は」


 さっきそう告げたときレイナは珍しく残念そうな顔をしていたが、おっさんなんかに時間を割くのは時間の無駄以外の何物でもない。


 エレナはあらと口を開く。


「レイナはトール様のことを心から尊敬し、愛しております。今回も自らトール様の一切の世話をしたいと申し出たのです。食事の準備はもちろん、お背中を流したり、何なら……」

「尊敬……尊敬……尊敬?」

「ふふ。だから、もっとレイナに甘えてください。レイナはそれを期待しております」


 エレナの言葉が半分も耳に入ってこない。

 レイナがそこまで俺の支援魔術を評価しているなんて…… 


「そしてお昼の私の言葉をお忘れなきように」


 エレナはそう言い残して、再び部屋を後にするのだった。


 ……よし、今度は動揺せず座ってられたぞ。


 少しでも油断すれば、不敬罪とかで逮捕されるかもしれないからな──へ?


「けっこ──」

「うわっ!? って、あれ?」


 振り返ると、そこにはお盆を持ったレイナがいた。


「ご、ごめんなさい、先生! ご挨拶して入ったつもりだったのですが」

「い、いや、こっちこそ驚かせてごめん。今、殿下出て行かなかった?」

「はい。ちょうどすれ違う形で」

「そうか……それより、それは」

「はい! シフォンケーキです! 結構上手くできたので、ぜひお召し上がりください」


 お盆の上には蜂蜜の甘い香りと湯気を漂わせるシフォンケーキが。


 大学にいた時も、レイナはこうして作ったお菓子をよく差し入れてくれた。


「見た目からして絶対美味しいやつ……!!」

「ふふ、ありがとうございます。いっぱい食べてくださいね」


 レイナはテーブルにシフォンケーキを置き、ナイフで切り分けていく。


 本当に優しいな、レイナは。それに何故か俺の支援魔術をとても気に入ってくれている。


 でも……一緒に仕事をし始めれば分かるはずだ。


 ──こいつ、大したことないな、と。


 時間が経てば俺への評価は適正なものに落ち着く。レイナも自然と離れていくだろう。


 だけど、やっぱり理想のままでいたいというか……


 ずっと、格好いいと思われていたいものだ。


 師としてのプライドというか、意地というか。我ながらちっぽけな男だと思う。でも悲しいことに、そんなことぐらいしか俺が積み上げてきたものはない。


「レイナ……俺、頑張るよ」

「先生?」

「あ、いや。宮廷魔術師の仕事を、ね」

「はい! 私も先生を精一杯応援しますね!」

「レイナ……」


 目が潤んでしまう。

 年をとると涙脆くなっていけないな……


「さ、先生、召し上がってください!」

「うん、ありがとう、レイナ」


 その後俺は、レイナと共にシフォンケーキを食した。ふわふわでとっても甘くて、長旅と試験の疲れも吹っ飛ぶほどだった。


〜〜〜〜〜


 皇女エレナの部屋。

 ブルードレスに身を包んだブロンドの髪の娘──エレナは一人、執務机に座り日記をつけていた。


「ああ、先生……今日の先生、まじヤバかった……見たことのない先生の顔ばかりで、頭がどうかしそう」


 恍惚とした表情を浮かべるエレナ。


 その視線の先には、精密に描かれたトールの似顔絵があった。


「ルーナを助けるところなんて、昔の先生みたいで思わず声を上げたくなっちゃった……惜しむらくは、胸の中にいるのが私じゃなくてルーナってところね……」


 エレナはそう言って、トールが雷魔術からルーナを助ける場面を日記に描いていく。


「我ながらいい絵が描けたけど……やっぱり抱えられているの、ルーナじゃなくて私にしようかしら。エレナの格好、いやレイナのほう? それとも……まあ、いいわ。少し予定は狂ったけど、むしろ先生と早く結婚できるかもしれないし」


 エレナは適当に描かれたギベルドとベーダンの顔を黒塗りにした。


「忌々しい汚物が先生に危害を加えようだなんて。宮廷魔術師解任と伯爵位剥奪は決定だそうだけど完全には消せなかったわね……とはいえ、あんなのはいつでも消せる」


 そう言ってエレナは日記のトールに指を置き、顔を惚けさせた。


「先生……先生は最強なんです。そんな先生には相応しい幸せを手にしていただかなければ……まずは爵位を獲得させて、あわよくば私と結婚していただき……いやダメよ、エレナ。それは先生が決めること」


 エレナは、テーブルの隅に置かれた皿を見る。この皿はトールの食べたシフォンケーキが乗っていたものだ。


「シフォンケーキも気に入ってくれて良かった。先生はなんでも美味しいって言ってくれるけど……次は何を作ろうかしら」


 嬉しそうに呟くエレナの隣部屋には、ぐうぐうと寝息を立てながら寝ているトールがいるのだった。

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