Part6
「ものの一時間ほどでで帰られましたね」
「君がいたから恥ずかしかったんだよ」
そういうと文里さんは声を出して楽しそうに笑った。
「本当に仲が良いのですね」
「幼馴染だからね、ずっとあいつを見守るって決めてるんだよ」
「見守るですか?」
昨日の行動を見る限り、自分で考え動けている。そんな彼を見守る必要があるようには
思えない。
「うん」
「理由を聞いてもよろしいですか?」
踏み込むべきではないと分かっている。それでもせっかく繋いだ縁なのだから、少しだ
けか細い糸を握りしめたかった。
「まだ教えられないかな。でも、いつか教えてあげられるよ」
笑っていた顔が嘘のように真剣な表情でこちらを見た、私は知っている。これは何かを
犠牲にしてもやる覚悟をした顔だ。こんな表情をする人たちをこの病院で何度も見た。
「確信があるのですね」
教えてあげられると断言した言葉が気になった。
「うん、君の事情も込みで、かなりの確度を持った予測だよ」
その言葉は私に大きな驚愕をもたらした。私は少し震える声で聞き返す。
「私の事情をご存知で?和谷さんもでしたが、お二人は何か私のことを知っているようで
すが」
「それも教えられないかな、まぁ、僕はベストな結果になることを祈っているよ。」
そう言うと少し悲しそうにしながら微笑む。何かを聞きたくて、口を開こうとしたその
時、ドアがノックされた。
「文里さん、よろしいでしょうか?」
看護婦さんの声だ。何か用事があるみたい。
「君の病室へ戻ったほうがいいよ、明日もハルは来るからさ」
退出を促してきたということは、これ以上は話す気がないのだろう。
「ええ、そうします。さようなら、文里さん」
私は車椅子で出口に向かう。
「ああ、さようなら三宮さん」
「だりー」
午前の講義が終わり、勇斗のオンライン用のノートPCを手早く片付ける。そして、出た
のが今の第一声。
「どうしたの?ワッシー」
横からよく知る女の子の声が飛んできた。
「またおめーかよ」
「またとはなによ!?またとは!」
声のしたほうを向くと予想通りの人物がいた。三宮さんとは対照的な濡烏の髪を腰まで
伸ばした、見た目は大和撫子なのに性格はかなり獰猛な危険人物、里見初音。今日は獲物
を狙うかのように講義が終わる度に俺の元へ来ていた、学科が違うのに。
「はつね、昨日は行けなかったからって、へばり付いて一緒に行く気だろ?」
「だって、私は免許がないもん。いつもは勇斗が乗せてくれたけど」
二十歳にもなって何も免許を取っていないのは今時では珍しくない。しかし、免許証は
身分証明として便利なのだから取得する人は多い。
「いや、俺は車も自動車の免許もねーよ。バイクで二尻は無理や」
ただし俺も普通自動二輪のみで、普通自動車は持っていない。
「勇斗もなんでかバイクには乗っけてくれないー!」
ぶんぶんと頭を振り回し癇癪を起こしている。バイクで事故った時のことを考えると、
彼女や親しい友人と二尻しようとは思わない。その気遣いを他所に初音は頬を膨らませな
がら、こっちを睨みつけてくる。これは無理やりついてきそうだ。
「バス代だしてくれたら連れて行く」
「……まぁ、いいわ。それくらいなら出してあげる」
少し間があったが勇斗のことになると折れてくれる。なんだかんだ良いカップルなのだ
ろう。喧嘩しているところも見たことがないし。喧嘩?
「んー、これは面白いかも」
あいつも昨日は散々からかってくれたのだから、少しくらいお返しをしてもいいだろう。
「なぁ、はつね。勇斗が……」