Part2
「ははは、すいませんね。お説教ありがとうございます、お嬢様。さぁ、どちらへ行かれ
ますか?ありがとう」
そう車椅子の持ち手を握り、押してやることにしたのだ。車椅子をエレベータから出す
間、先程の青年が開くボタンを押しているので、感謝を告げて降りる。
「な!?やめてください!私は車椅子を押されるほどの病人ではありません。ありがとう
ございます」
悪態をつきながらも青年への感謝を忘れないあたり、育ちは良いのだろう。あの瞳の強
さから、助けを嫌うタイプだと思ったが当たりだ。目は口ほどにモノを言うとはまさにこ
のこと。あんなに強い意志を持った目をする奴は、たいてい人の助けを嫌がるものだ。
「ははは、お嬢様のお説教のお返しですよ。ささっ、どちらへ行かれますか?コンビニで
すか?カフェですか?」
「いーやーでーす」
「イヤデスとはどこのお店のことでしょうか?お嬢様」
こちらを振り向いて、抗議をするがその様は玩具を買ってもらえない子供のようだ。中
々に面白い反応をしてくれる。言葉の抗議だけで、手は一切出してこない。
「それではお嬢様、私の奢りでカフェへ行きましょう」
「奢りって、さらに嫌なのですが!?」
抗議の声を無視して、院内にある有名チェーンのカフェに入る。
「いらっしゃいませ」
「すいません、アールグレイのアイスを2つ。あとイチゴの乗ってるケーキ1つとチーズ
の1つでお願いします」
この店には何度か来たことがあるので、いつものルーティンから選択した。店員はドリ
ンクよりも先にケーキをショーケースから取り出しトレイに置く。
「ケーキのほうはトレイでお持ちください。飲み物のほうは出来上がり次第、テーブルに
お持ち致します」
「ありがとうございます」
「無視しないでくれませんか!」
「してないですよ、お嬢様。イチゴとチーズどっちがいいですか?」
「普通は注文する前に聞きますよね!?それ」
聞いても、答えてくれなさそうだったからね。万が一、食べてくれない場合は両方とも
食べれるように俺の好みを選ぶのがベスト。
「都合の悪いこと、ぜーんぶスルーですか……まぁ、いいです。苺のほうを頂きます」
「あら、お可愛らしいですね。女の子でございますね。お嬢様。」
「お嬢様という言葉がこんなにも腹立たしく聞こえる日が来るとは思いませんでしたわ」
そう言いながら拳をわなわなと震えさせていたが、拳を作るのをやめるとこちらを振り
返る。
「もういいです。それより席へとエスコートしてください。あなたを見上げ続けるのは首
が疲れるので」
それは気付かなかった。確かにかなりしんどそうな角度だ。そろそろ店員さんの笑い声
が漏れそうなので移動することにした
「はいはい、かしこまりました、お嬢様」
「はいは一回です」
お前は俺の母親か。
「チッ」
「舌打ちしませんでしたか!?」
「なんのことでしょうか?チーチッチッーチーチッ。おやおや、どこかに鶯でもいるので
しょうか?」
「言い訳も鳴き声も下手くそすぎます!」
そんな漫才のようなやり取りをしながら窓際の一席へとたどり着いた。ここは片方が車
椅子用になっており、広い通路に面しており椅子もない。彼女をそちらにテーブルと合う
ように送り届けると、逆側の席とへ座る。
「で、なんですか?ナンパという奴でしょうか?」
若干ムスッとしながら、こちらを白い目ならぬ青い目で見てくる。
「説教をされたので、その仕返しかな」
「仕返し……ですか?」
キョトンとした顔でこちらを見てくるので、そうなる経緯を話そう。
「そうだな、どこを前提とするかと言えば……俺はまず君を助けたつもりだ。エレベータ
ーの彼はスマホを見たままボタンを押下しており、君の存在には気付いていなかった。そ
こには気付いているかな?」
それを言うと、彼女はハッとした表情を浮かべた後に、少しバツの悪そうな顔をして口
を開いた。
「いいえ、正直に言うと気付いていませんでした」
正直に言ってくれるのは話がスムーズに進むので有難い。
「だろうね。あのままだと車椅子が挟まれるっていう状況なら特に問題はなかった。扉側
に物を挟んだのを検知する仕組みがあるからね。問題は君が車椅子を押していたことにあ
る。あのままでは、君の手か腕が扉と車椅子に僅かだが挟まれる形になる。ましてや、車
椅子に乗っている病人かけが人なのだから、もしかしたらその僅かが命取りかもしれない。
そう思って俺はあの蛮行とも言える、裏拳に近い動作を取った、というのが結論だ」
最後のはミスだけどとは言わず、一通り喋り終えた俺は長く息を吸って吐く。これで話
は終わりだと言うためのジェスチャーだ。
「そういうことでしたら、私はあなたにお礼を言わなければなりません。ありがとうござ
いました。」
彼女は深々と頭を下げた。さらさらと、蜂蜜がスプーンからこぼれ落ちるように彼女の
髪が垂れ下がる。日本人離れしてる髪色だが、顔立ちは明らかに日本人のそれだ。