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Part1

  僕が病院からあまり出ることが出来なかった夏のことを話したいと思う。あの夏はいつ

もより空の青さが深い夏だった気がする。

 まず最初にこれは僕が主人公の話ではない。ちょっとだけ死にたがりな逃げ足が早い親

友が主人公だ。

 彼のことを説明するなら彼とよくした問答をあげれば十分だと思う。死は平等に訪れる。

しかし、その死を自分で選ぶことが出来る人はそう多くないと。それをどうしてと問えば、

人には想像力があると決まりきった答えが返ってくる。例え不治の病を抱えていたとして

も死ぬことを選べない、治るかもしれないと想像するから。ストレスが原因で自殺は難し

い、死ぬときの痛みを想像するから。そういう彼はいつも横顔でどこか遠くを見ていた。

 死ぬことが出来ないから、彼はそうして言い訳をして逃げていたと思う。何故なら、そ

れでも自らの命を絶つ人は後をたたないからだ。

 それを言えば彼が無視するのは、長年の付き合いで分かっている。まぁ、言っても言わ

なくても会話はいつもここで尻切れトンボだ。

 彼が死にたがる理由?それは彼の祖父の死が原因だったと思う。自ら死を選んだ祖父が

遺した想いと課題、その両方から逃げたがっていた。逃げたくて死にたがっていたのだと

思う。とは言っても、想像力がそれを許さなかった訳だが。それでも、死にたいのは明白

で、たまに先ほどの問答や行動がぽろぽろと零れていた。

 これからする話は、そうやっていつも逃げていた彼が逃げるのをやめて死に立ち向かう

ことになったお話だ。

 そう、あの夏に僕たちは二度目の尊厳ある死と直面することになった。


 階段から少し足を踏み外せば、明日が休めるかもしれない。口に手を突っ込み嘔吐すれ

ば、そして今このアクセルをほんの少しだけ捻れば生きていたことを実感できるのかもし

れない。そんな魔が差した時だった。

「ハル!オーバースピード!!!」

 ヘルメットに響いた警告、聞き慣れた友人の声。

 一瞬の空白の。

 自然に体が動く。

 車体を少しだけバンクさせる。

 後輪ブレーキを踏む。

 タイヤがロックしたのを感じる。

 車体は少しだけ流れて、カーブに対して直角ではなく並行になりはじめる。

 そのまま、角度を見計らいブレーキを開ける。車体は流れた角度に直進し、なんとかコ

ーナーを曲がり切ることが出来た。

 何度も事故ったからこそ得られた半自動の動き。それが出来たのは俺だけだった。

 落ち着く間もなく後ろから聞こえてきたのは、大きな衝突音。

「おい、ゆうと返事しろ!」

 振り返った先に見えたのは、霧のように立ち込める砂埃と大切なものを覆い隠した暗い

煙だった。


「俺のオーバースピードに気を取られて、ミスすんなや」

「あんなスピードでコーナー突っ込む方が悪いと思うんだけだなぁ。」

 辺りは一面真っ白。清潔感という言葉は白か青しか似合わないと言いたげなこの箱は、

病院の個人部屋。そのうちの一室であった。

「あれは悪かった」

 なんともバツの悪い小さな声が出た。もうちょっと暗くなりすぎないようにしたかった

のに。やはりそれを聞いた勇斗は、明るかった表情を少し悲しそうな顔に変えてしまった。

「またアレかい?」

 図星だった。

「ちがうわ。ばーか……。さってっと、下手くそライダーさん。そこに置いて帰るノート

PCで、明日からはリモートで講義に出席出来るようにね。さっき学部長に連絡して計ら

ってもらった。俺は出来るだけ毎日くるし、また明日な」

 知られているからこそ後ろめたさが襲ってくる。勇斗とこれ以上は話したくない、撤退

を選んだ。

「誰が馬鹿だよ。まったく、また明日ね」

 俺が逃げていることを知ってるのに、知っているのに合わせてくれる。ありがたいこと

だ。そうして、勇斗の病室をあとにする。

 廊下に出ると車椅子の人、松葉杖をついた人を追い越しながら、エレベーターホールへ

向かう。

「あれは閉まるな、次でいいか」

 目の前に見えたエレベーターでは、スマホを操作しながらボタンを連打する青年が見え

た、と同時にあるものに気付く。

「馬鹿が!」

 青年は気付いていない、エレベーターに入ろうとする車椅子の姿が。

 スマホを操作してて見えていない青年にか、それに気付かず入ろうとしている車椅子に

か、あるいはどちらでもない何かに悪態を付くと同時に俺は駆けていた。

 ボタンは押せるか、無理だ。

 俺がいる側の廊下側にはボタンがないから、間に合わない。

 いつも通り足をいれるか、車椅子がいるから無理だ。

 ならばドアの保護機能、おそらくリミットスイッチ代わりになっているうち内扉をひっ

ぱる……はずだった。響いたのは骨と金属がぶつかる甲高い音だった。手を回転させ忘れ

て裏拳で撃ち扉を叩いた結果だ。

「ッ痛!スマホばっか見てんじゃねぇぞ!!!」

 それなりに大きな音がしたからか、目を丸くしてこちらを見ていた青年に怒鳴る。

「す、すいませんでしたー!」

 青年の怯える姿を見て自分が嫌になってしまった。痛みで我を忘れて見ず知らずの人に

汚い言葉を浴びせるとは。穴があったら入りたい。

「凄い音がしていましたが、お手は大丈夫ですか?」

 自分の腹あたりから鈴を転がしたような音が聞こえてきた。忘れていた、車椅子の人も

いたのだった。

「んー、なんともないですよ」

 嘘だ。実際のところ手の甲が泣きたいくらい痛い。

 しかし、心配をかけまいと彼女に見えるように手をグーとパーで繰り返し、大丈夫であ

ることを示した。その時は自分の手しか意識していなかった。

 視界に光が零れる。蜂蜜のような黄金の髪、明け方の海のような少し暗い青の瞳。身に

着けている雲みたいに白いワンピースもあいまって夏になりつつある6月の今を象徴した

かのような印象を受ける。

 彼女は手が大丈夫なことを少し首を左右に揺らしながら確認した。一通り満足したのか

はにかむと、車椅子をエレベーターに収めた。

 見惚れてしまっていた。失礼だっただろうか。そんなことを考えていると、オドオドし

ながら先程の青年がこちらを何度も見ながら一階を押す。今までもずっと開くを押してく

れていたのだろう。

 それにしてもそこまで怯えることはないだろ。

 気分は奈落の底へと真っ逆さまだ。怯える青年と同乗するのは少し居た堪れない気持ち

になるが、扉が閉まったのでどうしようもない。もう彼と話すことはないのだから目を閉

じてゆっくり瞑想でもしよう、そう思い壁に背中を預けた直後。

「よくないですよ!自分の体を大事にしないのは」

 隣にいた車椅子の彼女が、ビシッと音が出そうな勢いで指を指し説教をしてきたのだ。

なんでだ、俺は君を助けたつもりなのだけれども。訂正すべく彼女の顔を見て話そうとし

たとき、言葉に詰まった。青い瞳には病人とは思えない強い意思の力が宿っていた。俺は

その瞳に憶えがある、大好きだった人の瞳はこんな感じだった。

「今回は何ともなかったものの、万が一に手がドアに挟まれていたら、大きな怪我に繋が

ってもおかしくないんですよ!」

 感慨に耽っていると追加の説教がきた。それはこちらの台詞だ。あの時、車椅子を収め

るために君はホイールに手をかけていた。あのままでは手がホイールとドアに挟まれてい

ただろう。頭の中で整理した状況が正解だったのか、ピンポンと音が鳴る。勿論正解した

訳ではなく、一階に着いたことを知らせる音だ。

 しかし、助けたのに説教をされるとは、さらには人が思い出に浸っているところを邪魔

された。そう思うと沸々とこみあげてきたのは、彼女に対して少しばかり悪戯をしてやろ

うという気持ちだ。少しくらいは仕返しをしてもいいだろうと天邪鬼な考えを肯定し、俺

はある物を握った。

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