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刺繍とドレス 1

 王宮の舞踏会に行くことが決定した二日後。リディアは大量のドレスに埋もれていた。舞踏会へ行くためにドレスを改めたところ、部屋着や屋敷内で着るような簡素な物ばかりで、王宮に来ていくようなドレスはなかったのだ。それを聞いたフリッツは家族からドレスを作って貰えなかったのかと心配したが、ただ単にリディアが外出をしないためにドレスを必要としなかっただけである。そう説明すると安心していたが、それならこれを機にドレスを仕立てようとフリッツが言い出した。そこですぐに仕立屋が呼ばれ、リディアは身体の寸法を隅々まで測られ何着ものドレスを試着させられている。


「あのこんなに沢山のドレスは必要ないと思うのですが」


 王宮の舞踏会とはいえ、ドレスを着る人間はリディア一人。こんなにあっても着ていけない。


「今回は急だったが今後もこういうことがないとは限らないだろう」

そう言いつつ、フリッツは次に試着するドレスをお針子たちに指示している。


「これ以上は着ていく所がありません。それに私はほとんど外出もしませんのでドレスはそんなに必要ありません」


 リディアはすでに立ちっぱなしでへとへとでこれ以上試着したら倒れてしまいそうだ。ふらふらとしているリディアに気がついたのか、フリッツはリディアの身体を支え椅子へと導いてくれる。


「なら部屋着も新調しよう。この際だから必要な衣服は全て揃えてしまうといい」

「お願いですから、これ以上購入しないでください」


 なぜか試着する服が増えそうなのを、リディアはフリッツの服の裾を掴み必死で止める。


「婚約者にまともな衣服も贈れないような、無様な男にしないでくれ」


 悲しそうな顔でそういうふうに言われてしまうとリディアも無下には出来ない。が、婚約を破棄する予定の相手にそこまでしてもらうのは申し訳ない。贈るにしてもこんなに多くは必要ない。


「でしたら必要最低限にして下さい。沢山あってもすべて着ることは出来ませんから」

「わかった。必要なら良いんだな」


 そう言うと部屋着や外出用の動きやすいドレスを用意させる。仕立屋の女主人もここぞとばかりに色とりどりのドレスや流行の物、さらには胸が見えそうなくらい胸元のあいた少し際どい服まで持ってきてリディアに勧めてくる。まだまだ終わりそうにない、試着するドレスの山にリディアは気が遠くなる。リディアとしては早めに終わらせて刺繍をしないと舞踏会に間に合わない。とりあえず試着をするためにフリッツには部屋を出てもらう。そしてどうにかこの場を抜けられないかと考えていると女主人から声が掛かる。


「失礼ですが、普段コルセットはどうしてますか」

「えっとあまりしてないです」

「そうですか。必要なら用意させますが、どうされますか」


 この国では細身だが胸は豊満でウエストとの差がある体型の女性が美しいとされている。そのため、貴族女性はより細く見えるようにコルセットでウエストを絞るのが一般的だ。しかしリディアは社交に出ないため、普段からコルセットを着用していない。そもそもコルセット自体が細すぎてリディアの体型に合う物がほとんどない。リディアは鏡に映る、ふくよかな自分の身体を見て恥ずかしくなる。


「じつは体に合う物があまりなくて」


 恥を忍んで言うと、女主人はリディアの身体を一瞬、目だけで確認する。


「紐で調整出来る物をご用意しましょう。全くしないよりはあったほうが良いでしょう」

「お願いします」

「あと出来れば普段からコルセットに慣れておくと良いですよ。急に締め上げると苦しくて倒れてしまう方もおりますから」

「……わかりました」

「それでは舞踏会用のドレスはあらかた決まりましたので、次は普段着用のドレスを試着なさって下さい」


 折角のビジネスチャンスを逃すまいと、にっこり微笑む女主人に抗えるはずもなく、リディアは言われるがままドレスを試着する。結局この日は採寸と試着、ドレス選びで一日が終わってしまった。


 翌日は試着で疲れたせいか目を覚ますとすでに日は昇り、昼食の用意を始めるような時間帯だった。部屋に引き篭もる生活をしているリディアだが、生活習慣はしっかりしており毎日朝早い時間に起きている。昨日はいつもより早めにベッドに入って寝たはずなのに、試着で疲れていたためか普段の起床時間より大幅に遅く起きることになった。リディアは慌てて支度をし食事を用意してもらう。本当は急いで刺繍をしなくてはいけないが、食べることが好きなリディアは食事を優先する。しっかり朝と昼の二食分を食べて、さらにはデザートまでしっかり頂いた。いつもなら食後はお茶をしながらゆっくり過ごすのだが、今回はそういう訳にもいかない。いつも通りおやつを用意してもらい刺繍に取り掛かかろうとするが、その前に大切な用事のため机に向かう。

 このままだとエレノアによって結婚の準備を早く進められそうなのと、ドレスの購入で思ったより辺境伯家の財を使わせることになって申し訳ないため、リディアは婚約破棄するために出来ることはしておこうと思い、手紙をしたためることにする。

 便箋を取り出すと婚約破棄をしたい旨と理由を簡単に書いていく。同じような内容を2枚書き、一枚はリディアの父親宛てにする。辺境伯領に来る前に婚約はしないと話したが流されてしまったので、婚約破棄に協力してくれる望みは薄いが形式上送ることにする。もう一枚はリディアの叔母であるマイヤー夫人宛てにする。夫人には昔から良くしてもらっていて、特にリディアの母親が亡くなってからは実の娘のように可愛がってもらっている。事情を説明すれば今回の婚約も上手い具合に破棄してくれるのではと期待してみる。封をした手紙を送るよう、メイドに頼むと今度こそリディアは刺繍に専念する。

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