誤解とお願い 2
庭の散策から2日後。リディアは全身の筋肉痛と戦っている。屋敷に戻った後、歩き疲れたリディアは気が抜けたのか入り口で動けなくなってしまった。その場にへたり込んで動けないリディアをフリッツは抱きかかえて部屋へと運んでくれた。そしてまたも医者を呼ぼうとするフリッツを必死で止め、なんとか聞き入れてもらえた。その日は疲労で碌に食事もせずに眠り、昨日は全身の痛みで目が覚めた。最初はなにかの病気かと不安になったが、散策のことを思い出し筋肉痛だと気がついた。まともに歩けず起き上がるのも億劫だったので昨日はほとんどベッドの上で過ごした。途中でフリッツが様子を見に来て、自分が無理をさせたせいだと謝っていたが、普段から出歩かないリディアの自業自得なので謝られるといたたまれない気持ちになった。
そして今日。昨日よりはだいぶましになったがまだ全身が痛い。よろよろと室内を移動し、なんとか朝の支度を終わらせた。部屋で朝食をすまし、お菓子を食べながら本でも読んでのんびり過ごそうと思っていると、部屋をノックする音がしてリディア付きのメイドが顔を出す。
「お客様がいらっしゃってます」
「私に?」
お客と聞いて眉根を寄せる。リディアには辺境伯領まで訪ねて来る知り合いに心当たりはない。誰か問おうとした時、メイドの後ろから元気な声がした。
「お姉様、お久しぶりです」
そこには妹のエレノアがうずうずした様子で立っている。
「エレノア!?どうしてここに?」
「実はお願いがあって来ました」
つかつかとリディアの方に歩いてくるエレノアに嫌な予感がする。
「王宮で行われる舞踏会に来ていくドレスとハンカチの刺繍をお願いしたいのです」
エレノアは細かい作業が苦手だ。以前もよくエレノアの代わりに刺繍を施してきたが、辺境伯領に来てまでお願いされるとは思っていなかった。
「そのためにわざわざ来たの」
「いえ、それはついでです。本当はお姉様がちゃんとやっているか見に来ました」
呆れて言ったのだが、エレノアは気にしていないかのように、にっこりと可愛らしい顔をして言う。
「それより、なんだか疲れているようですが大丈夫ですか?」
話題を変えるためか、リディアがぐったりと椅子にもたれているせいか、エレノアは聞いてくる。
「ええ、全身筋肉痛なだけだから、」
「全身……?まさか夜のあれですか?それは辺境伯様と?え、でもお姉様はまだ婚約者ですよね」
リディアは大したことではないと言おうとしたがエレノアはなんだか戸惑っている。
「えっと、夜ではなく午後ね。おやつ前だったかしら。もちろんフリッツ様と一緒よ」
リディアは散歩した時のことを思い出しながら言う。夜の散歩も楽しそうだけど、エレノアがなぜ夜だと思ったのか不思議に思う。
「午後ですか!?まだ明るいじゃないですか。まさか無理やり辺境伯様にやられたんじゃないですよね」
「無理矢理ではないわ。フリッツ様からお誘い頂いて私も承諾しましたし。それに夜だと暗いからよく見えなくて危ないでしょ」
普段なら散歩に誘われても断っていたかも知れない。しかし外に出ないせいで心配され、医者を呼ばれてしまったのは恥ずかしかった。医者の「運動不足」の言葉はリディアにとってダメージが大きかった。そのこともあり、リディアはフリッツの誘いを断らなかったのである。
「そうですか。合意の上だったら良いのですが、お姉様って意外と大胆なんですね。婚約者なのにもうそんなことをしてるなんて。いずれ結婚をするにしても早すぎませんか。二人の仲が良いのは喜ばしいことですが。これは本当にお義兄様とお呼びすることになるかも」
エレノアは顔を赤くして何やらもにょもにょと言っている。何をそんなに照れているのか分からないけれど、エレノアが可愛くてリディアは微笑んでしまう。
「それより。私、お姉様が辺境伯領でやっていけるか心配だったのですけど、とても仲が良くて安心しました。さらには、その」
エレノアは珍しく言い淀む。
「すでにそういった関係でしたら、早めに結婚の準備をしても良いかも知れませんね」
「婚約についてなんだけど」
「それじゃあ、私は結婚準備をお父様に急かしておくのでお姉様は安心して休んでいて下さい。あと、刺繍の件も忘れないようにお願いしますね。ドレスとハンカチはすぐに届くと思いますので安心してください。お姉様の刺繍はとても素敵なので出来上がるのを楽しみにしておりますね」
リディアは婚約破棄について相談しようとしたけれど、なぜか結婚を早められそうである。しかも、しっかりエレノアの要件もお願いして元気に去って行った。リディアはエレノアが盛大な勘違いをしていることに気が付かなかった。