婚約破棄 1
ウィレムス邸から叔母の屋敷までは馬車で2日ほどかかる。ウィレムス家の馬車では四人で乗るには手狭なため、ヴォルフ家の馬車も使い二人ずつ乗ることになった。しかしここで誰と乗るかで揉めた。エレノアがリディアと一緒に乗りたいと駄々を捏ねたからだ。リディアとしてはフリッツの話がなにか気になるので馬車の中で聞いておきたかった。けれど「結婚したらお姉様と一緒に過ごせるのはあと少ししかない」と言われてしまうと無下に出来なくなる。そのためエレノアと乗ることにした。フリッツとアルヴィンを二人きりにするのは不安もあったが、そちらは杞憂に終わった。叔母の屋敷へ行く間に意気投合したのか二人はお互いを名前で呼び合うくらいには仲良くなっていた。
そして久しぶりに訪れたマイヤー伯爵邸は小さい頃の記憶のままだった。
「あらあらあら、リディアとエレノアじゃない! 本当に来てくれたのね」
入口には叔母が待ち構えており、満面の笑顔で歓迎される。
「俺もいるんだけどな」
「あなたはよく来てるじゃない。それよりリディア、大きくなったわね。姉さんそっくりだわ」
叔母はリディアをまじまじと上から下まで眺める。
「お久しぶりです。叔母様」
「ほんと、久しぶりねぇ。それより、隣にいるのはフリッツじゃない? もしかして、婚約した人ってフリッツなの⁉︎」
「ええ、そうですけど、叔母様はフリッツをご存知なんですか?」
「ご存知もなにも、小さい頃よく遊びに来ていたじゃない! リディアったら忘れちゃったの?」
叔母の言葉に驚く。ということは以前フリッツに会ったことがあるのだろうか。
「マイヤー夫人、その話はあとで」
「なぁに、フリッツったら照れているのかしら。でもそうね、立ち話もなんだからあちらでお茶でもしながら話しましょ。それとアルヴィンは荷物を運んでおいてちょうだい」
「えー、俺も一緒にお茶したいんだけど」
「さぁ、リディア、エレノア、それにフリッツも行きましょう」
アルヴィンの声など聞こえてないかのように、叔母は歩きだす。
「全然聞いてないみたいだね」
肩をすくめるとアルヴィンは馬車へと荷物を取りに行く。リディア達は叔母に連れられて客間へと案内される。
「少し前に美味しい紅茶の茶葉をいただいたの。それに合うお菓子も用意しているからぜひ食べて。二人ともお菓子好きだったでしょ」
「それは楽しみです」
「そんなかしこまった言い方しないで、昔のように話しかけて欲しいわ」
そんなことを言われても久しぶりで、子どものころはどうしていたのか曖昧になっている。
「叔母様がいきなり沢山話しかけるから、お姉様は困ってしまうわ」
「あらそうなの? ごめんなさいね。屋敷に来てくれたのが嬉しくてつい話しかけちゃうの。小さい頃は元気に駆けまわってたから、その頃の感覚が抜けないのね。まずはそうね、お互いの近況報告からかしら。それで、急に婚約したと聞いたけど上手くいってるの? フリッツは昔からリディアのことが好きだったからきっと大切にされていると思うけれど、意にそぐわないようならさっさと破棄したほうが良いわよ。どうせ義兄さんに言われて仕方なく婚約したんでしょ? あの人、普段は良い人なんだけどたまに突拍子もないことしでかすから油断ならないのよ。姉さんの時だって――」
フリッツ本人が目の前にいるのに言いたい放題だ。それに叔母は勘違いしているのか、フリッツがリディアを前から好きだと思っているようだった。叔母の勘違いを謝ろうとフリッツを見上げると、フリッツは頬を染め、なにやら言いたそうにしている。目が合うと驚いたのか勢いよく逸らされてしまった。まるで隠しごとを見つけられて居心地の悪い少年のような反応をされる。叔母の勘違いだと思ったけれど違うのかも知れない。
「話長すぎるでしょ。リディアが困ってるよ」
リディアが考えごとをしている間も叔母の話は続いていたようだった。
「アルヴィン。あなたっていつも、ふらっと来ては余計なことばかりして――」
「はいはい。俺のことはいいから。せっかくリディア達が来たんだから話を聞いてあげなよ。それと、フリッツにお客さんだって」
「俺に?」
「というか、何か叫んでたから仕方なく? マイヤー伯爵が対応してるけど早めに行ったほうが良さそう」
「分かった。すぐ行く」
開いたドアからはうっすらと人の叫び声が聞こえてくる。フリッツは席を立つとさっさと出ていく。
「何かあったのかしら?」
叔母は眉根をひそめて部屋の外を気にしている。
「痴話喧嘩っぽいね。なんか『彼と結ばれるのは私よ』とか言ってたし。まあフリッツがどうにかするでしょ。俺たちはゆっくりお茶でもして――」
「お姉様、私達も見に行きましょう」
「っぇ⁉︎」
エレノアの言葉に口に含んだ紅茶を吹きそうになる。
「そうね、それがいいわね。もしかしたらリディアにも関係あるかも知れないわ」
「辞めときなよ、巻き込まれたら大変だよ」
エレノアの言葉に叔母は賛成らしい。アルヴィンが面倒くさそうに止める。
「何言ってるの。お姉様以外の相手がいたならちゃんとしてもらわないと」
「フリッツに限ってそんなことはなさそうだけど?」
「どうしてアルヴィンが言い切るのよ。とにかく言ってみましょう。リディア、エレノア付いてきて」
勢い込んで進む叔母を先頭に、リディア達は声のする方へと向かっていった。