気持ち 2
しばらく抱き合ったままでいたリディアは、そろそろ支度をしなければと身動きをするがフリッツは離してくれそうにない。
「あの、支度をしないと」
「もうしばらくこのままでいたい」
「そろそろエリィ達が来てしまいます」
「エリィ達?」
「ええ、アルヴィンも一緒です」
名前を言った途端、フリッツの腕に力がこもる。これ以上抱きしめられたら潰れてしまいそうだ。
「フリッツ苦しい……」
「すまない」
腕から解放されてほっとする。
「俺も一緒に行って良いか?」
「王太子殿下の用はお済みですか?」
「ああ、ディルクのことは問題ない」
「それなら……出掛けずに辺境伯領に戻りたいです」
「いいのか? みなでどこかに行く予定だったんだろ?」
「叔母のところへ。でも行けば色々と聞かれると思うとあまり気乗りしな――」
「お姉様っ‼︎ 行かないんですか⁉︎」
大きな音とともに扉が開かれ、エレノアが勢いよく入ってくる。その後ろにはバツの悪そうなアルヴィンもいる。
「エリィ⁉︎ もしかして盗み聞きしてたの?」
「違うわよ。何やら良い雰囲気だったから邪魔しちゃいけないと思って外で待っていただけ」
「俺はやめようって言ったんだけどね」
「アルヴィンだって嬉しそうに聞いてたじゃない」
「違うよ、二人の想いが通じ合って安心したんだよ。辺境伯の想いはリディアにあまり伝わってなさそうだったから」
つまり二人して部屋の外で聞いていたということだろう。リディアは恥ずかしさでフリッツに助けを求めようと見る。しかし手を口に当て何やら考え込んでいるようで、リディア達のやり取りは耳に入っていないようだった。
「フリッツ?」
「ん、なんだ?」
「なにか考えごと?」
「ああ、すまない。少しだけ考え込んでいた。出掛けるのはマイヤー伯爵夫人のところか?」
「そうです! 叔母様のところへ行くように辺境伯様もお姉様を説得してください」
「エリィ、フリッツに頼んでもダメよ」
「なら、俺からもお願いしようかな」
「アルヴィンまで。とにかく私は辺境伯領へ戻ります」
「そんなぁ。せっかくお姉様とパーティーに行けると思ったのに」
エレノアはパーティーまで一緒に参加する気だったらしい。リディア一人だったら二人に流されていただろう。フリッツが居てくれて良かった。
「せっかくだし、マイヤー伯爵夫人のところへ行こう」
思わぬ言葉にフリッツを見る。
「え?」
「これから世話になることも多いだろうから、挨拶をしておきたい」
「さすが辺境伯様‼︎」
目を輝かせたエレノアは、嬉しそうにフリッツに近づく。慌てて二人の間に割って入る。
「でも……辺境伯領に戻らなくて大丈夫なのですか?」
「ああ、少しくらいなら大丈夫だ。それにリディアに話したいことがある」
「話したいこととは?」
「それはマイヤー伯爵夫人の屋敷へ着いてからだ」
「じゃあ俺達は先に馬車に行ってるよ。エレノア行こう」
何やら気を利かせてくれたアルヴィンはエレノアを連れて出ていく。
「話なら今聞きますよ?」
「出来れば屋敷へ行ってからが良い」
それは辺境伯領に戻ってからでは駄目なのだろうか。リディアよりもエレノアの願いを聞いたように感じてしまい納得いかない。
「……」
「大切な話なんだ」
その言葉には懇願するような響きがあり、さらに真剣な目で見つめられると頷くしかなくなる。
「……分かりました」
「では行こう。二人が待っている」
フリッツに引き寄せられ、自然とエスコートされる形になる。しかしリディアはどこかもやもやとした気持ちのまま、フリッツについて行くのだった。