フリッツ 2
フリッツが最初に違和感を覚えたのは、舞踏会への参加が決まり屋敷に戻った時だった。舞踏会まで時間がないため、すぐにリディアに知らせようと部屋を訪れた。そこには暗い部屋の中でドレスに刺繍をするリディアがいて驚いた。いるはずのメイドがおらず、灯りをつけていない部屋は暗かった。リディアは集中しているのか気に留めていないようだったが、本来ならメイドが灯りをつけているはずだ。しかし、部屋の暗さよりもドレスに気を取られてしまい、その時は意識からすぐに消えてしまった。
決定的だったのはリディアがふらふらと部屋から出て来た時だった。コルセットに慣れるため、日に数時間だけ着用していたのだが、その日は様子がおかしかった。キツすぎるコルセットや指定した時間になってもこないメイド。これは徹底的に調べた方が良さそうだと舞踏会の日までに出来るだけ使用人の調査を行うことにした。が、時間がなかったため信用のおける従者にリディアにつけたメイドを中心に取り調べてもらうことにし、フリッツは舞踏会の準備に奔走した。
王太子に言われて参加した舞踏会は無事終えることが出来た。急な決定にもかかわらず、リディアも不慣れながら頑張ってくれて感謝しかない。そして王太子に言われたとおりに、少しは仲良く出来たと思いたい。
ただリディアが侯爵家の令嬢に絡まれたのは想定外だった。すぐに気がついたのだが、人に阻まれて駆けつけることが出来なかった。ボルフェルト侯爵の助けがなければリディアに害が及んでいたかもしれないと思うとゾッとする。婚約を申込んで断られただけの赤の他人が、人の婚約者に難癖をつけようとはいい度胸をしている。リディアに絡んだ侯爵家にはきちんと抗議をしておかなければいけない。それとボルフェルト侯爵のことも気になる。リディアを助けてくれたことには感謝する。しかしその後は、わざとリディアと親密な空気を作っていたように思う。大切な従兄妹の婚約者がどんな奴か気になるのだろうが、やり方がいけすかない。思わず牽制したが、あまり応えてないようだった。今度会った時はリディアにちょっかいを掛けないように釘を刺しておかねばならない。
舞踏会の後、屋敷から取調べ結果が届いていた。それによると数人のメイドがリディアに対して嫌がらせをしていたことが判明した。事実を確認すべく、すぐに屋敷へ戻り直接メイドに話を聞くことにする。
「私が、あの女からフリッツさまを守って差し上げますっ」
屋敷の空いている部屋を使い、リディアに対して嫌がらせをしていたメイド達に話を聞いていく。ほとんどは自分達がやったことを白状し謝罪をしたのだが、この主犯と思われるメイドは違うらしい。
「言ってる意味が分からない」
「不本意な婚約をされて可哀想なフリッツ様。あの女に騙されたのでしょう? でなきゃ、あんな女と婚約なんてするはずがないもの」
「俺から申し込んだ婚約だ」
「騙されて、でしょう? 私聞こえたのよ、あの女が来た時に婚約破棄しようとしてたじゃない。だから私が手伝ってあげようと思ったの。それなのにあの女、すぐに屋敷から出ていけば良いのに図々しくいつまでも居座って――」
「具体的に何をした?」
「なにって、そうねぇ。あの女がフリッツさまの目に入らないように食事の誘いを断ったり、出迎えの時間に出歩かないよう見張ったりしておきました。フリッツ様は優しいから客人として丁重に扱えと仰いましたが、あんな詐欺師の女を客人として扱う必要ありません」
誇らしげにいうメイドに頭が痛くなる。こんなのをリディアの側に置いていて、直接的な被害が出なかったのが不幸中の幸いだ。
「食事の誘いを断ったというのは?」
「フリッツさまは客人として食事にお誘いしたのでしょうけど、あの女が勘違いしたらいけないので食事のことは伝えずに部屋でとってもらうことにしました」
リディアが来た当初、一緒に食事をするように伝えたのだが断られたことがある。てっきり顔も見たくなくて避けられているのだと思っていたが、違ったようだ。
「なぜ、そんなことをした」
「だってフリッツさま困ってらしたから。私がなんとかしてあげようと思って――」
「自分のことは自分で対処する。主人の言いつけもないのに勝手なことをするな」
思わず大きな声が出てしまう。しかしメイドはきょとんとして全く伝わっていないようだ。
「勝手じゃないわ。フリッツさまが私に助けを求めていたから、だから私はあなたのためにやったのよ。あの女とは別れたから、こうして二人きりになれたのよね?」
流し目を送って来るメイドに鳥肌が立つ。しかもここにはフリッツの他に従者やメイド長も同席している。
「リディアとは別れていない」
ガタリと椅子が倒れる音がして、メイドが立ち上がる。
「……なぜ? なぜ別れていないの? 私がいるのに。もしかして、私のことを弄んでたの?」
弄ぶもなにも、このメイドと認識はほとんどないし、主従関係以上の感情はない。しかしそのことを伝えたところで納得するとは思えない。
「君の処罰はのちほど言い渡す」
これ以上関わっても碌なことにならないと判断したフリッツは、後を従者に任せて退席することにする。
「待って置いていかないで! 私が悪かったわ、だから機嫌をなおして、あなたがいないと私生きていけないっ――」
扉を閉めると中の声はほとんど聞こえなくなる。取調べはだいぶ不快だったが、リディアがされた嫌がらせを考えるとフリッツが受けたことなど些細なことに思える。そして、このような事態を招いてしまったことを深く反省するとともに、リディアを守るためにも今後はリディアを婚約者として扱うことにしようと決意する。