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婚約者 1

 お茶会は滞りなくすすんだ。フリッツについて話をしたあとは皆の話を聞いていることが多く、たまにされる質問に答えるくらいだった。社交が上手く出来たかと言うと微妙だ。けれどエレノアに言わせると、初めてならこんなものらしい。最初から上手くはいかないので徐々に慣れれば良いとも言っていた。アネット達にもまた参加してほしいと言ってくれたので、社交辞令だとしても嬉しかった。

 お茶会のあとしばらくは王都の屋敷で礼儀作法について勉強しながら過ごす。それ以外は今までとあまり変わらない日々なのになんとなく物足りないのはフリッツに会えないからだろうか。フリッツは今ごろどうしているのだろう。急用とはなんだったのか今さらながら気になってくる。出掛ける時にもう少し聞いておけば良かったと後悔する。一人で部屋にいるとフリッツのことばかり考えてしまう。


「少し気分転換をしたほうがいいわね」


 手にしていた本を閉じ、部屋を出て厨房へと向かう。実家にいた頃は時間がたくさんあったので、よく自分でお菓子を作っていた。父やエレノアが美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて、自然とお菓子作りは上達した。久しぶりにお菓子でも作ろうと思い、厨房を借りても良いか確認すると簡単に許可がおりた。ただし、何かあっては困るので必ず誰かが見守ることを条件にされた。厨房を汚したり爆発させたりはしないので安心して欲しい。今回は簡単な焼き菓子を作ることにする。

 材料を計り、それを順番にボールに入れるとざっくり混ぜ合わせていく。リディアはこの工程が好きだ。これからどんな美味しいお菓子になるのかわくわくしてくる。





 焼きたてのお菓子の甘い匂いが厨房に広がる。頃合いを見て取り出すとこんがりと焼き色のついたお菓子が出来上がっている。少し冷ましたらお皿に乗せていく。出来たばかりのお菓子を口に入れるとバターの香りが口の中に広がり、ザクザクとした食感が楽しい。味見のつもりが美味しくて、つい何個もつまんで食べてしまう。


「いい匂いがするな」


 急に声を掛けられて、リディアはむせそうになる。


「悪い。驚かす気はなかったんだ」


 急いで水を含み、なんとか飲み込む。


「いつお帰りになったんですか?」


 リディアは厨房の入口に立っているフリッツを驚きで迎える。


「つい今しがた」

「お出迎え出来ずにすみません。お菓子作りに集中していました」

「とても美味しそうに食べていたな」


 行儀悪く、出来立ての物を摘んでいたのを見られて恥ずかしい。


「あれは味見をしていたのです」

「俺にもひとつくれるか?」

「お口に合うか分かりませんがどうぞ」


 お皿に盛りつけたお菓子を差し出す。

 フリッツはひとつ取ると一口でぺろりと食べてしまう。


「うまいな」

「本当ですか!? お菓子作りは好きなのでお口に合って良かったです」


 美味しいと言われ嬉しい。だが、どことなく疲れた様子のフリッツに心配になる。


「留守の間、何事もなかったか?」

「ええ、とても快適に過ごしています。フリッツに呼んでいただいた先生の教えも分かりやすいです。ありがとうございます」

「それは良かった。彼女は王宮で教育係をしていたから、色々聞くといい」


 さらりと凄いことを言われた気がする。


「えっと……それはつまり、王族の教育係と言うことですか?」

「ああ、王都にいる間だけお願いしておいた」


 リディアは頭を抱えたくなる。優しくて教えるのが上手だとは思っていたけれど、そんな凄い人だとは思いもよらなかった。そんな人に軽い気持ちで教わっていたなんて、もっと真剣にやらなければ失礼にあたる。


「なんでそんな凄い方が……」

「王女たちの教育が終わり暇を持て余していたようだからちょうど良いと思ってな」

「私なんかが教わるには恐れ多いです」

「少しの間だけだから心配するな」


 その少しだけのために足を運んでもらっていたのかと思うと申し訳なさで一杯になる。しかしフリッツは気にしている様子はなく、リディアの作ったお菓子を摘んでいる。


「あの、よろしければお持ちください」

「――すまない。美味しくてつい」

「ところでフリッツの用事は無事に済んだのですか?」


 気になっていたことを尋ねる。


「……それは問題ない。それよりせっかくだから一緒に食べないか?」

「ええ、それは良いですが……」

「なら部屋に運んで、お茶を用意させよう」


 なんとなく、はぐらかされた気がする。領地のことはリディアが下手に聞いても分からないだろうが、フリッツなら教えてくれるかと期待していた。


「あの、なにがあったか聞いても……?」

「……すまないが今は言えない。領地に戻ったら嫌でも分かるから、その時に説明する」


 余程のことがあったのだろう。リディアはそれ以上聞くのを躊躇う。それなら他のことを聞こう。


「領地にはいつ戻る予定ですか」

「……5日後に。少し準備が必要なんだ」

「分かりました」


 歯切れの悪いフリッツの様子に、リディアは何があっても驚かないようにしようと心に決める。フリッツが戻って来ているのなら、そこまで深刻な事態ではないはずだと思いたい。

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