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舞踏会 5

 ホールでは華やかな音楽が鳴り、参加者の楽しそうな声が聞こえてくる。

 人々の熱気とざわめきが混ざり合う煌びやかな室内とは違い、バルコニーに灯りはなく、室内から漏れ出る光でほんのりと照らされている。外は優しい風が吹いていて、ダンスで火照った体には心地よい涼しさだ。


「大丈夫か?」

「……迷惑ばかりかけてすみません」

 

 恥ずかしさで消え入りそうな声になる。

 

「迷惑ではないが――」

 

 先ほどのことを思い出したのか、笑みをこぼす。

 

「笑わないでください。私だってあんなに酷いと思わなかったんですから」

「すまない。とても可愛いらしかったから」

 

 微笑みながら、とんでもないことを言う。

 一緒に踊りはしたものの、リディアは酷い有様だった。しばらく踊っていないのも原因ではあるが、あきらかに体がついていけてなかった。音楽に数拍遅れて動くせいで、フリッツとテンポが合わずに何度も転びそうになった。

 それに今までダンスを踊る時は父親か従兄妹のアルヴィンとだったので気にしていなかったが、距離が近すぎた。慣れない距離に思わず身を引いてひっくり返りそうになり、その度に引き寄せられて余計に密着してしまった。こんなだったら足の上に乗せてもらった方がいくらかマシだったかも知れない。

 

「ダンスの練習をしないとですね」


 恥ずかしいのを誤魔化そうとして、素っ気ない言い方になる。


「それはまた俺と踊ってくれるということか?」

「他に踊る相手はいませんよ」

「そうか。なら練習に付き合おう」


 急にフリッツの顔が近付いてきて、思わず身を引く。

 

「あぶないっ」

 

 バランスを崩し、手摺を越えて倒れそうになるのを、フリッツが抱きとめる。

 

「大丈夫か?」

「……ありがとうございます」


 心臓が早鐘のように鼓動する。危うく落ちるところだった。


「俺のことが嫌いならそう言って欲しい」

「え、嫌いではないです」

 

 なぜ急に嫌いという言葉が出てきたのだろう。

 

「本当か? 無理に言っていないか?」

「本当です。嫌いなら一緒に踊ったりしません」

「先ほどのダンスは嫌ではなかったのか? 誘った時に上手く踊れないと言ったのは、断るための口実なのかと思ったんだが」

「私が下手なのは先ほどのダンスで分かっているでしょう? そんな遠回しな断り方はしません」

「だが、ダンスの最中距離を取られていた。今も近づいたら逃げただろ」

「違います。それは……」

 

 フリッツは真剣な顔でリディアの返事を待っている。リディアは本当のことを言うか迷う。しかし誤解されたままなのも嫌だ。それなら観念するしかない。

 

「……フリッツが、素敵すぎるから恥ずかしいんです」

「そう……なのか?」

「そうです。」

「あいつよりもか?」

「あいつ? 誰のことですか?」

「さっき一緒にいただろ。従兄妹の。あいつとの距離は近かった」

 

 どうやらアルヴィンとの仲を疑われているらしい。

 

「私にとってアルヴィンは兄のような存在です。小さな頃から一緒に遊んでいたし。私が家に閉じこもった時も心配してよく遊びに来てくれました。だから、アルヴィンとは別に恋人だとか、そういうのではないです」

「だが、小さい頃に家族になると言っていたのだろう」

「それは誤解です! 結婚とかではなく、兄妹としての家族です」


 思わず強く言ってしまう。

 本当は、アルヴィンとエレノアが結婚すると言っていたのだが、フリッツには言わないでおく。


「……本当に?」

「ええ」

「てっきり、従兄妹のことが好きなのかと思ったんだが違うのか」

「アルヴィンに従兄妹以外の感情はありません。さっきも言いましたが兄みたいなものです」

「そうか。疑って悪かった。ただ一応、婚約者として気になってしまったんだ」

「いえ、フリッツが気になるのは当然です」


 どうやら誤解は解けたらしい。婚約者がいるのに、他の男性と仲良くするのは外聞が悪い。これからは従兄妹でも距離は気を付けようと心に誓う。

 

「ところで、家に閉じこもったのはウィレムス夫人を亡くしたからか」


 "ウィレムス夫人"という言葉に懐かしさを覚える。

 亡き母の事を聞かれるのは久しぶりな気がする。

 

「そうです。母が急にいなくなり、外へ出るのが怖くなってしまったんです」

 

 大好きな母を亡くしたのはリディアが6歳の頃だった。それまではとても元気で、リディアたちとも庭を駆けまわって遊んだこともあった。それなのに、少し体調が優れないと休んでいた母の病状が急に悪化し、そのまま亡くなってしまった。突然のことで周りも動転し、屋敷の中が荒らされていくかのような騒動だった。普段穏やかで優しい父が大声を出す姿を見たのはその時だけだった。

 母がいなくなったことで、それまで優しく包まれていたリディアの世界は、急に恐ろしいものとなった。外へ出たくないと駄々をこねるリディアを父親は咎めることなく許してくれた。何も変わることのない部屋の中で過ごすリディアに、エレノアやアルヴィンは外で見たことや季節の移り変わりを話してくれた。二人がいなかったら何も知らないままだったに違いない。

 

「それは辛かったな」

「そうでもないですよ」


 これは強がりでもなんでもない。幼い頃のリディアは急に母がいなくなり、ただ訳が分からなかっただけだ。だから辛いと言うよりも混乱していた。それにリディアよりも父の方が辛かったに違いない。それなのに、リディアのわがままを今まで聞いてくれていたのだから、感謝以外の気持ちはない。


「大切な人を亡くして辛くないはずないだろう。俺のことを忘……いやなんでもない」

「?」


 風が強くなってきた。フリッツが何か言いかけたような気がするが、上手く聞き取れなかった。


「思い出させて悪かった」

「いえ、話せて良かったです。実家ではあまり話せる相手がいないので」 

「そうか」

「もし嫌でなければまたいつか、母について話を聞いて頂けたら嬉しいです」

「いつでも聞こう」

「ありがとうございます」

「冷えるといけないから、そろそろ戻ろう」


 フリッツの片手が優しくリディアの腰を引き寄せる。そのまま二人は室内へと歩いていく。



 

 舞踏会の帰り道。疲れていたリディアは馬車に揺られて眠ってしまった。

 気が付くと懐かしい顔が慈しむように微笑んでいる。久しぶりに見る母は元気そうで、膝の上に顔を埋めるとお日さまの匂いがして安心する。リディアは5歳くらいだろうか。このまま離れてしまうのはもったいなくて膝の上に乗り、ぎゅうと抱きつく。それを見たエレノアが、ずるいと言って強引に間に入って来る。母を取り合っていると、二人一緒に抱きしめられる。母はとても嬉しそうに笑っている。それを見たリディアとエレノアも嬉しくなり、三人で笑い合う。リディアは母の耳に顔を近付けると、小さな声で「大好き」と伝える。「ええ、私もよ」と答える母に満足する。それを見たエレノアも真似をする。

 二人が楽しそうに内緒話をしているのを見ていると、なんだか寂しい気持ちになる。そして、これは夢だなと気が付く。それならこのまま醒めずに、ずっと幸せな夢の中にいたい。そう思うのに、視界はぼやけ、母やエレノアの輪郭が曖昧になっていく。さらに深い眠りにつく途中に、優しい声で名前を呼ばれた気がした。それは父親やアルヴィンの声に似ているがそれとは違う。だけど、なんだか懐かしい感じのする声だった。

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