舞踏会 4
「それは残念」
アルヴィンはさして残念ではなさそうに言うとリディアの手を離し、一歩下がる。
フリッツはリディアを隠すように背中へと移動させ、アルヴィンの前に立ちはだかる。
まるで秘密を知られてしまった恋人同士のようで、誤解されなかったかと心配になる。しかし、もともと婚約破棄する予定だったのを思い出し、心配する必要はないことになぜか寂しくなる。
「だが礼は言っておく」
「さっきのあれ、気が付いてたんだ。そのわりには来るのが遅かったようだけど」
「何が言いたい?」
物思いに耽っていたリディアは、今まで聞いたことのないフリッツの冷たい声音に驚く。思わずフリッツの背中から二人のやりとりを覗き見る。
「婚約者ならきちんと守ってあげなよ」
「分かっている。今回は少し遅れただけだ」
「そう? なら良いけど」
まるで納得していないように、鋭い視線をフリッツに向けている。不安げなリディアの視線に気が付くと、すぐにいつも通りの優しい顔をしたアルヴィンに戻る。
「そう言えば挨拶がまだだったね。俺は侯爵家のアルヴィン=ボルフェルト。よろしく」
「……フリッツ=ヴォルフだ」
しぶしぶといった感じではあるが、握手する二人を見てそっと胸をなでおろす。これからも交流する可能性があるので出来れば仲良くして欲しい。
「他にも挨拶しないといけないから、これで失礼するよ。リディアも何かあればすぐに頼って来て良いからね」
アルヴィンはリディアに向けて、にこやかに手を振る。
「何かあれば俺がどうにかする。侯爵の手を借りることはない」
「君には聞いてないよ。リディアはどう思う?」
「フリッツ様がいるから大丈夫」
「昔は俺にべったりで、家族になるとまで言ってたのに。なんだか寂しいね」
わざとらしくため息を吐かれる。たしかに子供のころ、家族になるとは言ったがそれは義兄と義妹としてだ。あまり誤解されるような言い方はしないで欲しい。
「子どもの時の話でしょう」
「そうかもね。でも本当に困った時は力になるから、必ず言ってね」
婚約者がいても距離が近いのは気になるが、アルヴィンにとっては実の妹のように感じているのかも知れない。それにアルヴィンはいつもリディアを心配してくれている。とても優しい人なのだ。
「ありがとう」
アルヴィンが過保護なのは、今まで引きこもって外に出なかったせいかも知れない。リディアにも問題はある。そう思い、素直に返事をしておく。
リディアの返答を了承と捉えたのか、アルヴィンは満足気な顔をする。
「じゃあ本当に失礼するよ」
フリッツに挨拶すると、ホールの反対側へと行ってしまう。
リディアは人混みのなかに紛れて見えなくなるまで見送る。
「リディア、怖い思いをさせてすまなかった」
「私は大丈夫です。アルヴィンの助けもありましたし」
「……そうだな」
何も問題はなかったし、フリッツのせいではないと言う意味だっだのだけれど、なぜか悲しげな顔をされてしまう。
「俺のことも呼び捨てにしてくれないか?」
「え?」
「ボルフェルト侯爵のことは呼び捨てにしていただろ」
「それはアルヴィンは幼馴染で、小さい頃から兄妹のように遊んで貰っていたからです」
「それなら、俺のことも呼び捨てすれば良い。駄目か?」
どこがどうつながると、それならになるのか分からない。しかしこちらを覗き込むように見るフリッツの顔は必死に感じる。
「……フリッツ……さ……ま」
「様はいらない」
「……フ……リッツ……?」
「なんだ」
嬉しそうに微笑むフリッツに見つめられ、リディアは恥ずかしさで顔が火照る。手にした飲み物を一気に飲んでごまかす。
「曲が始まったな」
フリッツの言葉どおり、宮廷楽団の奏でる音楽が聞こえてくる。最初のダンスは王家が踊る決まりだ。奥から国王陛下と王妃様が降りて来て互いに挨拶をする。長年連れ添った二人のダンスは息が合っていて洗練された動きをしている。
こんな夫婦になりたいとリディアは熱心にダンスを見つめる。国王陛下たちが踊り終えると会場は拍手に包まれた。
あらたな曲が奏でられると今度は公爵家から伯爵家の人たちがホールへと集まっていく。
「一曲お願いできますか」
「あまり上手ではないけれどよろしいですか?」
「もちろん。なんなら俺の足の上に乗っても構わない」
久しぶりとはいえ、さすがにそこまで酷くはないはず。そう思い、フリッツの手を取りホールへと進む。
リディアたちは音楽に合わせてリズムを取り始める。