舞踏会 1
舞踏会用のドレスが完成した翌日。リディアは王都へ向かうために荷物と一緒に馬車に乗り込み、何日か掛けて王都へと向かった。舞踏会の日にちが迫っていたけれど、馬を急がせたり移動時間を長く取ったりせずに普段通りの日程で王都へ向かう。「急いだ方が良いのでは?」とフリッツに聞くと、「急いで行って事故を起こしたり体調を崩したら意味がない」とのことだった。そのため、王都へと着いたのは舞踏会の前日だった。急な嵐に遭ったり道を塞がれることなく辿り着けたのは運が良かったのだろう。
王都にある屋敷は、リディアの良く知っている屋敷と変わりはなく、領地の物よりも洗練された建物だった。辺境伯領にある屋敷はどちらかというと要塞に近い。隣国から攻められても大丈夫なように周りを城壁で囲い、屋敷は頑丈な造りになっている。
屋敷に着くやいなや、明日の舞踏会の準備のために早い食事をすませ、ドレスの確認や湯浴み、マッサージなど念入りにされた。そして明日は準備のために忙しくなるとのことで早々にベッドへと押し込まれる。リディアとしてはもう少し夕食のデザートを堪能したかったのだが、メイドたちの有無を言わさぬ勢いに押されてしまった。あまりに早い時間にベッドへ入ったため眠られないかと思ったが、旅の疲れもありすぐに眠ってしまった。
舞踏会当日は準備のため早めに昼食を取るが、出て来たのは猫の食事かと思うくらいの量だった。これでは足りないとメイドに伝えても舞踏会前はこういう物だと言われてしまい、それ以上食事が出て来ることはなかった。簡単な食事の後に湯浴みをして、香油を擦り込み全身を綺麗にする。そのあとはコルセットを着けるためにウエストを締め上げられて泣きそうになった。お昼をしっかり食べていたらせっかく湯浴みで綺麗にしたのが台無しになるところだったと、さきほどの食事を思い出し冷や汗が出る。
片手で数えるほどしか社交の場に出ていないリディアは準備について詳しくない。頑張って出席していたのも社交界デビューしてすぐの頃なので、舞踏会についてほとんど忘れてしまっている。ここは手慣れたメイド達の忠告をきちんと聞いて任せたほうが良いと判断したリディアは、されるがままにメイドの指示に従うことにする。
メイド達の手によって着々と準備は進み、夕方にはコルセットとドレスによって普段よりもやや細く見えるドレス姿のリディアが完成していた。メイクもしっかりしたおかけで、顔色も不健康な青白さから若干青白く見えるくらいまでになっている。メイド達の腕前に感嘆しているとドアをノックする音が聞こえた。
「準備は終わったか?」
「ちょうど終わりました」
返事をするとフリッツがドアを開けて入って来る。リディアはフリッツに向かって、ドレスの裾を軽く掴み膝を曲げて以前学んだ挨拶をする。
何も返答がないので、もしかしたら何か間違えてしまったかと不安に思い顔を上げると、なぜか固まっているフリッツと目が合った。
「すみません。どこか可笑しかったですか?」
挨拶の姿勢のまま顔だけを上げて問いかける。
「いや、驚いただけだ。すごく良く似合っていて綺麗だ」
「ありがとうございます。メイド達の腕が良いからですね」
綺麗だと言うフリッツの言葉に嘘はなさそうだ。なら綺麗なのはドレスのことだろう。着付けをしたメイド達の腕がたしかだったおかげで着崩れすることなく着れている。
「そうじゃなくてだな……」
フリッツは言いにくそうに片手を頭に乗せてわしゃわしゃと掻き乱す。せっかく整えたであろう髪が乱れてしまうが、その仕草はフリッツを色っぽく引き立たせている。フリッツの思わぬ色気に目を離せなくなりそうになる。
「……もしかして、そろそろ出発の時間ですか?」
このまま見つめていたらまずいと思い、なんとか言葉を発する。フリッツと目が合うが思わず目を逸らしてしまう。
「まだ少し時間はある。……これをリディアに渡しておこうと思って来た」
そう言うと手に持っていた箱を開けてこちらへ差し出す。リディアが覗き込むと箱に入っていたのはエメラルドのネックレスと耳飾りだった。
ネックレスは星が散りばめられたかのように細かな宝石が連なっている。散りばめられた中心には大ぶりな緑色の石が輝いている。耳飾りも同じ石を使用している。ネックレスよりは小ぶりだけれどそれでも目を引くほどの石が二つ連なり、耳につけると揺れるようになっている。緑色の石の周りを細かな宝石で囲んであり、光を受けると煌めいている。
「これは?」
「舞踏会に必要だと思って用意させた。俺がリディアに着けても良いだろうか?」
「ええと、はい……?」
なぜフリッツが着けてくれるのかと困惑しつつも返答する。フリッツはまずリディアの耳に優しく触れ、耳飾りを着けてくれる。すぐ近くにフリッツの整った顔があり、すごくドキドキして息をするのを忘れてしまいそうになる。ときおり耳にかかる息がくすぐったい。両方着け終わり、フリッツが離れるとほっとして息を吐き出す。次はネックレスを着けるために、フリッツはリディアの後ろにまわる。後ろから回された手が優しく首元をくすぐる。フリッツの熱のこもった手とネックレスのヒヤリとする金属の冷たさの違いにピクリと肩が震える。首の後ろで留め金をいじるフリッツの手が当たり、こそばゆく背中がゾクゾクする。悪いことをしているわけではないのになんだかすごく恥ずかしい。
舞踏会にアクセサリーは必須だったかなと必死に考えることでフリッツの手の感触に意識がいかないようにする。アクセサリーについて昔の記憶を探るが分からない。メイド達も何も言わないのできっと必要なのだと思うことにする。そして婚約者がアクセサリーを着けることは普通なのだと必死に思う。
「出来たぞ」
その一言でハッとすると鏡に写る自分の姿が目に入る。刺繍を施され繊細なレースを使ったドレスも耳元で揺れている宝石も首元に輝く宝石が散りばめられたネックレスも、リディアには勿体ないくらい綺麗だ。そのおかげかリディア自身も普通の令嬢のように見える。
「すごく綺麗だ」
フリッツが声を掛けてくる。
「なんだか自分じゃない……」
みたいと言おうとして黙る。先ほどは自分の姿が気になっていて見ていなかったが、フリッツの正装した姿が目に入る。リディアのドレスと同じ濃紺色の布地に金糸で刺繍が施されている。婚約者だから服装を合わせるのは当たり前なのだけれど、今更ながら見目麗しいフリッツの隣にリディアがいて良いものか不安になる。
「俺の婚約者なのだから、堂々としていれば良い」
リディアの心を見透かしたかのように声を掛けられるが、リディアは自信を持てずに下を向く。フリッツは俯いたリディアの顔に手を添え、顔を上げさせる。
「難しければ俺のことを見ていれば良い」
「え、えぇ!!?」
「そうすれば余計なことは考えずに済むだろう」
色っぽさを滲ませて不敵に笑うフリッツに見つめられ顔に熱が集中する。なんだか胸もドキドキして苦しい。フリッツに顔をずっと見つめられていたら心臓が持たずに倒れてしまいそうである。顔に添えられた手をどけようとフリッツの腕を引っ張るがびくともしない。
「離してください」
「俺のことをずっと見ていると約束するなら離してやる」
フリッツの言葉に困惑する。しかし手を離して貰わなければ何も出来なくなってしまうので、無言で首を上下に振る。それに満足したのかフリッツの手が離れる。
「それでは行こうか」
「……はい」
差し出された手を掴む。リディアは心臓が最後まで持つかしらと心配しつつ、フリッツと舞踏会へと向かうのだった。




