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暗闇に潜む獣

 視力を奪われた怪物は痛みに止まることの無い咆哮を上げ続けながら、鼻先はまるで別の生き物であるかのようにひくつかせた。


 野生の本能が――これが野生に生きる生物なのかは別として――己に危害を加える敵を前に、戦き続ける事を良しとはしなかった。


 怪物は見えぬ瞳でそれ(・・)を睨み付けると、猛烈な勢いで駆け出した。

 全身を激しく叩き付けた衝撃。


「が……あ……」


 乾いた肺から根こそぎ奪われた酸素。

 意識は刈り取られる寸前。視界の隅では包丁のような犬歯が踊っている。


 骨と皮だけの身体に逃げるすべなど無い。

 ただ、もしそこに奇跡が起きたとしたなら、辛うじて異形棒鋼(てっきん)を握っていたこと。

 意識していた訳でも無い、意図していた訳でも無い。恐怖に襲われ握りしめたまま硬直したその手に、たまたま異形棒鋼(てっきん)が握られていただけだ。

 だが、それが幸いした。

 剥き出しの敵意を纏い跳躍して襲いかかる怪物に、途切れがちな意識で突き出した異形棒鋼(てっきん)

 獣の影が眼前に広がると同時に、腕に伝わるのは鈍い衝撃。そして、手を伝うヌルリとしたモノ。

 怪物の叫喚がそれ(・・)の耳朶を打つ。

 異形棒鋼(てっきん)が怪物の腋窩を貫き胸椎までを破壊していた。

 それは、人間なら間違いなく即死。野生の獣とて致命となる傷――


 の、はずだった。


 獣は腋窩から生ごみ臭い鮮血を吹き出しながら、怪物の䪽が乱杭歯を剥き出しにしてそれ(・・)の肩口に齧り付いた。

 骨が噛み砕かれ生きたまま咀嚼される不気味な音をそれ(・・)は聞いた。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ……」


 再び目覚めたはずの自我が、鈍重な咀嚼音とともにこぼれ落ちていく。

 ここで死ぬのか?

 あの地獄のような長い監禁からやっと解放されたというのに。

 それはブルブルと震える手で頸椎から貫通した異形棒鋼(てっきん)に手を伸ばし激しく揺さ振った。

 ゴリゴリと響く鈍い感触は、喰われ続けた自分の音か怪物の頸椎を破壊される音か。

 その死闘がどれほど続いたのかはわからない。 

 気が付けば怪物の噛み付く力はやがて衰え、程なくして完全に動かなくなった。

 だが、動かなかったのは怪物だけでは無い。

 全ての力を使い果たしたのか、それ(・・)も仰向けになったまたグッタリと倒れていた。

 肩口を噛み砕かれたからか?

 それともコンクリートタイルをも溶かす猛毒の涎が体内に入ったのか?

 指一つ動かせず声一つも出せない。

 死ぬ、のか?

 そんな言葉が脳裏をかすめた時、


「――゛、――゛――ッ」

 

 それ(・・)は音にならないまま絶叫を繰り返した。

 激痛が、吐き気が、ありとあらゆる苦痛が、気が付けば甘い苦みにも似た痺れとなって全身を駆け巡った。


「――――――――――ッ、ガ――゛――ッ、ふ――ッがああぁあぁぁ」


 やがて、音一つ奏でる事の出来無かったそれ(・・)の口からしゃがれた響がこぼれ落ちた。


「る゛がああ゛ぐあ゛あぁああぁぁあッ」


 発する声が明瞭になるにつれ、それ(・・)は暴力的に身体をばたつかせ、覆い被さる怪物の身体を激しく掻き毟った。


「が、ガッ、があっ!」


 吹き出す怪物の鮮血を浴びる度に身体に焼けるような痛みが走る。

 怪物の身体を掻き毟った指先は、すでにドス黒く変色していた。


 脱出を試みる度に刻一刻と悪化する状況。

 痛みと恐怖に錯乱したのか?

 それもあるだろう。

 だが、怪物に押しつぶされ身動き一つ取れない身体でそれ(・・)は確かに聞いたのだ。

 聞こえて、しまったのだ。

 この怪物と同じ(・・)あるいは似た音を放つ獣の遠吠えを。

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