地下街に現れた怪物
『小鳥の広場』知らない読者様が大半だと思います。
札幌のオーロラタウンにある、謎の地下施設です。
検索したら、一発で恐らく出て来ます。
視界を覆い尽くすのは瓦礫の山。
歩けど歩けど、記憶の縁をかすめたあの世界はどこにもない。
ただ、その成れの果ての世界が残骸として転がるだけ。
焼けただれ溶け落ちたロッテリアの看板。
土産物屋の向かいには待ち合わせ場所で親しまれた【小鳥の広場】があったはずなのにガラスケージは跡形もなく朽ち果てていた。
「がぁ……あ……あ゛……」
見慣れてしまったはずの光景と信じたくはなかったという願いの狭間で、それは壊れた楽器のような声で嗚咽を漏らした。
諦めたままだったなら、こんなに苦しまなくて済んだのだろうか?
あの時、終わっていれば、現実を直視しなくて済んだはずなのに……
止まらぬ嗚咽は程なくして慟哭へと変わった。
泣いて、哭いて、疲れ果てた頃には、薄明るかった空は暗く染まっていた。
月明かり一つ無く、星も見えない暗い空。
その時だった。
コンクリート壁を反響して獣の遠吠えが聞こえたのは。
近いのか遠いのかも分からない、獣の遠吠え。
野犬?
否。
ヒグマ?
違う……
その叫びは記憶のどこにもない獣の叫び。
それは慌てて辺りを見渡した。
朽ち果てた視力が見せるぼやけた視界。
その片隅、コンクリートタイルの床を影が走った。
「ガッ!」
それは驚きよろめくと、尻餅を着いた。
それもそのはずだ。
突如目の前に現れた獣は、記憶にはまるでない生き物だったのだ。
フォルムこそハイエナに似ているがヒグマほどもあろうその体躯は紫の体毛に覆われ、頭にはサッカーボルほどもある巨大な単眼が一つ。
さらに異様だったのは、いや、見た目通りなのか?
その体液は毒で出来ているのか、滴る涎でコンクリートがブスブスと音を立てて溶けていくではないか。
鼻を突く獣臭があたりに立ち込める。
悪臭にむせ込みながら這いずるように後ずさる。
ギロリと、血走った単眼がそれを睨め付けた。
指先が震え、渇いた歯茎がカタカタと鳴った。
異形の怪物は跳躍すると、瞬く間に距離を詰めそれを組み敷いた。骨と皮だけの身体に巨獣を制する力など無い。
今にも喰らい付かんと近づく顎を、異形棒鋼で抑えるだけで精一杯。 猛毒を滴らせた怪物の臭い息が、鼻先をかすめた。
「が、かか……か……」
抵抗するも空しく、異形棒鋼は怪物の毒液であっさりとへし折れた。
だが、それが幸いした。
怪物の顎の中で折れた異形棒鋼は、それが意図する結果ではなかったが折れた拍子に怪物の巨大な単眼をかすめたのだ。
怪物の地鳴りのような咆吼、押さえつけていた前足が緩む。
それは刹那に思考を巡らせた。
逃げる?
無理だ。この巨大な怪物から逃げるなど到底不可能。
戦う?
それこそ逃げるよりも不可能だ。
なら、どうする?
それは結論の出ないまま突き動かされるままに、床に砕け散らばっていたガラスケージの破片を掻き集め怪物の顔面に投げ付けた。
巨大な単眼は威圧と恐怖、広い視界はあれどそれ自体は剥き出しの弱点に過ぎない。
本能に突き動かされるまま、それは最良の攻撃をしたのだ。
だが、それが怪物に優勢でいられたのはそこまでだった。