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第六話【玩読】

不死林檎です。そしていつもの人物紹介です。


【codename:Doll/コードネーム:ドール】

暁月を探りに来たアラサーのプロスパイ。

気さくで明るい性格で、コミュ力が高いのが自慢だったがターゲットの暁月には効かなかった。

日常生活では暁月のつけた偽名、『アミィ』を使っている。


【夏野 暁月/なつの あかつき】

国家直属の組織で情報管理を任されている高校生。

クールでドライと思われがちだが、人付き合いが苦手なだけの単なるコミュ障。

アミィが来るまでマンションに一人暮らしだった。

 ある平日の昼下がり、机の上に一冊の本を見つけた。

それは学生時代に(高校生くらいか、記憶が曖昧だ)幾度なくと読んだ『アルジャーノンに花束を』だった。無論、こういう言い方をするのだから俺のものではない。ということは…暁月か。あいつも本を読むんだな。

余談だが俺はジャンルを問わず様々な本を読む読書家なのだが、周りからよく意外だと言われる。心外だ。

それはさておき、久しぶりに見たので昔を懐かしむような気分で手に取り、読みふけってしまった。その後暁月は家に帰ってきたが、集中して本を読んでいた俺はそれに気付かずいつの間にかキッチンにいたのでめちゃくちゃビビった。存在感もっと出してくれ。

結局あの日から、暁月はいつも時間を合わせて晩飯を一緒に食べてくれている。今日のメニューはハンバーグだった。そして食事中はもちろん席を立たないので暁月に話しかけられる唯一の時間でもあった。

「そういえばあの本お前のだよな?どこの本屋で買って来たんだ?」

暁月は口の中に入っていた物を飲み込んでから、

「買ったんじゃなくて…学校の図書室ですすめられて借りたんです。」

と答えた。

「読書は好き?」

「…嫌いじゃないです。」

………。

「明日さぁ、二つ駅の向こうの大きな本屋に行きたいんだけど、駅の地図とか見るの苦手なんだよね~、俺。だから一緒に来てくれない?駅構内で迷子になったら帰って来れなくなりそうだったから今まで行けなかったんだよ。お願い!」

顔の前で両手を合わせ、目をつむって懇願する。その所為せいで肝心の暁月の表情がうかがえなかった。

頭上からカチリという音がした。箸を置いた音だろう、もう食べ終わったのかな…。

「明日は学校です。」

轟沈。そうだよなぁ…やっぱり唐突に思いついた、『一緒に出掛ける』作戦は失敗するよなぁ…。

折角せっかく今まで読書にいそしんだ時間が無駄じゃなかったと思えたのに…。

「だからまとまった時間は取れませんけど。…それで良いなら。」

「えっ。」

顔を上げると対面で食事をしていた暁月の姿は無く、直後にキッチンから水音がした。そして何事もなかったかのように自室へ戻っていこうとする。

「あ、じゃあ明日学校まで迎えに行くから!」

自分の部屋のドアを開きながらチラッとこちらを見て、暁月はうなずいた。


***


「…お待たせ!はぁ、待った?…ふぅ。」

膝に手をついて、肩で息をしながら呼吸を整える。…まぁ必死で走ってきたの演技だが。

別に急がなくても…と言われたので効果は覿面てきめんだったようだ。

電車に乗っている間もしきりに話しかけてはみたが、あまり上手く繋がらなかったので一つ目の駅を過ぎたところで喋るのを辞めた。一度だけ、暁月はこっちの顔を覗き込むような仕草をしたが、それ以上は特に何もなかった。目当ての本屋は駅の目と鼻の先だった。

しかし暁月は自分で本を選びに行ったりせず、俺の後をちょこちょことついてきていた。

うーん…暁月が好きなジャンルが知りたかったんだけどな…それについて話して、あわよくば趣味嗜好しゅみしこうでも探れたら思ったんだけど。立ち読んでいた(なんだこの日本語)本を戻し、暁月に話しかける。

「別に監視しなくていいぞ?俺が大人の本を買いに行ったらどうすんだよ。」

と冗談交じりに、そして遠回しに追跡の理由を尋ねる。すると黙ってしまったので、慌てて

「いやごめん、冗談だから。…うん、好きなの見に行っていいんだぜ?」

と弁解をしたが、時すでに遅しだった。

「…ごめんなさい。邪魔だったら外で待ってます。」

暁月はそれだけを言った。俺にはそれが抑揚よくようのない、酷く乾いた声に聞こえた。

「え!?そんな事ねーよ!?」

思わず大きい声が出たので、周りの注目を集めてしまった。ここは本屋だということを再度確認しておく。本当にすんません、店員さんには特に。

取りえず本屋の比較的すみっこの方に寄って、暁月のらぬ誤解を解こうと試みるつもりだ。

「いや、邪魔だから他の所に行けってわけじゃなくてな!?確かに本が買い終わった時にお互い距離が遠かったら帰るの時間かかるもんな、それは申し訳ないと思ってるよ!?でもほんとに…。」

声を潜めながらも必死で弁明した。だがそこまで熱意を込めなくても俺の言わんとしていることは充分に伝わったらしい。

「すみません、変な気をつかわせてしまって…。」

「いや、そんなことは無いんだけどさ…。」

これ以上は俺からのどんな言葉も、意味を成さないことが分かった。そしてほんの少しの沈黙を先に破ったのは意外にも暁月だった。

「わ、…わからないんです…。」

この場所に配慮し過ぎなぐらい小さな声でそう言うので、危うく聞き漏らすところだった。せめて今の俺にできるのは、次の言葉を遮らないように黙っていること…。

「自分の好みとか、そういうのがわからないんです。好きなものが…無いのかもしれません。誰かと出かけたことが、無いんです、多分。だから一緒にいてつまらないと思います。…ごめんなさい。」

暁月はそう言い切ってしまうと、ごく自然に頭を下げる。

生まれての方、理解力が無くて困ったことは無かったはずだが、今の言葉を自分の中に落とし込むには少し時間が必要だった。しかし、返答を考える時間は、俺には必要なかったのだ。

「…好きなものが無いならさ、これから見つけようよ。」

暁月は下げた頭を少しだけ元に戻す。俺はできるだけ、穏やかな声と顔でその先の言葉を発した。

「俺は邪魔だなんて思わないよ、お前のこと。最初に会った時から一瞬たりとも、お前のことつまんないなんて考えたこともない。これから一緒に探そうよ。もしかしたら一緒かもしれないし違うかもしれない。でもいいだろ?ほら、これなんかオススメだぞ!」

俺が何度も読んだ『きまぐれロボット』を渡した。


***


「いやー、来て良かったよホントに!あんなデカい本屋家の近くに無いからさ、いい買い物したぜ!」

家に帰ってきてから夕食を済ませ、食器の洗い物をする暁月に上機嫌に話しかける。まぁ言っても二人分なのでそんなに時間はかからないのだが。

キッチンから風呂が沸いたと言う声が聞こえたのでここはお言葉に甘えることにした。

入浴後、暁月の姿が見当たらない。乱暴に頭を拭きながら、あいつの部屋のドアが細く開いているのを見つけた。

珍しいな~と思いながら隙間から顔を覗かせると、いつになく真剣な顔で購入した、…俺のオススメを読んでいた。

ここで話しかけるのも野暮やぼだと思ったので、大人しく引き下がることにしよう。

テレビをつけると流行はやりの医療系ドラマがやっていたので、それをボーっと眺めていた。

そういえば誰かと出掛けるのは初めて、みたいなこと言ってたよな。「多分」って…どういうことだ…?

今回作中で話題に出てきた二つの小説、『アルジャーノンに花束を』と『きまぐれロボット』は僕が母から勧められた本です。どちらもとても面白かったので、機会があれば是非読んでみてください。

ちなみにこれからヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を買うつもりです。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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